YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

受験のテクニックとして、小論文の書き方を勉強した?
その後は、ナイスなテキストを書いていますか?
考えること伝えることの愉快を、ここで味わいましょう。

ありがたいことに、小論文というものを
考えたり、たのしんだり、たくさん読んできた
カジュアルで優しい先生がいるんです。

さぁ、山田ズーニー先生、お願いしまーす。

Lesson433 自分らしい表現方法をもつ2


自分らしい表現をしていくために、
タテ+ヨコふたつの表現力が要る。

ひとつは「意味」を語る表現力、
もうひとつは「美」を語る表現力。

読者のみなさんのなかには、
「ズーニーさんの文章、小説の文章とはちがうな、
 どこがちがうんだろう」と思った人もいるかもしれない。

同じ文章表現力といっても、
「小説」と「小論文」はまったく違う。
同じ水泳といっても、
「水球」と「シンクロナイズドスイミング」が違うくらい、
ゴールも、求められる能力も、
ぜんぜん別の競技だ。

もっともわかりやすい違いは、「修飾語」だ。

「小論文」は意味を語る文章だ。
修飾語はなるべく排除して書く。

修飾語を多用すると、
「その件はもくもくとやります」というように
事実関係が曖昧になるからだ。
「その件は、野村さんが3月末までに仕上げます」
というように、主語と動詞を中心に書く。

事実・考察・意見で成り立っているのが小論文だ。

一方小説には、修飾語がいっぱい出てくる。
「しとしとと降る六月の細やかな雨に、
 だらりと長く緋色の帯をたらした女が、
 しどけない感じで、たおやかな指先をかざしている」
というように。

匂い・空気・手触りまで立ち上がらせるのが小説だ。

入試に小論文が導入される以前は、
「豊かな表現力」という名のもとに、
このふたつが曖昧に語られていた。

そのため仕事の説明書をうまく書いたり、
就職でよく伝わる履歴書を書ける人が、
「自分は小説が書けるわけではないから」
という理由で文章に苦手意識をもっていたり。
「小説のような豊かな表現力こそ上品で、
 リクツを並べた文章は下品」
というような偏見をもたれたりもした。

でも、小説が上品、小論文が下品ということではない。

小論文は「意見」を伝える文章だ。

意見とは、他ならぬ「あなたが選択した答え」であり、
その選択にあなたの「意志」が宿る。
それゆえ、低級でもなければ下品でもない。

事実関係を明瞭にし、現実の中で、
意志のもとに状況を切り拓いていくシーンでは、
つまり、就活、ビジネス、
学問などのコミュニケーションでは、
意味を語る、小論文的な表現力は、必須と言える。

だからと言って、事実関係と結果・意味だけがあり、
匂いも味も手触りもない世界に人は住めないし
生きられない。
私もそんな世界にちっとも魅力を感じない。

自己表現をする上でも、
小説家でなくとも、個人の美意識に立ち、
匂いも味もある、いきいきとした世界として、
自己を表現する力は必須だ。

自分は論理向きだ・小説向きだと決め込んだり、
どちらがどうのと比較して片方を裁いたり、
ということに意味を感じない。

美も論理ももともとあなたの中にある。

表現方法はあなたの中にあるものを出す装置、
手段に過ぎない。

あなたの中にあるものを外に出すことが大事で、
装置は、どちらでも・どちらも、何でも、どんどん使って、
出してみて、よりどんどん出せるように、
自由になっていってほしい。

そこで、前回、人をほめる表現方法を、
「意味の構造」で説明したので、
今回は、「美の構造」で考えてみたい。

「人をほめる」というときに、

前回のように、
「あなたのやっていることにこういう意味がある」とか
「こう役立った」というように、
因果関係・意味・効果などで語れない、
たとえば、美しい人の美しさをほめるときのように、
色や艶や、かもす空気のようなもので表現せねば
ならないときがある。

「原因→結果」「事実→考察→意見」「過去→現在→未来」
のような、話の論理展開を「タテの構造=意味の構造」
とすると、

いまこの瞬間の美しさを
一枚の絵を描き出すように、描写する表現方法を、
「ヨコの構造=美の構造」と呼ぶとする。

ヨコの表現力がないと、
奥さんが髪を切ってきたときに、
「どう?」と聞かれて、
「うん、キレイ、キレイ」ととってつけたようにほめて
墓穴を掘る旦那さんのようになるから注意だ。

ヨコの表現力を鍛えるのにどうしたらいいか?

大学の文章のクラスでちょっとした驚きあった。

「美しい人」というタイトルで、
実在の人物でも創作の人物でもいい、
男だろうと、女だろうと、若者だろうと、老人でも、
子どもでもかまわない。
いまの自分の美意識にたって描き出せる、自己ベストの
「美しい人」を800字の文章に描き出してほしい
という課題をやった。

もともと小論文出身の私は、文章クラスでも、
現実の状況の中で機能する・相手に伝わる文章を
中心にやっている。当然「意味の構造」が中心になる。

しかし、学生の自己表現をサポートする上で、
タテ+ヨコふたつの表現力が不可欠だということに
ゆきあたり、
あまり小説のような文章に明るくない私が、
必要に迫られてやった異色の課題だ。

それが、ふたをあけてみると学生の文章がすごくいいのだ。

わずか800字の文章にいきいきと、ありありと、
まるで生きているように、美しい人間が描き出せている。
しかも、就職の文章を書いているときよりも、
その学生の深層が、生々しいほどよく出ているのだ。

SFCの学生は、小論文や、AO入試のプレゼンなど、
タテの表現を得意として選抜された人が多い。
小説等を一度も書いたことがない人がほとんどだ。
それでもいまの若者は、ヨコの表現の潜在力が高いのか、
ずいぶんオリジナリティのある表現をしてきた。

学生たちに、ヨコの表現をしてもらう上で、
このほぼ日でも米原万里さんが語っていた
旧ソ連の作文教育を参考にしたワークをやってもらった。

用意するものは、
自分が書くテーマ・文字量と、
同テーマ・量の名作からの文章。

1作品だと表現法が偏るので最低3作家分は用意したい。

この課題では、川端康成・谷崎潤一郎・森鴎外の作品から
800字くらいで美人を描写している文章を
ピックアップした。

それで、それぞれの文豪が、同じ800字の中で、
どういう手続きで、美人を描き出しているか、
構造を抽出するのだ。

小説等の文章に明るい人は、
いまさら驚くまでもないかもしれないが、
論理畑に生きてきた私は、
あらためて文豪の文章体力に驚愕を隠せなかった。

「動きまわる文章」とでも言ったらいいか。

800字というと、話し言葉にして2分程度。
一般の人に、「あなたの好きなタイプは?」などとたずねて
人物を描写してもらうと。

「うーん、優しい人。僕が疲れてかえったときに、
そっとだまって話を聞いてくれるような‥‥」
というふうに、
人によっては、1点「性格」の話だけで
800字が終わったり。

「やっぱり、足だね。足首がしまっていて‥‥」など、
1点「容姿」の話だけ、場合によっては、
「足」の話だけで800字が終わってしまう。

視座が1点に固定されてしまっている感じだ。

ところが名作の名シーンになると、
わずか800字でも、筆者の視座は動きまわる。
たとえば、

1 その人の美しさへの世間の評判
2 その人が現れ出でたときの動作・立ち姿・表情
3 その人の実年齢と見た目の年齢とのギャップ
4 肌のようす・目のようす・髪のようす
5 その人を見た周囲の人々のリアクション
6 その人のイメージとギャップのある意外な行動
7 その人に会ったときの自分の気持ち

というように、
その人の「容姿」といっても、「目」・「髪」・「肌」と、
次々に視座を移動しながら描いているし、
「容姿」だけにとどまらず、
動作や表情などの「ふるまい」、
さらには、その人の「評判」
その人の美しさを「見た人のリアクション」、
さらには、その人に会って「自分が受けた印象」を
たとえば、「心に清水を感じた」などの比喩で、
描き出している。

一箇所にボーっとせず、こまめに動きまわることで、
立体的に、その人の匂いや手触り、
空気までが描き出せている。

3作分の「構造」を抽出したあとは、
3作分の「構造」を足したり、引いたり、
足りないものを補ったり、組み換えたりしながら、
まず、自分が「美しい人」を描き出すときの、
「文章構造」をつくる。

学生によっては、
「その人の声の様子」「言葉」など、
独自の要素を足したりしながら、
7要素前後で、
「声→姿勢→髪→見た人のリアクション‥‥」というように
順番も考えながら、
美を描き出す「手続き」をまず組む。

あとはその手続きにのっとって、
自分の美意識にある美しい人を文章化していくわけだ。

このようにして、
文豪たちが自分の内面にあるものを出すために、
苦心惨憺して編み出した装置をいったん借りて、
自分の中のものを外へ出してみると、驚くほど、よく出る。

自分は何を美しいと思い、何にこだわってきたか、
自分の深層が自分でもちょっととまどうほどに、
文章にあらわれ出る。

作品を選んだり、構造を抽出したりと
いささか面倒な感じもするかもしれないが、
一度このようなトレーニングをして、
自分のヨコの表現力を解放してあげておくと、
人をほめるときも、より自由になるのでおすすめしたい。

たとえば、髪を切ってきた奥さんに
「どう?」と聞かれたとき、
文豪よろしく、次々に視座を動かしながら、
自分の感じた美を正直に表現してみる。
たとえば、

1 髪の色のようす
2 毛先のようす
3 季節とのあんばい
4 年齢との関係
5 自分が受けた印象

この構造でほめるとすると、

「あかるいイイ感じの栗色だね。
 この毛先のはね具合がまた、いいんじゃない?
 春っぽいし、
 これなら20代でもとおるかなあ‥‥。
 なんだかこっちまで元気になってきたー!」

「だからどうだ」とか、
「意味」などはまるで語ってないのだが、
積極的に視座を動かすことで、
魅力が立体的に浮かびあがってくる。
言われてうれしい、ほめ言葉だ。

意味を語るにも、美を語るにも、手続きが要る。

文章構造とは、
自分の内面を外に出す装置だ。

いろいろ試し、自分にあった装置に出逢い、
増し、豊かにし、ますます自分を外に出していってほしい。





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