現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

個人情報流出―制裁は刑罰より賠償で

 氏名、生年月日、性別、住所、借金額、カードや口座の番号……

 こうした個人情報が、企業や役所からインターネット上に流出する事例が後を絶たない。その数は、07年度に事業者が公表しただけでも848件にのぼった。

 今年になっても、神奈川県立高校の06年度全在校生約11万人分の個人情報が流出していたことがわかった。授業料の振替口座番号まで含まれていた。

 悪用されたケースは確認されていないが、流出した情報はダウンロードできる状態のままネット上で漂う。

 流出したのは、県教委が授業料徴収システムの開発を委託した民間企業にあずけたデータだった。この会社は別の会社に下請けに出し、この下請け会社の社員のパソコンから、ファイル共有ソフトを通じて流出した。それを第三者の誰かが、さらにファイル共有ソフト上に発信したため、流出が拡大してしまったらしい。

 いったん流出した情報は次々と転送されるため回収は難しい。流出を未然に防ぐ仕組みが必要だ。企業や役所、学校で情報管理の大切さを徹底して教育することも大事だ。

 一方で、個人情報保護法には、情報を故意に持ち出したり、転送したりする個人を取り締まる規定がない。だからといって、罰則を作ってどんどん取り締まればいいと考えるのは早計だ。広く社会の隅々にまで網をかけるような規制や罰則は、常に乱用される恐れがあり、副作用が大きいからだ。

 例えば、会社や役所の不正を内部告発する行為まで規制してしまったり、告発しようか迷っている人を萎縮(いしゅく)させてしまったりしたら、社会にとって大きな不利益になる。

 ここは、クレジットカード番号といった一定の個人情報に限って、漏出を禁じる規定をつくってはどうだろう。

 ただしこの場合でも、表現の自由を侵害しないようにするため、罰則まで設けるのは慎重にすべきだろう。

 そもそも個人情報をネット上にばらまくような行為に対しては、刑事罰ではなく、民事裁判で損害を償わせるのが筋だろう。高額な賠償を科せられることになれば、意図的な発信行為を抑止できる。

 ただネット上で、匿名の発信者を特定するのは容易でない。そこで、02年施行のプロバイダー法によって、個人情報を流された被害者は、ネット接続業者に対し、流出情報の削除や、発信者の情報の開示を求めることができることになった。拒んだ業者に対して開示を命じる判決も相次いでいる。

 この制度をさらに生かすには、裁判とは別に、政府から独立した第三者機関による迅速な救済の仕組みを検討していい。政府と国会は早急に取り組んでほしい。

景観の価値―鞆の浦架橋で試される

 良好な景観は国民共通の資産である。「景観」に、こんな価値を認めた景観法が施行されて5年。その趣旨は生かされるのか。瀬戸内海の歴史的な景観がピンチに立たされている。

 舞台は広島県福山市の鞆(とも)の浦。アニメ映画「崖の上のポニョ」のモデルの町と言った方がわかりやすいかもしれない。古来「潮待ちの港」と呼ばれた海の道の要衝である。万葉の歌に詠まれ、室町時代には足利将軍が、江戸時代には朝鮮通信使が、そして幕末には坂本竜馬も足跡を残した。

 「雁木(がんぎ)」と呼ばれる階段状の船着き場や船の修理をするドックなど、近世の港を特徴づける施設が残っている。

 広島県と福山市は、ここに町なかの渋滞解消のためのバイパス道路を築く計画を進めている。半円状の湾の15%にあたる約2ヘクタールを埋め立てたうえ、湾を横切る形で180メートルの橋を架けようというのだ。現在、広島県知事が埋め立ての認可を国土交通省に求めている。認められれば開発は進み出す。

 約5千人が暮らす鞆では計画推進の住民が多数派だ。羽田皓・福山市長も推進を掲げ、昨年再選された。町なかの道路は車がすれ違えないほど狭い。生活の利便を求める声はよくわかる。

 しかし、貴重な景観を壊すことに見合うだけの必要性があるか疑問だ。この海域は、環境保全の観点から瀬戸内法で「埋め立ては厳に抑制すべきだ」とされる地域だ。必要性をよくよく吟味せよという趣旨である。

 ところが、埋め立て地にターミナルを築くというフェリーの航路は、人口700人の島との1本だけ。利用者がどれほどあるのか、はっきりしない。160台分の駐車場も整備するというが、陸側に代替地を確保できるという指摘にも耳を傾けるべきだろう。

 ユネスコの諮問機関にあたる「国際記念物遺跡会議」は、鞆に「世界遺産級」の価値を認め、総会で事業の見直しを決議した。保全派の住民も、知事が埋め立て免許を出さないよう求める訴訟を起こしている。観光地として多くの人を呼び寄せる景観が、二度と取り戻せないという心配からだ。

 架橋に反対する住民らは山側にトンネルを掘る案を提案している。景観を壊さず、渋滞を和らげる効果がある。道路建設費だけでみると、こちらの方が安くすむ。再度検討し、地元の合意形成を図ってはどうだろう。

 効率を優先させた開発の結果、各地の景観は個性を失った。その反省から景観法はできたが、自治体が建築などを規制する地域を定めないことには強制力をもたない。

 鞆は、そういう地域に指定されておらず、埋め立ての認可が開発の鍵を握る。広島県知事には、景観法や瀬戸内法の趣旨を踏まえ、将来に悔いを残さない解決策を求めたい。

PR情報