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社説:受精卵取り違え 生殖医療の監視体制が必要だ

 不妊治療を受けている人たちの「悪夢」と言ってもいいだろう。高松市の香川県立中央病院で起きた「体外受精卵の取り違え疑惑」は衝撃的だ。

 一方の夫婦は、自分たちの子どもを妊娠したと思っていたら、他の夫婦の受精卵らしいと知らされた。もう一方の夫婦は、自分たちの子どもに育つ可能性が高かった受精卵が妊娠中絶に至ったと後になって告げられた。ミスの可能性がわかってから、当事者に知らされるまでの時間もかかりすぎている。

 なぜこんなことが起きたのか。よく検証し、早急に防止策をとらなければ、不妊治療を受けている人は安心できない。

 ミスの直接の原因は、担当医が同じ作業台に2組の夫婦の受精卵を置いていたことだと考えられる。本来なら、一度に1組の夫婦の受精卵を扱うべきだ。さらにミスがないよう複数の人がダブルチェックすべきだが、担当医が1人で作業していた。病院には取り違えを防ぐマニュアルもなかったという。

 体制の不備と単純ミスが重なった事故だが、こうした取り違えのリスクは、この病院に限った話とは言い切れない。

 福岡市のクリニックが実施した調査によると、不妊治療施設の半数が受精卵や精子の取り違えなどを身近に感じたことがあった。にもかかわらず4分の3に取り違え防止マニュアルがなかった。これでは、他の施設でも間違いがあったのではないかと心配になる。

 各施設は今回の事故を機に、取り違え防止策を再度チェックすべきだ。その際には、体外受精だけでなく、人工授精での取り違えなど、他の事故も念頭におく必要がある。日本産科婦人科学会も、具体的な防止策を整備し、全国の施設に徹底させるべきだ。

 体外受精の歴史は30年を超え、日本では新生児の56人に1人がこの技術で生まれるまでになった。代理出産や卵子提供、胚(はい)提供といった多様な生殖補助医療にも発展している。受精卵の段階で病気を調べる着床前診断も可能にした。

 今回は他者の受精卵を着床させたミスだが、代理出産や胚提供はもともと他の夫婦の受精卵を着床させる技術であり、親子関係が複雑になる。通常の体外受精にも、子宮に戻す受精卵の個数を制限し多胎を防ぐといった課題がある。着床前診断には受精卵の選別という倫理問題がつきまとう。

 さまざまな課題があるにもかかわらず、日本には生殖補助医療を規制する法律がなく、国の監視システムもない。産婦人科医の自主規制に任されているのが実情だ。

 生殖補助医療は新たな人間を生み出す技術である。今回のようなミスを防ぐことはもちろん、思わぬミスがあった時の対応も含め、国レベルの規制や監視体制が必要だ。

毎日新聞 2009年2月21日 0時01分

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