東京都江東区のマンションで女性会社員が殺害され、遺体を損壊された事件で、東京地裁が元派遣社員の男に無期懲役の判決を言い渡した。裁判員制度のスタートをにらんで工夫が凝らされた裁判だったが、運用上の問題がいくつかの点で提起される格好となった。法曹だけでなく一般の市民も事件を見つめ直し、教訓につながる論議を深めたい。
被告が犯行を認めているだけに、判決の焦点は量刑に絞られていた。遺族の強い処罰感情も踏まえ、検察側は犯行の残虐性を強調して死刑を求刑した。判決も「戦りつすら覚える」と述べたが、被告に前科前歴がなく、犯行に計画性が認められないことなどを理由に罪一等を減じた。
被告が使った「性奴隷」という言葉に象徴されるように、性的な目的による身勝手な犯行で、裁判所が極刑を選択するかどうかのボーダーライン上の事件とされた。判決は被害者が1人の場合の判例の流れに沿った判断を下したが、評価は分かれるかもしれない。
今後は市民も重い選択を迫られるだけに、死刑についての一定の基準があるべきだろうが、一方では個々の事情をくむことも重要だ。感情的にならず、理知的に判断する姿勢が求められることも、裁判員に備えて自覚しておきたい。
大型モニターを利用するなど検察側の新しい立証方法も話題を呼んだが、衝撃を受けた遺族が退廷する場面も見られた。生々しい現場写真などの取り扱いについては、きめ細かな配慮が欠かせない。立証は裁判員に分かりやすいものであるべきだが、ことさら情緒的に訴えることもあるまい。捜査当局は、今回の展開を検証して工夫と検討を重ねてほしい。
社会に注目された重大事件なのに6日間の集中審理で結審し、逮捕から9カ月足らずで判決まで到達したのは異例と言える。裁判員の負担を考えると迅速な審理が好ましいが、否認事件なら長引くこともやむを得ない。市民の時間的な負担は軽いと強調されているが、拙速を避けるため、審理に日数を要することもあるときちんと説明し、市民の理解を得ておきたい。
審理の開始時期も早いほどよいとは限らない。被害者参加制度が導入されているだけに、被告の興奮状態が続いていると不測の事態を招きかねない。すでに、女性被害者に暴言を浴びせた被告が、証人威迫などの容疑で逮捕される事件も起きている。せっかくの被害者を重視した施策があだとならないように、関係者は慎重な運用に努めるべきだ。
法廷では、被告が自室に被害者を監禁中、捜査員に事情を聴かれていた事実も明らかにされた。捜査員が室内に入っていたら、殺されずに済んだはずだ。警察も捜査のあり方を問い直さなければならない。
毎日新聞 2009年2月22日 東京朝刊