1ドル70円台の日本経済:三橋貴明(作家)(4)
政府の「債務」は民間の「債権」
「凄いな……」
さすがに敗北を認めざるをえず、山本は思わず口に出して呟いた。
「いったい、どこでそれだけの知識を身に付けたんだ。学校か。よくもまあ、それだけ具体的な数字がポンポン出てくるもんだ」
父親の賞賛の言葉に、和仁はやや照れくさそうな笑顔を見せた。
「大学で勉強したのもあるけど、やっぱりネットかな」
「ネット? まさか、インターネットのことか?」
思わず顔をしかめた山本に、またもや息子は寂しげな視線を送る。だから、その哀れみに満ちた顔はやめてくれ、と、山本は心の奥底で叫んだ。
「父さん。まさか、いまどき『インターネットは便所の落書き』なんて時代錯誤なこと言い出したりしないよね。ネットの世界では、不特定多数の見知らぬ人を相手にするわけだから、きちんとした情報ソースに基づいて話をしないと、まったく相手にされないよ。だいたい父さんだって、会社でインターネットは活用しているでしょう」
「……」
「ちなみにGDPや輸出依存度なんかのデータは、日本政府のホームページに掲載されているよ。たしかGDPが内閣府で、日本の輸出入が財務省。それに実効為替レートが日本銀行のホームページだったかな。データを載せてくれるのはいいけど統計によってバラバラの場所に置かれているのは何とかしてほしいよね」
(政府のホームページからデータをもってきているのか!)
山本はかなり驚愕し、思わず言葉に詰まった。何というか、時代も変わったものである。これまで自分は、統計情報を調査するときに政府の一次ソースをきちんと確認したことがあっただろうか。ちょっと記憶にない。
「しかし日本が外需依存国ではないことも、円高が内需拡大に有効なことも分かったが、それならば政府は内需拡大に的を絞った景気対策を打てばいいんじゃないのか? これほどまでに簡単な話なのに、なぜやらないんだ?」
「やっているじゃん。昨年の12月に40兆円規模の景気対策を打つって発表して、きちんと予算を通したから、すでにいろいろな対策が始まっているはずだよ。マスコミがあまり報道しないので、状況がよく分からないけど」
「40兆円!」
山本は息子の話の内容よりも、金額のほうに衝撃を受けた。
「財政破綻寸前の日本が、40兆円もの景気対策を打つのか! そんなことしたら、瞬く間に財政が崩壊するぞ!」
「あははははははっ!」
いきなり息子が腹を抱えて笑いだしたので、山本は危うく反射的に怒鳴り散らすところだった。何がそれほどおかしいのか、さっぱり分からない。というか、父親の威厳はどこに消え失せてしまったのだろうか。自分が何か、とても大切なものを失った気分だ。
「ざ、財政破綻って、日本政府が? よ、よくもまあ、それだけ滅茶苦茶な話を信じられるね。あははははっ」
「いったい何がそんなにおかしいんだ」
「だ、だって、父さん、マスコミに毒され過ぎだってば……。ああ、面白かった……はあ……」
ようやく息を継ぎ、息子は涙目の笑顔を見せたものだ。
「あのね、父さん。日本が財政破綻するとか、あれ、嘘だから」
「嘘……?」
「そりゃ、嘘でしょう。日本政府の債務はたしかに巨額だけど、95%以上が国内向けの国債、分かりやすくいうと日本国内の民間からの借り入れなんだよ。つまり円建ての債務ということになるよね。円という通貨を発行できる政府が、円建て債務のせいで財政破綻するわけがないでしょう」
「しかし、夕張市は財政破綻したぞ。ほかにも危ないといわれている自治体はいっぱいある」
「当たり前だよ。夕張市は紙幣発行権があるわけじゃないんだから。夕張市が日本円を刷ったら、普通に犯罪でしょう」
いわれてみると、たしかにそうだ。夕張市と日本政府を一緒にすることには無理がある。
「財務省が掲載している日本政府のバランスシートを見ると一発で分かるけど、日本政府の債務、つまり負債は840兆円もあるけど、同時に資産もでかいんだよ。なにしろ政府の金融資産だけで550兆円近くもあるんだから。これだけ巨額の資産をもっている政府は、世界中にどこにもないよ。債務額から金融資産を差し引いた純債務額で見れば、日本の政府の債務はGDPよりも少なくなり、普通の先進国並みになるよ」
山本は言葉を失った。そういえば、借金の額にばかり目が行って、政府は資産ももっているということに考えが及んだことは1度もなかった。
さすがに敗北を認めざるをえず、山本は思わず口に出して呟いた。
「いったい、どこでそれだけの知識を身に付けたんだ。学校か。よくもまあ、それだけ具体的な数字がポンポン出てくるもんだ」
父親の賞賛の言葉に、和仁はやや照れくさそうな笑顔を見せた。
「大学で勉強したのもあるけど、やっぱりネットかな」
「ネット? まさか、インターネットのことか?」
思わず顔をしかめた山本に、またもや息子は寂しげな視線を送る。だから、その哀れみに満ちた顔はやめてくれ、と、山本は心の奥底で叫んだ。
「父さん。まさか、いまどき『インターネットは便所の落書き』なんて時代錯誤なこと言い出したりしないよね。ネットの世界では、不特定多数の見知らぬ人を相手にするわけだから、きちんとした情報ソースに基づいて話をしないと、まったく相手にされないよ。だいたい父さんだって、会社でインターネットは活用しているでしょう」
「……」
「ちなみにGDPや輸出依存度なんかのデータは、日本政府のホームページに掲載されているよ。たしかGDPが内閣府で、日本の輸出入が財務省。それに実効為替レートが日本銀行のホームページだったかな。データを載せてくれるのはいいけど統計によってバラバラの場所に置かれているのは何とかしてほしいよね」
(政府のホームページからデータをもってきているのか!)
山本はかなり驚愕し、思わず言葉に詰まった。何というか、時代も変わったものである。これまで自分は、統計情報を調査するときに政府の一次ソースをきちんと確認したことがあっただろうか。ちょっと記憶にない。
「しかし日本が外需依存国ではないことも、円高が内需拡大に有効なことも分かったが、それならば政府は内需拡大に的を絞った景気対策を打てばいいんじゃないのか? これほどまでに簡単な話なのに、なぜやらないんだ?」
「やっているじゃん。昨年の12月に40兆円規模の景気対策を打つって発表して、きちんと予算を通したから、すでにいろいろな対策が始まっているはずだよ。マスコミがあまり報道しないので、状況がよく分からないけど」
「40兆円!」
山本は息子の話の内容よりも、金額のほうに衝撃を受けた。
「財政破綻寸前の日本が、40兆円もの景気対策を打つのか! そんなことしたら、瞬く間に財政が崩壊するぞ!」
「あははははははっ!」
いきなり息子が腹を抱えて笑いだしたので、山本は危うく反射的に怒鳴り散らすところだった。何がそれほどおかしいのか、さっぱり分からない。というか、父親の威厳はどこに消え失せてしまったのだろうか。自分が何か、とても大切なものを失った気分だ。
「ざ、財政破綻って、日本政府が? よ、よくもまあ、それだけ滅茶苦茶な話を信じられるね。あははははっ」
「いったい何がそんなにおかしいんだ」
「だ、だって、父さん、マスコミに毒され過ぎだってば……。ああ、面白かった……はあ……」
ようやく息を継ぎ、息子は涙目の笑顔を見せたものだ。
「あのね、父さん。日本が財政破綻するとか、あれ、嘘だから」
「嘘……?」
「そりゃ、嘘でしょう。日本政府の債務はたしかに巨額だけど、95%以上が国内向けの国債、分かりやすくいうと日本国内の民間からの借り入れなんだよ。つまり円建ての債務ということになるよね。円という通貨を発行できる政府が、円建て債務のせいで財政破綻するわけがないでしょう」
「しかし、夕張市は財政破綻したぞ。ほかにも危ないといわれている自治体はいっぱいある」
「当たり前だよ。夕張市は紙幣発行権があるわけじゃないんだから。夕張市が日本円を刷ったら、普通に犯罪でしょう」
いわれてみると、たしかにそうだ。夕張市と日本政府を一緒にすることには無理がある。
「財務省が掲載している日本政府のバランスシートを見ると一発で分かるけど、日本政府の債務、つまり負債は840兆円もあるけど、同時に資産もでかいんだよ。なにしろ政府の金融資産だけで550兆円近くもあるんだから。これだけ巨額の資産をもっている政府は、世界中にどこにもないよ。債務額から金融資産を差し引いた純債務額で見れば、日本の政府の債務はGDPよりも少なくなり、普通の先進国並みになるよ」
山本は言葉を失った。そういえば、借金の額にばかり目が行って、政府は資産ももっているということに考えが及んだことは1度もなかった。
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月刊誌『Voice』は、昭和52年12月の創刊以来、激しく揺れ動く現代社会のさまざまな問題を幅広くとりあげ、つねに新鮮な視点と確かなビジョンを提起する総合誌です。
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