「イオン」と「JFしまね」の直接取引    【平成20年9月10日】
≪浅田 博 イオンリテール且謦役食品商品本部長に聞く≫ 

 7月15日の漁業経営危機突破全国漁民大会および全国一斉休漁の理解を得るため、JF全漁連の服部郁弘会長らは、事前に流通・小売関係者との懇談の機会をもった。そこで、燃油高騰によって厳しい状況に追い込まれている漁業者の窮状を訴え、協力を依頼した。  
イオンはこの訴えを受け止め、漁業コストを反映できるような新たな流通の構築に向けた、JFグループとの共同事業の検討を提案した。水揚げされる魚の取引価格に、燃油価格などを勘案して決定し、JFしまねをはじめ、ほかの地域の漁協と協力し、日本の魚食文化の持続に取り組む姿勢を明らかにした。具体的には、JFしまねが休漁日の8月16日に、イオン専用に定置網の水揚げを行い、獲れた生鮮魚は同月17日に大阪や京都、山陰エリアを中心とした直営のジャスコで販売された。
この国内初の本格的な取り組みを仕切った、イオンリテール鰍フ浅田博取締役食品商品本部長にJFしまねとの直接取引の意義を聞いた。

◇ 今回の生産者との直接的な取り組みはいかがでしたか。 
◆ 浅田本部長 = 予想以上の反響をいただいた。「鮮度が素晴らしい」「また実施してほしい」などの声をたくさんいただき、好評を得ることができた。もっと正直に言えば「こんなに売れるのか」と思った。大阪の高槻店では午後2時30分に売り切れてしまい、28魚種と最も多く扱った野田店でも、午後4時には完売してしまった。普段なら、これから夕食の買い物に来る時間帯で混雑するのだが、その前に売り切れてしまった。
   この日は北京オリンピックの女子マラソンの日で、午前中は来店がいつもより少なく心配したが、午後から大勢来店してくれた。特別チラシで事前告知もしなかったが、朝のテレビでこの産地直送の取り組みが放映され、それで駆けつけてくれた人も大勢いたようだ。ほかの店も完売し、漁協との初めての取り組みは成功裏に終えることができた。
   多くのお客さまの要望に応えるため、第2弾として、19日に水揚げしたJFしまねの定置物を20日に近畿、中国、山陰、四国のジャスコで販売することにした。取扱量は、今回の2倍の約5dを計画している。また11日には、島根県庁で溝口善兵衛知事にも出席してもらい、改めて、今後も継続的な取り組みを行うにあたっての協定書を、JFしまねと締結させてもらう。
◇ 漁業者にも還元されたのでしょうか。
◆ 浅田本部長 = 漁業者の手取りを増やすことが直接取引の大きな目的なので、今回は通常の市場流通と比べて、10%上乗した買い取り価格とさせてもらった。高騰した燃油価格の補填(てん)になればと思って、漁業者に燃油コストをうかがったところ、十分、私たちで対応できる範囲だった。ただ、お客さまの反応は価格より圧倒的に鮮度だった。鮮度のよさにお客が敏感に反応し、自然と足を止め魚を見つめてくれた。一部は切身にして店頭に並べたが、多くはラウンドで出したので、一層鮮度の違いが明らかになったようだ。対面販売のよさも生かすことができた。見慣れない魚もいるのかもしれないが、直販コーナーに専門の店員を配置した。
決して安く売ったわけではない。野田店ではアオアジ一尾600円、マダイ1000円、イサキは何と1500円の値札を付けた。これはちょっと…と思ったが、心配無用であっさり売れてしまった。やっぱり鮮度ですね。
   カマスといえば大きな魚ですが、この日は本当に小さなカマスだった。JFしまねを通じて、全量買い付けとなるのでこうしたリスクも背負わないといけない。実際、こんなカマスどうするのか、と思った。そうしたら、店員の中に富山出身の人がいて、北陸地方では小さなカマスを蒸して塩茹でし、ポン酢で食べる食生活があるそうだ。その食べ方をとっさに提案したら、売り切れてしまった。まさに、これこそ魚食文化だ。対面販売の強みだ。JFしまねの岸宏会長もご存じなかったようだ。
◇ 魚食文化の維持・発展が今回の取り組みの目的の一つでしたね。
◆ 浅田本部長 = 最近はすっかり少なくなったが、昔、魚屋さんはこうした工夫をして販売していた。少しでも売り残しをなくすために。それでも毎日鮮魚を売り切ったわけではない。残ったものも切身にしたり、加工して販売した。こうした売り方がイオンのねらいでもある。少ない資源を有効に、かつ売り残さない工夫をしていきたい。
   また、魚料理というと刺身に煮魚、焼き魚が定番だが、それだけでなくケチャップやマヨネーズ、香辛料を使ったり、洋風も和風も、老いも若きも子供にも喜ばれる料理を提案し、食シーンの広がりをもたらしたい。今回の販売を通じて、そうした可能性を感じた。産地に多い浜料理などは、その代表例だろう。新鮮な魚なら、バリエーションを広げられると感じた。お客さまにおいしさと楽しさを提供したい。われわれも、魚食普及に貢献したい。
◇ イオンでは、販売だけでなく技術や評価機能の向上を目指しているようですね。
◆ 浅田本部長 = 魚料理が家庭で嫌われる理由に、骨と残渣と煙がある。そこで、骨と残渣を取り除くために店頭で切身にして販売している。さらにタレをつけて、フライパンで焼いて出せる料理や、漬汁に漬ける漬魚だけでなくドレッシング感覚でサラダ料理も提案していきたい。発酵させるなら、ヨーグルトを使う手もある。
  こうしたことを日常的に考えるために、お魚アドバイザーが120人、また魚の骨や内臓を取る下料理や、切身にして納品するための鮮魚士が2500人いる。1店舗に7〜8人の割合でいる。パートの人たちでも魚をおろせるようにして、鮮度のよいうちに処理するためだ。切身が品薄になってもすぐ出せる。お客さまが家庭に持ち帰って料理するより手間が省ける。魚の食べ方、見分け方も伝えることができる。今後は、この人たちが漁師さんと協力し、仕入れの仕方を一緒に考えることも可能だろう。
◇ 今後の取り組みについてどのように考えていますか。
◆ 浅田本部長 = ジャスコが月1回行っているお客さま感謝デーにこの企画をドッキングさせ、鮮度のよい魚の本当のおいしさを知らせていきたい。すでに複数の漁協から、イオンと取り組みたいという申し出を受けている。今回は近畿圏が中心だが、もっとエリアを拡大したい。決して市場ルートを無視するわけではない。われわれの取り組みは市場ルートで使う量のほんのわずかな量でしかない。むしろ、いろいろな取り組みをすることで、漁業者の取り分が増える機会が少しでも増大すれば、と思っている。
   今回の直接取引は、売り上げの割には手間も掛かった。直接仕入れなので、われわれも浜に出向き、魚種選別やサイズ選別、品揃えを行ったが、意外と人手を要した。直販や対面販売も人手が掛かり大変だ。むしろ、効率性からいえばやや問題があるかもしれない。毎日取り組むことも難しいだろう。しかし、イオン独自の取り組みで魚食文化を維持し、かつ消費者との接点を多くすることで、魚食普及の可能性を広げていきたい。
  もう一つは、コスト対応だ。流通過程で、コストやマージンは割り出せるが、市場で最初に付ける価格は何を基準にしているのだろう。この時点で、もっと漁業者の手取りを増やすことはできないものか。コスト削減に努めることは当然だが、そのしわ寄せが漁業者に及ぶことがあってはならない。自然を相手にする魚が、工業製品と販売や価格の設定で違うのは当然だ。その点の相互理解を得て、生産者との関係をできるだけ長く続け、かつ双方がハッピーな関係を構築していきたい。