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世界の書店から

[第4回]腐敗するナポリ深奥への旅
佐藤康夫 Yasuo Sato ローマ在住ライター

創造的な仕事をさせたら右に出る者のないイタリア半島の住民だが、読書については「国民の約6割が1年に1冊も本を読まない」という調査結果がある。一方で、6冊以上を買って読む人も人口の1割、約600万人いるという。国内最大のブックフェアがトリノで開催されることが示す通り、イタリアの典型的な「読書家」は、富裕な「北西部に住む25~44歳の高学歴・高給取り」だ。景気に関係なく慢性的な失業状態にあえぐ南部の人々ではない。同じ国とは思えないほど異なる「南北格差」は、読書という行為にも顕著に現れている。
  今回は、この国が抱える厳しい現実を背景に登場した、対照的な青年作家2人の作品を取り上げてみた。

 

まず、『Gomorra(死都ゴモラ)』。06年に出版されて以来、80週にわたってベストセラーを続けているノンフィクション小説だ。国内だけで200万部を売り40カ国語以上に翻訳され、映画化された「ゴモラ」も昨年のカンヌ映画祭で第2席のグランプリを受けた。
  著者は、南部ナポリ大学哲学科卒で1979年生まれの青年ジャーナリスト、ロベルト・サヴィアーノ。「ゴモラ」は、旧約聖書のなかで市民の邪悪のため神に滅ぼされたとされる古代都市の名だ。一人称で語るサヴィアーノに導かれながら、読者は「現代版ゴモラ」である腐敗したナポリの深奥へ旅することになる。
  「カモッラ」と呼ばれる犯罪組織の支配下にあるナポリは、陽光あふれる観光都市とは正反対の闇を抱えている。有名なシチリア島のマフィアのピラミッド型組織と異なり、横並び構造のカモッラ組織は仲間内で「システム」と呼ばれ、非情な派閥間抗争が特色だ。女性も子供も容赦なく巻き込む残忍冷酷な惨殺抗争で、1カ月足らずの間に80人を殺し合った例もある。マフィアのように警官や司法官を爆殺するなど体制社会を挑発することはせず、暗黙のうちに社会機構内に浸透・拡張し、いまや組織人員ではマフィアをしのぐ勢力となった。

 

コカインや武器の密売で得た膨大な資金を、建築不動産や金融など表社会の企業活動に投資する。北イタリア企業が出す有毒産業廃棄物を支配地域の南部に不法投棄する。華やかなファッションブランド商品を縫製業者や不法滞在中国移民などを搾取して作らせる――。サヴィアーノは、こうした「システム」が根付く退廃した社会環境を観察し、殺害現場に出向いて話を聞く。「潜入者」としてボスの経営する店や工場を訪れ、殺し屋として養成される少年たちと出会う。臨場感あるルポルタージュと小説的手法を巧みに組み合わせることで、実名で登場するボスたちが生身の人間の集まりとしてうごめき始める。本著は「システム」に抵抗する勇気ある住民を代弁すると同時に、その存在を許容してきた政治とメディアへの痛烈な批判でもある。

(次頁へ続く)

 

 

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