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【人、瞬間(ひととき)】あの人 俳優・児玉清さん(75)(上) (2/3ページ)
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こんなシーンがあった。主人公を演じる三船敏郎に記者たちが一斉に顔を向けるというグループショット。セリフはなし。表情の演技だ。「指示されたタイミングでは向けない」とただ一人、他の記者から時間をおいて視線を向けた。当然のように「カットーッ」と撮影は中断。雷が落ちた。
続けて撮影したのは、三船に密着して「何かコメントを」と迫るシーン。撮影が始まって三船が「ノーコメント」と答えた瞬間、歩み寄ってきた黒澤に襟首をつかまれ、「君はいらない」とはずされた。
「いじめ抜かれている感じで悔しかった」
腹に据えかね、友人に「監督を殴ろうと思う」と打ち明けた。すると友人からは、思いがけない言葉が返ってきた。
「殴っちゃえよ」
勢いをそがれた。殴っても何の解決にもならない。だが、「このままでも終われない」。腹の中で拳を握りしめ、なにくそとカメラの前に立ち続けた。
◆◇◆
いま振り返れば、気づくことは多い。
「演じることにたじろぎがあった。周りが気になって、自意識過剰というのか、いつも自分の心にこだわって突っ立っていた。それが周りの人との間で違和感となっていた。そこを黒澤さんに突かれた」
納得がいかない悔しさが残ったまま、撮影は終わった。その後、演技担当だった助監督に突然、呼び止められた。意外な言葉に腰が砕けそうになった。
「黒澤さんが君のことを『あいつがあのまま10年間、あの気概をもってやっていれば、少しは俳優としてモノになるかもしれない』って話してたよ」
救われた。