2006年11月04日
◆ 地球緑化計画
地球緑化計画(グリーンプロジェクト)というものを提案したい。なぜ? それは、バイオ燃料の供給のためだ。
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前項では、バイオ燃料を推奨した。「コストも安いし」というふうに。
しかしながら、バイオ燃料には、弱点がある。量が少ないときにはコストも低いが、量が大幅に増えるとコストが高くなる、という点だ。というのは、地球上で生産される農産物には、限界があるからだ。(現状では)
この問題を解決するには、どうするか? もちろん、地球上で生産される農産物の総量を増やすしかない。
では、どうやって? 現状では、地球の砂漠化が進んでいるから、農業状況はかえって悪化するばかりだ。将来的には、地球上で生産される農産物の総量は減ってしまうかもしれない。
現状では、農産物を増やすために、アマゾンの開墾などをしている。そのことで農産物は短期的には増えるだろうが、アマゾンの森林が減ることで、地球はどんどん温暖化が進む。地球温暖化を避けるためにバイオ燃料を使うべきなのに、農産物を増やすために森林を削減するのでは本末転倒だ。
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では、どうするか? 放置する限りは、駄目だ。個人のエゴに任せる限りは、各人は森林を食いつぶそうとするばかりだ。
このことを解決するのは、国家規模の巨大プロジェクトが必要となる。それが、「地球緑化計画」(グリーンプロジェクト)だ。
※ この用語は定着したものではない。私の思いつき。ただし既知。
「地球緑化計画」(グリーンプロジェクト)は、次のことを行なう。
“ 全地球レベルでの緑化。特に、砂漠の緑化。特に、サハラ砂漠の緑化。”
世界最大の砂漠であるサハラ砂漠は、古代には森林が豊かに存在した。それがいつのまにか砂漠になってしまった。……これは地球の運命を暗示する。(下手をすると、将来は、水がなくなって、金星のように灼熱地獄となる。)
そこで、地球全体の砂漠化を防ぐために、最大の目標であるサハラ砂漠を緑化する。緑化することで、農産物を大量にもたらす。そしてバイオ燃料を生産する。
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そんなことは荒唐無稽で無理だ、という声も上がりそうだ。しかし私は、可能である、と思う。方法は、次の通り。
(1) 案A …… 潅漑と植樹
サハラ砂漠を潅漑と植樹によって緑化する、というのが、普通のアイデア。
しかし、これは、コスト的には無理だろう。日本の全予算をつぎこんでも、無理に決まっている。あまりにも巨額の金がかかりすぎる。これはほとんど不可能。
( ※ 莫大なコストをかけるので、ほとんど不可能ではある。だが、産油国がコストを負担して、日本企業が工事を実施するのであれば、商売にはなる。アラブの阿呆が金を浪費するのを利用して、金儲けをすることはできる。たとえば、下記。
→ http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave30.html )
(2) 案B …… 自然利用
自然を利用して、自然そのものの緑化能力を向上させる。いきなり砂漠を緑地にするのではなく、段階的に砂漠から緑地へと変化させる。
これは、不思議ではない。たとえば、鳥取砂丘だって、放っておけば、松などが生えてくる。松がどんどん増えれば、林になる。林になれば、そのあとは何十年かかかって、針葉樹林帯から落葉樹林帯になる。
というわけで、まずは、タネとなる松などを増やす作戦をとる。これには、たいしてコストはかからない。とにかく、自然と時間を利用して、何十年かかけて、少しずつ緑化を進めていく。環境改造計画。
目標は、300年後の緑化だ。
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問題は、資金だ。資金は、どうする?
これは、「投資」というのが一番いいだろう。サハラ砂漠などをもつ該当の国と、適当な条約を結んで、投資環境を整える。できれば、日本と国家連邦のような形を形成して、「準・日本」のような扱いにする。そこに日本の国家資金をつぎこむ。その金は、米国連銀に預けている米国債を解約すればいいだろう。
その後、300年ぐらいをかけて、該当国家を振興する。すると、どうなるか? その該当国家では、砂漠が森林となる。さらには、耕地もできる。すると、緑と水が豊かに生じる。
緑と水が豊かにあるところには、文明が生じる。たとえば、中東でも、緑と水が豊かなところだけで、文明が生じた。現在でも同様である。サウジの砂漠には文明はない(人もいない)が、水のあるところには文明ができる。(水のほとんどない山岳地帯は、文明から取り残される。)
水があるところでは、所得が生じる。その所得によって、以前の投資を回収すればいい。では、どうやって?
水と緑の豊かな地域の土地を所有した上で、その土地を売却すればいい。
つまり、砂漠を購入したあとで、砂漠を緑地にして、その緑地を高値で販売すればいい。……これは、立派に、投資収益を上げることが可能なプロジェクトだ。(ディベロッパーふうの開発。)
ただし、通常のディベロッパーとは違って、期間が超長期になる。数年や十年ではなく、数百年になる。というわけで、これは、国家レベルのプロジェクトだ。ひょっとしたら、超国家的なプロジェクトかもしれない。(国連レベル。)
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数百年規模の超国家レベルのプロジェクト。……気宇壮大ですね。
夢は大きなほどいいというが、これほどデカい夢はめったにあるまい。アポロ計画や燃料電池なんかよりも、はるかにデカい夢だ。
こういうデカい夢を語るのは、楽しいものです。それが言いたかったんですね。 (^^)
[ 余談 ]
手塚治虫の漫画に「ガロン」という惑星改造 ロボットの話が出てくる。鉄腕アトム・シリーズで威力最大の ロボット。こいつは地球を改造しようとする。地球を他の惑星のようにしようとする。そのスケールのでかさに、昔は度肝を抜かれたものだ。
で、そういうのと同じことを、やってみたいわけ。(悪い方向ではなく、良い方向に。)
私はガロンになりたい。 …… そう言いたいわけじゃないです。 (^^);
[ 付記 ]
本項は、百年以上の超長期で見た場合の方策だ。
それとは別に、数十年ぐらいの長期で見た場合の方策もある。それは、前項のコメントに寄せられた「高速増殖炉」だ。当面は無理でも、数十年後なら実用化はされるだろう。そのためにも、当面はこの研究を続けた方がいいだろう。(現状は研究がほぼストップしている。)
なお、もっと短期的には、原発しかなさそうだ。前述の通り。
( → http://openblog.meblog.biz/article/44325.html の最後 )
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【 追記 】 ( 2006-11-05 09:50 )
あとで、読者からいろいろとご意見をいただいた。(コメント欄を参照。)
これを受けて、次のように結論できそうだ。
(1) 駄目な方法:
特定の狭い場所をピンポイントで潅漑する。「狭く深く」という方針。
(2) 良い方法:
砂漠でない地域(草原や海)との境界領域から始めて、少しずつ広大な領域を脱・砂漠化する。「広く浅く」という方針。
後者の (2) では、脱・砂漠化のために、地域の特性にあった植生のものを提供する。松、草、サボテン、など、乾燥に強い種目。年間降水量がほとんどゼロの場所でも育つ植物はたくさんある。換金作物ではないが。
ここでは、農業生産の成果を期待せずに、単に脱・砂漠化の1段目だけを実施する。その意味で、超長期的な計画。
posted by 管理人 at 20:54
| Comment(7)
| エネルギー・環境1
7月にエジプトを観光旅行したのですがナイル川の近くの砂漠が順次緑化されていて、砂漠の緑化なんて実は水とやるきさえあれば簡単なことなのではないかと思いました。それにしては世界各地で砂漠化が進んでいるわけで、この矛盾をいまいち理解できないでおります。ヒトが愚かだからと思うのは簡単ですが、より深い考察をお願いできますでしょうか?
灌漑の歴史は塩類化(塩類集積)との戦いです。
乾燥地帯では蒸発が大きいため
わずかに溶けた塩類すら地表を塩類化させてしまいます。
日本のような粘土質を導入することが害になる場合すらありえます。
(粘土質の導入は長期改善には使用できます。)
世界各地で砂漠化が進んでいるのも
簡単に緑化できるという人間のおごりにより
単純な灌漑で一時的に大量の農作物が取れたが塩類化が進み
大量の水なくして土地の再生が出来ないため放棄されているという点も大きいです。
これは多くの文明で過去豊かな森を農業により
砂漠に没しさせた世界各地の歴史から学べます
(例えばサハラ砂漠は大昔は森であったのを灌漑法・牧畜法の間違いにより砂漠にしてしまった)
それを防ぐために高度な技術を必要とする点滴法を使用する手があります。
これは多分日本で無ければ出来ないのではないでしょうか?
一点だけ認識が違うとすれば
長期エネルギーなら質・量を考えて現実的に実用化できるものでは
原子力→高速増殖炉→核融合炉の方が利にかないそうだという点です。
ただ、砂漠の緑化は日本の将来食糧の確保
(世界食料の需要の増加による輸入困難の対応)
および中期バイオエネルギー確保に
非常に役立つと考える点ではやはり一致します。
乾燥地帯の灌漑が魅力的なのは、寒暖の差と閉ざされることの無い太陽によって莫大な農業収益が得られるからです。実際砂漠のオアシスは虫もおらず、さわやかな澄んだ空気の中で甘く太った野菜や果物ができる人類の桃源郷です。しかしこれを人工的にやると後で草も生えない塩の大地が出来上がってしまいます。
サハラ砂漠が人為的な理由のみによって砂漠化したというのは疑問に感じます。サハラが草原であった時代は氷河期のすぐ後で、その時代は人間は狩猟採取生活を営んでいたはずです。農業は定住生活を始めていたメソポタミア地域で必要に迫られて始まったとされており、各大砂漠については地球の気候変動によって生じたと考える方が自然ではないでしょうか。
問題は本来草原であるはずの中国内陸部が急速に砂丘に飲み込まれている現実で、これは段階的な緑化によって回復が可能です。実際写真でみると果てしない砂丘を横切って普通に「川」が流れていたりします。
(余談ですが、急速に工業化が進む中国で発生が予想された酸性雨の影響が意外と少ないのは、砂漠化によってアルカリ性の黄砂に中和されているからではないかという説があります。するともし中国で公害対策より緑化が先に進むことがあれば日本に強烈な酸性雨が降り注ぐ事があるかもしれません。緑化の方がはるかに時間がかかるのでまずないとは思いますが。)
極相が草原である地域は地球の大部分を占め、かつそのような環境は簡単に破壊できます。山を削り取った断面にすぐ松が生える日本の風土が特殊なのであり、地球緑化はまず草原にできるところは草原に戻すところが第一歩ではないかと思います。
これを受けて、【 追記 】を加筆しました。
また、富栄養海域を人為的にかき混ぜ、周囲から火力発電の排気を吹き込んで二酸化炭素を供給し、さらに宇宙に配置した鏡で二十四時間三百六十五日強い日光を当てれば、より利用しやすい形で大量のバイオマスを得られるのでは?
僕は海も砂漠も有効に利用し、それを公共事業として経済を安定させるのがよいと考えています。
研究者曰く、「風呂の水にインクを一滴たらすようなもの」だそうです。カリフォルニア湾のように、偏西風の影響ですぐ近くの海溝から深層水がせり上がって豊かな海になっているのを見ると人為的にあれをできないかと思ってしまうんですが・・・。
自然を破壊するのは簡単でも自然を創出するのはかなりの難事業のようです。ネズミが家をかじり倒すことができても家を作るのは大変(!)なのと同じでしょうか。
本文にあるようにまさに「気宇壮大な数百年規模の超国家レベルのプロジェクト」ですね。
考えを整理してみると……
自然改造計画の核心は、継続的なエネルギー補給を「しない」ことです。
たとえば、深層水のくみ上げとか、砂漠緑化に電力をつぎこむとか、そういうのは、継続的なエネルギー補給がずっと必要なので、(局所的にはともかく)広範囲には不可能です。── なぜなら、金がないので。正確には、人間の生産力が足りないので。
成功するのは、次のいずれか。
(1) 最初に装置を構築して、あとは、自然エネルギーだけに任せる。
たとえば、「人工海底山脈で「アジ・サバ群れる」豊かな漁場を」
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20061105i301.htm?from=main3
(2) 自然の変化のためには、「方向転換」のためだけにエネルギーを注ぐ。
比喩的に言うと、船全体を右に動かすエネルギーを投入するのではなく、舵を動かす
エネルギーだけを投入する。船全体を動かすエネルギーは自然エネルギーを使う。
具体的な例は、本文のとおり。砂漠緑化のきっかけとなるエネルギーだけを投じる。
砂漠化を緑化に転じる、方向転換のためのエネルギー。緑化そのものではない。