松本清張記念館で開催中の企画展「一九〇九年生まれの作家たち」=北九州市
清張は1909(明治42)年生まれ。同じ年に生まれ、今年生誕100年の作家には埴谷雄高、太宰治、中島敦、大岡昇平がいる。同じ時代を生きた5人の作家に着目し、松本清張記念館(北九州市)では、特別企画展「一九〇九年生まれの作家たち」を開催している(8月31日まで)。
境遇も作風もまったく違う5人の足跡を比較した意図について、藤井康栄・館長は「彼らの少年期は大正デモクラシー真っ盛りで、ロシア革命があり、米騒動があった。そういう時代に小学校に入ったクリクリ頭の5人が、あちこちの小学校の机の前に座っていると想像するだけでも楽しいと思った」という。
企画展の中心は5人の年譜。生まれた年こそ同じだが、作家になった時期も活動時期、没年も違う。しかし、担当学芸員のやなぎ原(※やなぎは木へんに「夕」「卩」)暁子さんは「かつて誰も並べてみたことのない5人の年譜をたどることで、たとえば、芥川龍之介の自殺のときに5人はどうしていたかと比較することができる。接点や共通点を予定調和的にまとめるのではなく、それぞれの資質をみつめてみたときに浮かび上がるものを重点にした」と説明する。
芥川の自殺した昭和2年、5人は18歳。太宰は「激しい衝撃を受け、動揺に心を乱し」、埴谷は「自身のニヒリズムを純粋化したような一種の衝撃を受けた」。清張は「間借りをしていた家の奥さんからみせてもらった新聞で知った」という。太宰は、その後創設された芥川賞を懇願する手紙を川端康成に書いたが果たせず、清張は太宰の死から4年半後、『或(あ)る「小倉日記」伝』で受賞する。さらに、「昭和史発掘」で「芥川龍之介の死」の謎に迫った。
同じ時代の空気を吸って歩んできても五人五様。藤井さんは「その差異がどこからきているのかを比較しながら考えてみるだけでも興味が尽きない」と話している。