「引きこもりがまた増えるんじゃないかな」。大みそかから連載した企画「孤独の岸辺」のため、引きこもりの若者たちを取材していた昨年末、何度もこの言葉を聞いた。ちょうど「派遣切り」のニュースが大きくなり始めたころだ。取材を通じ、人を物のように切り捨てるこの国の有りようと引きこもりの問題は、無関係ではないと感じた。
引きこもりは民間推計で100万人規模。最近は長期化や高年齢化が問題になっている。神経症や精神疾患を伴うこともあり、将来を悲観した自殺や心中も後を絶たない。72年生まれの私は、引きこもりの長期化に苦しむ同世代が多いことにショックを受け、同世代に絞って取材を進めた。
企画では、社会との接点を持とうと苦悩する男性や、引きこもりの長男を支える父親の思いを描いた。読者の反響は大きかった。ある母親は「33歳の長男は同じ屋根の下で全く会話がなく、夜半に食べるものがないと暴れています。夫も病気で、少しの蓄えがなくなれば……」と悲痛な声をファクスで寄せた。父の年金に生計を頼る東京都内の女性(35)は「父が死んだらどうすればよいのでしょう」とはがきに記した。
原因はそれぞれだ。家庭内不和やコンプレックス、就職の失敗や職場での挫折がきっかけになった人もいた。小中学校でいじめに耐え、高校に進学したものの精根尽き果てて、または大学になじめず中退し、引きこもった人も多かった。東京都の昨年度の実態調査によれば、引きこもりの人々はそうでない人々と比べ▽自己愛が低い▽自己決定に不安がある▽対人スキル(コミュニケーション能力など)が苦手▽罪悪感がある--などの傾向が強い。
いったん引きこもるとなかなか社会に戻れないという構図は共通している。大学を休学した後に中退し、一時家から出られなくなった千葉県の男性(36)は「レールを外れた時点で僕の人生は終わったと思った」と打ち明けた。埼玉県の男性(36)は「35歳を境に就職も結婚もあきらめた」と言った。あまりにも早い見切りに思えるが、この男性には社会の壁が、それほど高く見えるということだ。
厚生労働省は新年度、全国にひきこもり地域支援センター(仮称)を設置する。本人が外に出られない場合、第三者が家へ出向いて状態を把握する必要があるが、民間の訪問カウンセリングは割高で、経済的余裕のない家庭には利用しにくかった。支援センターの新事業では家庭訪問なども検討されており、関係者の期待は高まっている。
だが、難しいのは、一歩外に出られるようになってからだ。自由に過ごせる「フリースペース」なども各地に作られているが、やっとの思いで参加しても、居心地の悪さを感じたりして足が遠のく人もいる。ニート支援策として、3カ月の合宿で就労意欲を身につける厚労省の「若者自立塾」は全国に約30カ所あるが、利用者は定員の4割に満たず、徐々に規模を縮小。同じく就労支援施設の「若者サポートステーション」は就労・進学率が25%程度にとどまる。ある担当者は「成功率は、引きこもり期間が長く高年齢なほど低くなる」と打ち明ける。
1月、京都に誕生したばかりの引きこもりの支援グループ「京都ARU」を訪ねた。引きこもり経験のある梅林秀行・代表理事(35)を中心に、地元企業と連携し、フリースペースに来られるようになった人々を短時間就労からフルタイム就労へとつなげている。
事業所の一部をARUに間貸しする板金加工製品製造業「タナカテック」は、引きこもり経験がある20~30代の2人を正社員で、1人をアルバイトで雇っている。「忍耐強く長い目で見守っていれば、必ず能力を発揮してくれると分かってきた。国際競争力を付けようと躍起の大企業には、無理ですよ」と田中稔社長は言う。地元経営者らの温かいまなざしを見ていると、地域のつながりの大切さを感じる。同様の取り組みは各地にあり、さらに広がってほしいと思う。
だが、釈然としない。数年前、千葉県内で精神・知的障害者の就労を取材し、障害者を数多く受け入れている地元中小企業がいくつも倒産している実態に直面した。大手企業が派遣労働者を増やし空前の利益を上げる間も、こうした企業は「人を育てよう」と頑張ってきた。それがこの不況下で、深刻な苦境に追い込まれている。善意に頼るだけでは限界がある。
引きこもりは若者を鍛えるだけでは解決しない。雇用制度や企業のあり方を見つめ直し、若者へのセーフティーネットを充実させることが、結果的に「安心して出てこられる社会」を作ることにつながるはずだ。(東京社会部)
毎日新聞 2009年2月20日 0時33分