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「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」。ロシアのメドベージェフ大統領から、北方領土問題の解決をめぐって新しい表現が飛び出した。
ロシア極東のサハリンを訪れた麻生首相との会談でのことだ。何を意味するのか、具体的なものは示してはいないようだ。このところ膠着(こうちゃく)状態が続く領土交渉を前進させたい。その意欲を伝えたかったのだろう。
首相はともに作業を進めていこうと応じ、首脳レベルの対話を続けることで合意した。5月にはプーチン首相が訪日することも決まった。
ロシア側からどんな提案が出てくるか、今後の接触を通じて慎重に吟味しなければならないが、新大統領の意欲は大事にして両国関係全体の発展につなげていきたい。
首相は会談後「向こうは2島、こっちが4島では進展しない。政治家で決断する以外に方法はない」と記者団に語った。大統領の意欲に応えたつもりかもしれないが、日本の基本的な主張を変更するようにも受け取られかねない。乱暴な物言いはかえって領土問題をこじれさせる。外交の発言にはもっと注意してもらいたい。
残念だったのは、ロシア側が出入国カードの提出を要求したため、北方領土へのビザなし交流が中止された問題を打開できなかったことだ。両首脳は早急に解決を目指すと合意したが、長引けば日本国民の対ロ不信はさらに深まろう。ロシアはこの問題の重要性をよく認識する必要がある。
会談は、日本の商社も参画している石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の稼働式典に合わせて行われた。3月に液化天然ガスの輸出が始まると、日本の必要量の7%をまかなう。
エネルギー面での日ロ協力は双方の利益にかなう。シベリアや極東での資源開発など潜在的な可能性は大きい。世界同時不況で資金的な難しさはあるが、長期的な視野で発展させ、関係深化につなげてもらいたい。
米国や欧州ばかりに目を向けがちだったロシアは最近、アジア太平洋への関心を深めている。シベリアや極東の開発にも熱心だ。米欧とのきしみ、中国の台頭などの事情も背景にある。日本の経済力や技術に改めて着目し、関係強化に乗りだそうとしている。
この好機を生かしたい。領土問題に展望を開くためだけではない。経済危機の深刻化や、国際協調を掲げる米オバマ政権の登場で、世界は大きく変わろうとしている。国際経済の立て直しをはじめ、北朝鮮の核といったアジアの安全保障などもにらめば、ロシアとの連携の可能性を広げておく意味は極めて大きいのだ。
ロシアとの外交、特に領土交渉には強い政権基盤が必要だ。いまの麻生政権にはそれを望むべくもないのだが。
ポル・ポト政権下のカンボジアでなぜ、約170万人といわれる人々の生命が奪われたのか。誰が同じ国民の虐殺を命じ、実行したのか。
世界史に残る悲劇の真相を究明し、人道犯罪の責任を追及するカンボジア特別法廷が開廷した。
首都プノンペンにあった収容所の所長が人道に対する罪などでまず起訴された。イエン・サリ元副首相ら4人の元政権幹部も近く起訴される予定だ。
1975年から4年弱の間、ポト政権は極端な共産化を進め、都市住民を地方に強制移住させた。知識人を処刑し、強制労働や拷問も行った。
30余年もの歳月が過ぎたとはいえ、多くの人が肉親や友人を失った心の傷をいまも抱えている。
地域紛争や内戦中に起きた人道犯罪を許さず、指導者の罪を問う。そうした国際社会の取り組みは90年代以降、旧ユーゴスラビアやルワンダなどでの国際法廷を通じて広がった。
カンボジア特別法廷はそうした流れを受けて、3年前から活動を始めた。アジアの一角でも国際人道法による正義の実現をめざす法廷が動き出したことの意義は大きい。
とはいえ、被告には80歳前後の高齢者が多い。審理は時間との戦いにならざるをえないだろう。虐殺の場にいた軍人や村人の多くは、かかわりを否認しているという。
そんな壁を乗り越えるために活用したいのが被害者の法廷参加制度だ。旧ユーゴやルワンダの国際法廷にはなく、今回、初めて導入された。
被害者への金銭補償は認められていない。にもかかわらず、すでに約3千人が参加を申し出た。現地ではNGOの手による聞き取りが始まっているという。被害者はどんな体験を語るのだろうか。
ただ、この取り組みが国民の間に憎しみや報復の感情を呼び覚まさせてしまっては元も子もない。体験を共有し、原因を明らかにすることで悲劇を乗り越える。特別法廷をそうした国民和解を促す場にしなくてはならない。
気になるのは、フン・セン政権の姿勢だ。内政干渉を嫌う政権は、国連の反対を押し切って特別法廷をカンボジアの国内法廷とした。外国人の裁判官や検察官はあくまで助っ人だ。
真実追究への法廷の姿勢が甘くなってはならない。公平で水準の高い司法の姿を示すことで、とかく腐敗の温床との批判を浴びがちな今のカンボジア司法の是正にもつなげたい。
日本政府は、内戦終結後のカンボジア和平実現に深くかかわってきた。特別法廷の費用も約半分を負担している。だが被害者参加への支援などは不十分だし、人的な貢献も野口元郎判事の派遣に限られている。十分な支援を続けていきたい。