99年、アルベルト・ポンセ先生と(留学中のパリ・エコール・ノルマル音楽院で)
佳織(30)は勝ち気な子だった。運動会で走れば1番。縄跳びも、鉄棒も、勉強も……、何でも上を目指そうとする気持ちの強い子だった。
小学校に入ると、昇(65)はレッスン手法を少しずつ変えた。
毎朝、「今日の練習メニュー」を書いて出かける。学校から戻った佳織は、そのメニューを自分でこなす約束だった。
音階練習○回、アルペジオ奏法の練習○回、曲○回……。
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友だちと遊んでしまい、練習をさぼった翌朝。
「なまけ虫がお尻から入ったな」
昇は平手で思い切りお尻をたたく。逃げると追っかけてつかまえ「なまけ虫を出さなくちゃ」と、またたたく。手が真っ赤になるまで本気でたたいた。
「練習をしなくちゃ上手になれないことや、約束を破っちゃいけないことが、わかり始めた年齢。だからこそ、きつくしかりました。自尊心を傷つけないために、本人ではなく虫のせいにして」
勝ち気な性格を逆手にとって、こんな方法をしたこともある。
「北海道にマリちゃんというギターのうまい子がいる。佳織より3ページ前を練習しているんだって」と昇がいう。すると佳織は、マリちゃんに負けまいと猛練習する。もちろん「マリちゃん」なんていない。でも、佳織は本気で張り合った。
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10歳になると、パリから戻った福田進一氏に習い始めた。そして、11歳でジュニア・ギター・コンテストの最優秀賞、学生ギター・コンクールでも優勝した。
ギタリストの道が見え始めた矢先、昇は、1年間、中学受験に専念させることを決めた。
「中学から高校入学ぐらいまでが、心も体も成長し、最も、音楽の力が伸びる時期です。その時に、高校受験の勉強のためにギターの練習ができない状況は避けたかった」
結局、女子聖学院中学校(東京都)に入学。中学2年の時に、プロへの登竜門でもある東京国際ギターコンクールで優勝し、CDデビューに花を添えた。
「天才少女」として世間に名前が広まり、ギタリストへの道が本格的に開けていく。
(敬称略、聞き手・宮坂麻子)
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