3歳、自宅で。木琴やタンバリンと同じように、ギターも遊び道具の楽器だった
「スポーツって、頂点を迎える年齢が若いですよね。だから、スパルタ教育でもなんでも、幼いころからビシバシやって、早く力をつけなきゃならない。でも、音楽は一生ものでしょ。つらい練習をさせたら、つらい音が出ちゃう」
昇(65)は、佳織(30)に楽しくレッスンさせるため、数々の作戦を駆使した。
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まず、ごほうび作戦。
反復練習を楽しめるように、音階を1回ひいたら、おもしろい顔をしてみせる。佳織が1回ひく間に次のおもしろい顔を考え、また笑わせる。シールを1枚ずつ渡し花畑の形にはったり、高い高いをしたり……。○×の星取表も使った。
記号や音符を一つ覚えたら、小さなおもちゃを一つプレゼント。おもちゃ問屋を回って、ごほうび探しをするのも、昇の楽しみになった。
ギターに合わせて好きに踊ったり、伴奏をひいて自由なメロディーをつけたりする、のびのび作戦もある。
最も大事にしたのが、発表作戦だ。
毎日、夕食前の食卓で、家族にその日弾けたフレーズを発表する。「上手ねえ」とほめるのは、家族の暗黙の了解。
知人の演奏会でも、小さなコンクールでも、機会があれば舞台に立った。終了後は、もちろん「ごほうび」にレストランに寄って食事をする。
「幼いころから人前で弾く喜び、聞いてもらう人がいる素晴らしさを感じてもらいたかった」
3歳からソルフェージュに通い始めると、昇はテープレコーダーを抱えて、ついていった。レッスン内容を録音し、毎回、家で復習。次のレッスンの時にできると、自信につながるからだ。
四つ年下の奏一も、佳織と2人で、遊ぶようにギターを吸収していった。
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「ギター仲間の中には、練習中は子どもを部屋に入れず、楽器に絶対触らせないという人もいます。それではギターが子どもの敵になってしまう。父親という、子どもにとって一番の遊び相手をギターに取られちゃうわけだから。私は、ギターより子ども、にしてきました」
だが、昇が与えたのは「アメ」ばかりではなかった。(敬称略、聞き手・宮坂麻子)
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