1ドル70円台の日本経済:三橋貴明(作家)(5)
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「それにそもそも日本政府がどうしてここまで債務を膨らませることができるかといえば、貸してくれる人がいるからだよね。当たり前だけど貸し手がいなければ借り手は借りることができない」
それはそうだ。山本は心中で同意した。
「日本政府の債務のほとんどは、さっきいったとおり日本の民間から借りているんだよ。ということは、政府の債務はそのまま日本の民間の『債権』ということになる」
「マスコミは『国民1人当たりの借金』といって危機感を煽っているじゃないか」
「あれもひどいミスリード、というかインチキ・レトリックだよね。正しい言い方に改めるならば、『国民1人当たりの政府に対する債権』になるよ。だって、借りているのは政府であって、国民じゃないからね。国民はどちらかといえば、貸しているほうでしょう」
「……」
「だいたい国債を買っている人たちは、資産運用として国債を保有しているわけだから、償還するといわれても逆に困ると思うよ。国債が償還されても、みんな結局また国債を買う羽目になるに決まってる。日本国債以上の安全資産は、この世に存在しないから。だから、日本政府は国債の償還期日が来たら、同額の国債を発行して永遠にロールオーバー(借り換え)していけばいいだけ。日本国内に国債の買い手がいるかぎり、日本政府の債務規模は問題になるわけがない。しかも日本の家計の金融資産が1400兆円を超えている状況だから、日本政府が国債の買い手に困るなんて、ちょっと考えられないと思うよ」
世界経済への義務を果たそう
「うーむ……」
山本は思わず唸り声を上げた。国債を買っているのは誰だ? こんな基本的な疑問を、これまで考えたこともなかったのは、なぜだろうか。
「それにさっきもいったけれど、日本政府は通貨発行権をもっているんだよ。いざとなれば、日本政府は日銀に日本円を発行させて、国債を買い取らせることも可能なんだ。だから日本政府が財政破綻など、現実にはありえないよ。アメリカがいま、FRBにドルを増刷させて米国債を買い取らせているけど、あれと同じ事をすればいいだけだから」
何というべきか、山本は自分のこれまでの常識が根底から覆される感覚を覚え、呆然とした思いで言葉を搾り出した。
「それでは、政府の債務が800兆円を超えていようが、40兆円の景気対策を打とうが、大した問題ではないのか」
「それはそうでしょう。景気対策が順調に行なわれて、名目成長率が上がれば、政府債務のGDP比は勝手に小さくなっていくもの。それよりも、とくに財政危機でも何でもないのに、景気対策を打たずに内需拡大の機会を逃すほうが危ないと思うよ。さっきも父さんがいったとおり、円高で輸出企業が厳しくなっているのは、紛れもない事実なんだから」
息子が一瞬、皮肉とも受け取れる笑みをこぼした気がするが、気のせいだろうか。
「まあ、輸出企業が厳しいのは、円高よりも世界的な需要の縮小のほうが原因としては大きいと思うけど、だからこそ、世界中の政府が財政支出をして景気を下支えしようとしている。そんなときに、日本だけが何もしないわけにはいかないよ。なにしろ円高という日本の内需に対する絶好の追い風が吹いているんだから。
だいたいサブプライム危機やリーマン・ショックで、主立った国はみんな借金頼みの不動産バブルや株式バブルが崩壊して、内需がボロボロになってるんだ。そんななかで、幸運なことに日本の内需はそれほど痛めつけられていないうえ、もともと規模が世界で2番目に大きいんだよ。内需を拡大させて、輸出よりもむしろ輸入を拡大して、世界経済復活のために貢献する。これこそが世界経済に対する日本の義務であり、いま、日本がやるべきことだと思うよ」
山本はもはや心の底から感嘆し、降参の意を込めて両手を軽く上げた。
「おまえの年齢で、経済についてそこまでしっかりとした考えをもっているとは。正直、父さんは感動した」
完膚なきまでの敗北だったが、なぜか山本はすがすがしい気分を味わっていた。息子は恥ずかしそうにいったん顔を伏せ、何も言わずに晴れやかな笑顔を見せた。
翌朝のこと。
いつものようにテレビのスイッチを入れた山本の目に、いきなり古林の脂顔が飛び込んできた。
「また、こいつか……」
山本は思わず声に出して悪態をついてしまった。
古林はまるで苦行僧のように顔を歪め、嫌そうな口ぶりでニュースを読み上げている。昨日のヒステリックな態度とは、まるで別人のようだ。
「……繰り返します。内閣府が本日発表した前四半期における日本のGDP、国内総生産は、輸出の大幅な落ち込みを個人消費の増加がカバーし、若干のプラス成長に終わりました。全般的に輸入価格が下落したことや、ガソリンが1リットル100円を切ったことなどが、消費を下支えした模様です……」
どう考えてもよいニュースだと思うのだが、古林の口調はいかにも悔しそうで、山本は思わず声に出して笑ってしまった。
リビングの大きな窓に目をやると、眩いばかりの陽光が差し込んできている。雨は上がったらしい。
そういえば、もうすぐ夏がやって来る。
それはそうだ。山本は心中で同意した。
「日本政府の債務のほとんどは、さっきいったとおり日本の民間から借りているんだよ。ということは、政府の債務はそのまま日本の民間の『債権』ということになる」
「マスコミは『国民1人当たりの借金』といって危機感を煽っているじゃないか」
「あれもひどいミスリード、というかインチキ・レトリックだよね。正しい言い方に改めるならば、『国民1人当たりの政府に対する債権』になるよ。だって、借りているのは政府であって、国民じゃないからね。国民はどちらかといえば、貸しているほうでしょう」
「……」
「だいたい国債を買っている人たちは、資産運用として国債を保有しているわけだから、償還するといわれても逆に困ると思うよ。国債が償還されても、みんな結局また国債を買う羽目になるに決まってる。日本国債以上の安全資産は、この世に存在しないから。だから、日本政府は国債の償還期日が来たら、同額の国債を発行して永遠にロールオーバー(借り換え)していけばいいだけ。日本国内に国債の買い手がいるかぎり、日本政府の債務規模は問題になるわけがない。しかも日本の家計の金融資産が1400兆円を超えている状況だから、日本政府が国債の買い手に困るなんて、ちょっと考えられないと思うよ」
世界経済への義務を果たそう
「うーむ……」
山本は思わず唸り声を上げた。国債を買っているのは誰だ? こんな基本的な疑問を、これまで考えたこともなかったのは、なぜだろうか。
「それにさっきもいったけれど、日本政府は通貨発行権をもっているんだよ。いざとなれば、日本政府は日銀に日本円を発行させて、国債を買い取らせることも可能なんだ。だから日本政府が財政破綻など、現実にはありえないよ。アメリカがいま、FRBにドルを増刷させて米国債を買い取らせているけど、あれと同じ事をすればいいだけだから」
何というべきか、山本は自分のこれまでの常識が根底から覆される感覚を覚え、呆然とした思いで言葉を搾り出した。
「それでは、政府の債務が800兆円を超えていようが、40兆円の景気対策を打とうが、大した問題ではないのか」
「それはそうでしょう。景気対策が順調に行なわれて、名目成長率が上がれば、政府債務のGDP比は勝手に小さくなっていくもの。それよりも、とくに財政危機でも何でもないのに、景気対策を打たずに内需拡大の機会を逃すほうが危ないと思うよ。さっきも父さんがいったとおり、円高で輸出企業が厳しくなっているのは、紛れもない事実なんだから」
息子が一瞬、皮肉とも受け取れる笑みをこぼした気がするが、気のせいだろうか。
「まあ、輸出企業が厳しいのは、円高よりも世界的な需要の縮小のほうが原因としては大きいと思うけど、だからこそ、世界中の政府が財政支出をして景気を下支えしようとしている。そんなときに、日本だけが何もしないわけにはいかないよ。なにしろ円高という日本の内需に対する絶好の追い風が吹いているんだから。
だいたいサブプライム危機やリーマン・ショックで、主立った国はみんな借金頼みの不動産バブルや株式バブルが崩壊して、内需がボロボロになってるんだ。そんななかで、幸運なことに日本の内需はそれほど痛めつけられていないうえ、もともと規模が世界で2番目に大きいんだよ。内需を拡大させて、輸出よりもむしろ輸入を拡大して、世界経済復活のために貢献する。これこそが世界経済に対する日本の義務であり、いま、日本がやるべきことだと思うよ」
山本はもはや心の底から感嘆し、降参の意を込めて両手を軽く上げた。
「おまえの年齢で、経済についてそこまでしっかりとした考えをもっているとは。正直、父さんは感動した」
完膚なきまでの敗北だったが、なぜか山本はすがすがしい気分を味わっていた。息子は恥ずかしそうにいったん顔を伏せ、何も言わずに晴れやかな笑顔を見せた。
翌朝のこと。
いつものようにテレビのスイッチを入れた山本の目に、いきなり古林の脂顔が飛び込んできた。
「また、こいつか……」
山本は思わず声に出して悪態をついてしまった。
古林はまるで苦行僧のように顔を歪め、嫌そうな口ぶりでニュースを読み上げている。昨日のヒステリックな態度とは、まるで別人のようだ。
「……繰り返します。内閣府が本日発表した前四半期における日本のGDP、国内総生産は、輸出の大幅な落ち込みを個人消費の増加がカバーし、若干のプラス成長に終わりました。全般的に輸入価格が下落したことや、ガソリンが1リットル100円を切ったことなどが、消費を下支えした模様です……」
どう考えてもよいニュースだと思うのだが、古林の口調はいかにも悔しそうで、山本は思わず声に出して笑ってしまった。
リビングの大きな窓に目をやると、眩いばかりの陽光が差し込んできている。雨は上がったらしい。
そういえば、もうすぐ夏がやって来る。
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