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天声人語

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2009年2月24日(火)付

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 人の遺体を扱った詩歌は多くないだろうが、甲州に暮らした俳人、飯田蛇笏(だこつ)に〈なきがらや秋風かよふ鼻の穴〉がある。山あいの村の弔いだろうか。死者の湛(たた)える静けさが、透きとおった風とともに、読む者の脳裏に浮かび上がる▼映画「おくりびと」を見て、似た思いを抱いた人もいることだろう。「死に対する畏敬(いけい)の念を通して生をたたえる感動作」と米国の映画業界紙が評したそうだ。きのう、アカデミー賞の外国語映画賞を、日本映画として初めて受賞した▼遺体を清めて棺に納める「納棺師」という職業を描いている。装束を着せ、化粧も施す。いつくしむような所作を通して「人の尊厳」がにじみ出る。難しい役を、主演の本木雅弘さんが好演した▼映画作りにあたり、本物の納棺師、青木新門さんの著書『納棺夫日記』を読み込んだそうだ。「毎日死者ばかり見ていると死者は静かで美しく見えてくる」と青木さんは書いている。「生か死か」ではなく、生と死を一つとして見ることが大切だと、心のありようも説く▼英語版の題名「デパーチャーズ」は「旅立ち」の意味である。生者が「おくりびと」なら死者は「おくられびと」。送り、送られて歳月は流れる。テーマの普遍性が、前評判の高かったライバル作をしのいでの栄冠を呼び込んだようだ▼もう一つの朗報となった短編アニメーション賞「つみきのいえ」も、ひとりの老人の、過ぎていった人や時への愛惜を描いている。二つの日本映画に、人が生きて紡ぐかけがえのないものへの、深いまなざしを見る。

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