外国語学習や演劇などに取り組む若者を支援する「福岡市立青年センター」(同市中央区大名2丁目)がオープンして、40年が過ぎた。集団就職で福岡に来た“金の卵”の学習施設だったセンターは現在、年間約2000人が利用する施設に姿を変えた。3月7、8日には、センターを利用する若者たちが活動発表会「青年センター祭」を開き、節目を祝う。
5階建ての同センターは1968年10月、全国2番目に開所。勤労青年に教育の機会を確保することを定めた「青年学級振興法」(1953年施行、99年廃止)に従い、63年から隣の大名小で開講していた「福岡市立勤労青年学校」の施設として始まった。
勤労青年学校に通ったのは、九州各地の中学を卒業し福岡で職を得た15‐25歳の若者たち。工場や事務所で働き、夜間に3時間、似た境遇の同年代と机を並べ、機械製図や簿記、洋裁、食品衛生などを学んだ。
「ここに来れば仲間がいるという安心感があった。よく声を掛けて飲みに行きました」と、二十数年前に過ごした同センター職員の福田隆寿さん(50)。77年にはセンターで知り合い結婚したカップルが計50組になったのを記念する祝賀祭も開かれた。しかし、高校進学率の上昇で95年、青年学校は市民講座制に移行。2002年には講座も終わり、サークル活動などの若者に場所を提供する施設になった。
そんなセンターは今、「場所を貸すだけでいいのか」との壁にぶつかっている。「若者同士につながりを持ってほしいと始まった施設。利用者に横の連携を取ってもらうにはどうすべきか」と福田さんは自問する。ただ、明るい兆候もある。生け花サークル「露蝶(ろちょう)の会」の田中康子さん(35)は、3月の「青年センター祭」の主催者の1人として、約30サークルと連絡を取り、実感した。「知らないことを真面目にやっている同年代が多くいる」。これからは声を掛け合って、新しいことにも挑戦したいと思っているという。
写真や演劇などを披露する祭は、両日とも午前11時‐午後8時。同センター=092(712)2947。
=2009/02/20付 西日本新聞朝刊=