3 漁業をめぐる国際情勢

(1) 公海漁業等をめぐる動き

 200海里体制の定着により外国200海里水域内での操業の縮小を余儀なくされた我が国は,公海にその代替漁場を求め,公海漁業が急速な発展を遂げた。しかしながら,近年,地球環境問題に対する関心が世界的に高まるにつれて,野生生物の保護や海洋生態系の保全の観点から公海漁業に対する規制を求める動きも強まっており,公海大規模流し網漁業では,既に一時停止措置をとることを余儀なくされている。また,近年,高度回遊性魚種の資源や200海里水域内とそれに隣接する公海の双方にまたがって分布する魚種の資源(ストラドリング・ストック)の管理について,沿岸国が特別の権利を有するとの主張もあらわれており,その取扱いが議論となっている。

 公海漁業に関しては,資源の維持保全や環境との調和を図りつつ,各国の公海資源に対する異なる立場を調整するという困難な問題が存在するが,世界の人口が増加を続ける中で,持続可能な食糧供給の場として海洋の果たす役割は従来にも増して重要なものとなっており,公海漁業資源は人類が共通に利用すべき資源として次世代にわたり有効に活用されていく必要がある。そのためには,地域漁業管理機関等の国際的な協議の場を通じて関係国と協力しつつ科学的根拠に基づいた海洋生物資源の保存・管理体制を確立することにより,新たな公海漁業資源の開発を含めた公海漁業資源の有効利用を図っていくことが重要である。

 また,我が国は,水産資源の持続的利用と保存に関心を有する国家と国際機関の参加を得て,7年12月京都において,「食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する国際会議」をFAOの協力の下で開催することを予定している。

 さらに,責任ある漁業の在り方については,現在,FAOにおいて検討が進められており,責任ある漁業活動実施のための行動規範が7年11月のFAO理事会において採択される予定となっている。

 なお,「海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)」は,6年11月16日に発効した。同条約は,海洋にかかわる問題一般を包括的に規律しており,漁業関係においても,排他的経済水域の設定や同水域における漁獲可能量の設定等の漁業管理手法を含む生物資源の保存・利用に関する多くの重要な規定を置いている。本条約の締結国数は,7年1月13日現在で73であり,また,6年10月にオーストラリアが批准し,ドイツが加入するなど,先進諸国においても締結に向けての動きが活発になっている。

〔ストラドリング・ストック及び高度回遊性魚種に関する国連会議〕

 ストラドリング・ストック及び高度回遊性魚種の資源の保存・管理については,4年6月の国連環境開発会議(UNCED)の場において国連主催の会議を開催することが勧告され,これを受けた国連総会決議に基づき5年4月以来4回にわたり「ストラドリング・ストック及び高度回遊性魚種に関する国連会議」が開催されてきた。しかしながら,これまでの会議においては,200海里水域に隣接する公海の資源に対し沿岸国が特別の利益を有しており,公海上の保存管理措置を沿岸国が200海里水域内でとっている措置に服従させるべきであるとするカナダ等の沿岸国と,すべての沿岸国と漁業国が対等の立場で参加した地域管理機関において全回遊水域を対象とする保存管理措置をとるべきであるとする我が国等の漁業国との間で意見の相違がみられ,6年8月の第4回会合においても,各国の意見は近づきつつあるものの決着には至らなかった。本件に関する議論は,6年秋に開催の第49回国連総会までに完了させることになっていたが,結論が得られなかったため継続協議されることとなった。

〔捕鯨問題〕

 鯨類の管理は,鯨類資源の適切な保存と有効利用を図り,捕鯨産業の秩序ある発展を可能にすることを目的とする「国際捕鯨取締条約」に基づき設立された国際捕鯨委員会(IWC)により行われている。しかしながら,現在のIWCにおいては捕鯨に反対の立場をとる環境保護団体が社会に強い影響力を持つ欧米諸国等を中心とした反捕鯨国が大勢を占めており,我が国,ノールウェ一等の捕鯨に賛成する国は現在少数勢力となっている。我が国としては,鯨類を含む海洋生物資源の合理的利用の実践が重要との観点から,科学的根拠に基づいた鯨類資源の持続的利用を主張し,捕鯨の再開に向けて各国の理解を得るべく粘り強く努力を行っているところである。

 57年に採択された商業捕鯨全面停止(モラトリアム)は,鯨類資源の包括的評価を行うことにより見直すこととなっているが,既に,IWCの科学委員会においては,南氷洋のミンク鯨については100年間で少なくとも20万頭の捕獲が可能との計算結果が得られている。さらに,6年5月に行われた第46回IWC年次会議では,商業捕鯨再開の前提となる改訂管理制度(RMS)の科学的側面に関する議論は完了し,残された課題である監視取締制度に関する作業部会が設置されることとなった。加えて,RMSの完成を求める決議が米国等から提案され採択された。また,今回我が国が初めて提出した北西太平洋鯨類捕獲調査計画についてもおおむね支持が得られるなどの前進がみられた。

 しかしながら,南氷洋を鯨類のサンクチュアリーとしておおむね南緯40度以南の水域において全鯨種の商業的捕獲を禁止するとの共同提案が十分な科学的議論を経ないまま採択された。また,我が国が要求していた沿岸小型捕鯨のためのミンク鯨50頭の暫定救済枠についても否決された。我が国としては,南氷洋鯨類サンクチュアリーの設定は,科学的根拠に基づいたものではないこと等から,ミンク鯨へのサンクチュアリー適用に関し異議申立てを行っている。

 捕鯨問題は,単に鯨の保存管理の問題としてとらえるのではなく,海洋生物資源全般の合理的利用に関する問題の一環としてとらえる必要があり,UNCEDで合意された持続的開発の原則に沿って,科学的な調査研究や客観的な事実に基づく保存管理措置を引き続き訴えていくことが重要である。

〔かつお・まぐろ漁業〕

 かつお・まぐろ類は,公海,各国200海里水域を通じ回遊する高度回遊性魚種であるため,国際的な資源保存管理の枠組みの下に,環境保護の要請にも配慮しつつ各国が操業を行うことが肝要である。現在,大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT),全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)等の多数国間条約に基づく国際機関が設立されており,これらの国際機関の下で資源の保存管理が行われている。しかしながら,近年条約非加盟国漁船による無秩序な操業が,国際的な資源管理措置の効果を減殺するとして大きな問題となっている。このような状況を踏まえ,我が国を含むICCAT加盟国は,非加盟国による漁獲を含むすべての大西洋くろまぐろの漁獲実態の把握のため,輸入量,漁獲水域等の情報が提供される統計証明制度を冷凍くろまぐろについては5年9月から,生鮮くろまぐろについては6年6月から実施している。

 また,みなみまぐろについては,資源保護に対する国際的な関心の高まりを背景として,我が国,オーストラリア及びニュー・ジーランドの3国は「みなみまぐろ保存のための条約」を締結することで意見が一致し,同条約は,3か国すべてが批准を行ったことにより6年5月に発効した。同条約はみなみまぐろの保存及び最適利用を適当な管理を通じて確保することを目的としており,みなみまぐろ保存委員会を設置し総漁獲可能量及び締約国に対する割当量の決定等を行うこと等が定められている。

 なお,我が国かつお・まぐろ漁船の主要漁場の一つである中西部太平洋水域には,依然として国際的な資源保存管理の枠組みが存在しないため,我が国は管理体制確立の必要性を提唱している。一方,当該地域の社会経済的発展を図ることを目的として設立された南太平洋フォーラムに加盟の島嶼国・地域は,漁業分野に関する組織としてフォーラム漁業機関を設置し,沿岸国だけで中西部太平洋のかつお・まぐろ資源の管理を行うとの姿勢を示している。こうした動きは,当該水域における我が国漁船の操業の一方的な規制につながるため,我が国はすべての沿岸国・漁業国が参加し得る資源の保存管理体制の確立のために関係者に粘り強く働きかけているところである。

 さらに,これまでに管理機構の存在しなかった北部太平洋水域においても7年1月に開催された日米漁業協議委員会で,北太平洋のまぐろ類に関する漁業・科学情報の交換,資源評価等を行うことを目的とした暫定委員会を設立し,.関係国に対し参加を呼びかけていくこととなった。

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〔べ一リング公海漁業〕

 60年頃からの米国200海里水域内における対外漁獲割当量の急減に伴い,我が国を始めとするポーランド,韓国等の漁業国は,べ一リング公海におけるすけとうだら漁業を活発化させた。これに対し,米国及びロシア(ソ連)は,この漁業がべ一リング公海に隣接する自国200海里水域内の資源に悪影響を与えているとして規制導入の動きを強め,2年6月には米ソ首脳会談において,べ一リング公海漁業問題に関して早急に保存措置がとられるべき旨の共同声明を発表した。

 こうした動きを背景として,3年2月以降,べ一リング公海のすけとうだら資源の保存管理問題を協議するため,漁業国である我が国,ポーランド,韓国及び中国を含めた関係国会議が開催され,6年2月の第10回関係国会議において,「中央べ一リング海におけるすけとうだら資源の保存及び管理に関する条約」の案文につき実質的合意をみるに至った。同条約はべ一リング公海の沿岸国であるロシア及び米国を含む4か国が批准書等を寄託した日の後30日目の日に発効することとなっており,各国とも署名を完了し,現在,批准等のための国内手続を行っているところである。

(2) 外国200海里水域内における操業

〔ロシア〕

 我が国及びロシアは,各々が200海里水域を設定した52年以降,「日ソ地先沖合漁業協定」に基づき相手国200海里水域内への相互入漁を行っている。入漁条件については毎年開催される日口(日ソ)漁業委員会の中で決定されているが,等量主義を基本としており,近年,ロシア漁船の我が国200海里水域内での漁獲が激減しているため,我が国漁船に対する漁獲割当量等の入漁条件は厳しさを増す傾向となっている。なお,62年以降は,相互入漁以外にも有償入漁による我が国漁船への漁獲割当量の確保を行っている。7年の我が国漁船の操業条件は,相互入漁10万トン,有償入漁1.8万トン(見返り金額7.2億円)となった。また,相互入漁による漁獲割当量の確保に関連して,民間によりロシア側に対する機材の供与等の事業が実施されることとなった。これに対し,ロシア漁船の漁獲割当量は,10万トンとなった。このほか,ロシア200海里水域内では,民間ベースの契約による自船操業,洋上買魚等が行われている。

 一方,ロシア系溯河性魚種を対象とする北洋さけ・ます漁業については,公海沖獲り禁止を受け入れたことにより,4年以降はロシア及び我が国200海里水域内での操業のみが行われている。6年の我が国200海里水域内での漁獲可能量は前年同の4,819トン,ロシア200海里水域内での漁獲割当量は前年に比べ若干減少し19,200トンとなった。

〔その他〕

 このほか,カナダ,ニュー・ジーランド,オーストラリア,アルゼンチン,南太平洋島嶼国等の200海里水域内においては,政府間又は民間レベルによる協定の締結や個別入漁,合弁事業等により我が国漁船の操業の確保が図られている。しかしながら,その交渉は年々厳しさを増す傾向にあり,外国200海里水域内における操業について,引き続きその維持確保に努めていく必要がある。

(3) 我が国周辺水域における外国漁船の操業

 我が国は,52年に200海里漁業水域を設定したものの,韓国及び中国が200海里水域を設定していないことや,「日韓漁業協定」及び「日中漁業協定」に基づく漁業秩序の維持への配慮等から,東経135度以西の日本海,東シナ海等においては漁業水域を設定していない。また,設定されている漁業水域においても,韓国及び中国の国民が行う漁業等については「漁業水域に関する暫定措置法」による規制を実施していない。

 現在,我が国周辺水域においては,韓国漁船や中国漁船による活発な操業が行われており,我が国漁業者との間で漁場競合,漁具被害等種々の問題が生じているほか,我が国周辺水域の水産資源が総じて低水準にある中にあって水産資源に対する影響も懸念されている。このような状況下にあって,我が国漁船の安全かつ円滑な操業を確保するとともに,資源の保存・管理措置の実効性を確保するとの観点から,我が国周辺水域における外国漁船の操業秩序の確保に努めることが重要な課題となっている。

 なお,我が国,韓国,中国等の漁船が入り会って操業している東シナ海・黄海においても,実効ある水産資源の保存・管理措置が確保されるよう関係国間の連携を図っていくことが重要である。

〔韓国〕

 我が国と韓国との間では,40年に締結された日韓漁業協定を基本とする操業が行われてきた。その後,北海道周辺水域及び西日本周辺水域で韓国漁船の操業が活発化し,かつ,我が国漁船に対し適用している国内規制にとらわれない操業が行われ問題となったことから,55年以降両国がそれぞれ自主規制措置を実施している。しかしながら,西日本周辺水域を中心として日韓漁業協定合意議事録や自主規制措置に反した韓国漁船の操業が跡を絶たず,6年はこのような操業件数そのものは前年に比べて大幅に減少したものの,船名を隠ぺいして操業したり,我が国漁業者の漁具被害や両国漁船間の漁場競合等が依然として発生している現状にある。このため,我が国漁業者においては,操業の安全性や資源の枯渇に対する懸念が生じるなど現行の枠組みに対する不満は強く,韓国漁船等に対する200海里制度の適用等実効ある資源管理措置を望む声が高まっているほか,地方自治体の議会においても,このような措置の実現に関する決議を行うところが相次いでいる状況にある。

 こうした状況に対応して,日韓両国政府は,6年2月から漁業実務者協議を開催し,今後の日韓漁業関係の在り方を協議してきたが,7年2月,今後,両国は,将来の望ましい新漁業秩序の形成のために共同で努力していくこととし,このため共同漁業資源調査を実施するとともに,当面,自主規制措置を強化し,引き続き実施する(8年末まで)などの結論を得た。

〔中国〕

 我が国と中国との間では,50年に締結された日中漁業協定に基づき操業が行われてきた。協定締結当時の中国漁業は中国沿岸域での操業が多かったが,近年,沖合・遠洋漁業の振興に力を入れてきていることに伴い,協定の対象外である我が国周辺水域における操業が活発化してきている。特に対馬周辺水域等における底びき網漁船やまき網漁船の操業により,我が国漁船の漁具被害,両国漁船間の漁場競合,大量の中国漁船の緊急避難等の問題が生じているほか,近年は,いか釣り漁船が北海道沖で操業し領海内操業で検挙されるなど操業水域が広域化しており,我が国漁業者への影響や水産資源に対する影響が懸念されている。このため,我が国は,両国間の協議の場において,我が国沖合底びき網漁業禁止区域や中型いか釣り操業禁止区域内での中国漁船の操業自粛,中国漁船の緊急避難の適正化等について,機会あるごとに中国側に要請を行い,操業秩序の確保に努めているところである。

(4) 国際漁業協力の現状

 現在,世界の人口は50億人を越え,国連の推計(中位推計)では2050年において現在の約2倍の100億人に達すると予測されており,将来にわたり食糧を安定的に供給していくことが人類共通の課題となっている。こうした状況の中で,水産物は,動物性たんぱく質の供給源として重要性を増しており,途上国においても水産資源の開発と水産業の振興に積極的に取り組んでいる。世界でも有数の水産技術と経験を有する我が国に対しては,途上国から数多くの協力要請が寄せられており,我が国は,相手国の水産業の発展と我が国漁船の漁場の確保に資するため,従来から幅広い国際漁業協力を行っているところである。

〔無償援助,技術協力の現状〕

 我が国は,開発途上国の水産振興に寄与するため,政府開発援助(ODA)の一環として水産無償資金協力や各種の技術協力を行っている。水産無償資金協力の協力内容は,漁港や流通施設等の産業基盤施設の整備,漁業訓練船や研究所等の研究・研修施設の充実及び船外機,漁具等の供与による零細漁業の支援等幅広い分野にわたっている。技術協力については,国際協力事業団が,漁業,水産増養殖及び水産加工・流通を指導していく人材の育成を主体に,我が国からの専門家の派遣や相手国からの研修員の受け入れを行っている。5年度の水産分野での我が国からの専門家の派遣数は60か国238人,また我が国への研修員の受入数は51か国138人となっている。また,国際協力事業団は,日本人専門家の派遣,研修員の受入れと必要な機材の供与を組み合わせた形の技術協力や開発途上国に代わって水産資源や漁業基盤整備等に関する開発調査を行っている。こうした協力は,無償資金協力により建設・整備される施設を利用して行われることが多い。

 他方,民間団体でも,海外漁業協力財団において,5年度は,17か国38人の個別専門家の派遣及び30か国97人の海外研修生の受入れのほか,漁労等の技術,漁場・資源の調査,離島振興,水産関係施設の修理・修復等の各種の技術移転のため,専門家派遣と機材供与を組み合わせた技術協力を行っている。なお,5年度からは新たに増養殖技術の移転に関する事業も実施している。

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〔合弁事業を通じた漁業協力〕

 200海里体制の定着に伴い,我が国漁船の外国200海里水域内での操業に対しては,年々規制が強化され,安定操業の確保が次第に困難な状況になってきているが,相手国によっては,合弁事業という形式での操業を認めるとの方針をとってきており,このような方針の下での操業を確保している我が国漁業者も少なくない。相手国政府はこれらの合弁事業により我が国の資本と技術を導入し,自国漁業の振興を図ろうとの方針を有しているものとみられ,このような合弁事業の実施は相手国漁業の開発,振興等に寄与するものと考えられる。

 海外漁業協力財団では,このような合弁事業を支援するため,事業実施主体の我が国企業等に対し,事業促進のための融資を行う制度を設けている。

 我が国漁業への国際規制が厳しさを増す中で,合弁事業は,我が国への水産物の供給,海外漁場の確保,現地における漁業の振興等大きな役割を果たしているが,実際の投資に際しては海外での企業経営の困難さを考慮し,現地の状況を十分に調査し,採算性を見極めた上で長期的な視野に立った投資を行うことが重要である。