◎臨床研修制度見直し 大学の派遣機能さらに充実を
医師臨床研修制度の見直しで、厚生労働、文部科学両省の検討会がまとめた提言には、
大学病院などの研修医の定員枠を優遇し、新人医師を確保しやすくする案が新たに盛り込まれた。
提言は地域の病院への医師派遣機能を担ってきた大学の役割を重視した点で一定の評価
はできるものの、研修先を自由に選べる「マッチング」制度は残り、抜本的な見直しとは言い難い。深刻な地方の医師不足がどこまで改善されるのか不透明さは残ったままだ。
大学病院の人材確保を重視する方向性については、かつての医局制度の弊害を懸念する
声も出ているが、石川、富山県をみても、研修医流出の危機感を背景に、大学と県、各病院が臨床研修などで連携し、地域全体で医師を育てようとする機運が高まってきた。
大学医局だけが医師供給を担う時代は過ぎ去り、関係機関が幅広く協力し、大学を軸に
した新たな医師配置システムを地域ごとに構築する時期にきている。大学病院の定員枠をただ増やすだけでなく、人材を確実に定着させる仕組みづくりも必要ではないか。
二年間の臨床研修を義務化する新たな制度は二〇〇四年度から始まった。医師と病院双
方の希望による「マッチング」で研修先を自由に選べるようにしたが、大都市圏の有名病院などを選ぶケースが増え、研修医を確保しにくくなった大学病院が自治体病院などに派遣していた医師を引き揚げ、医師不足に拍車をかける結果となった。
提言ではプログラムの弾力化など研修内容を改めるとともに、都道府県別に定員上限を
設け、研修病院の定員も見直し、大学病院には募集枠を優遇する案が出された。定員の加減によって偏在や不足を是正する狙いだが、医師を地域に定着させるにはこれだけでは不十分である。大学を中心とした地域の医師養成システムの中に臨床研修を組み込むくらいの思い切った発想があってもよいだろう。
むろん大学側には研修医に支持される魅力がいる。これまで不人気な理由として雑用の
多さ、待遇の悪さなどが指摘されていた。そうした声を謙虚に受け止め、人材養成の機能を充実させてほしい。
◎北方領土交渉 意欲もよいが慎重に
麻生太郎首相とロシアのメドべージェフ大統領はサハリン州での首脳会談で、北方領土
問題の解決に強い意欲を示した。大きな鍵を握るプーチン首相の五月来日も決まり、北方領土交渉に前進の兆しが見え始めたのは歓迎すべきである。
世界的な金融・経済危機と原油価格の急落でロシア経済も苦境にある今は、資金・技術
協力をテコに北方領土問題を打開する好機ということもできる。麻生首相としては、浮揚力を失った政権の活路を外交に求めたいところであろうが、領土交渉は積極性と同時に慎重さも求めておきたい。
今回の日ロ首脳会談では、北方領土問題を「われわれの世代で解決するため、型にはま
らない独創的な新たなアプローチで交渉作業を加速する」ことで一致した。原則論にこだわらず、柔軟に交渉を進めるという両首脳の強い決意を表している。しかし「型にはまらない独創的なアプローチ」や、麻生首相のいう「政治決断」が一体どういうものなのかまだ分からず、首相があまりに前のめりになると、ロシア側の交渉ペースにはまる危うさも否めない。
麻生首相は外相時代、北方四島を面積で二等分する案や、国後・歯舞・色丹の三島返還
論に言及したことがある。二等分論は、ロシアと中国が以前、係争地面積を等分して懸案の領土紛争を解決した例を参考にしているといわれる。四島返還の政府主張や、いわゆる二島先行返還論とまったく違う発想で突破口を開こうというものである。政治決断を強調する麻生首相の脳裏には、今もこうした案があるのだろうか。
北方領土問題を次世代に先送りしないという日ロ首脳の意欲はよい。といって政権基盤
が弱体化した麻生内閣も、シロビキと呼ばれる強硬派の影響力が強いメドべージェフ政権も領土で安易な妥協を許されない状況にある。ロシア政府は東シベリア開発や産業のハイテク化のため日本重視に傾いているといわれるが、いま領土交渉加速を主張するメドべージェフ、プーチン両首脳の腹の内をつかむことがまず肝要であろう。