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著者と書店と読者のコミュニティを作りたい
デジタオとみつわ印刷のコラボレーション

株式会社デジタオ
みつわ印刷株式会社

「Weblog」(略して「blog(ブログ)」)が海外のニュースサイトを賑わすようになって久しい。だれでも手軽に個人サイトを持てるため、だれもがジャーナリストになれる「ミニメディア」の登場として注目されている。2001年9月11日の同時多発テロの後にはテロ・戦争関連の「war blog」と呼ばれるblogが登場したが、blogで取り上げられるテーマは日常的なものからビジネスまでさまざまである。
一方、日本では「Web日記」と呼ばれるサイトが多く存在しているが、日記コミュニティサイト「chibikki(ちびっき)※」上の日記をオンデマンド印刷して本に仕上げるというシステムにより、みつわ印刷がオンデマンドアワード2002(イノベーティブ技術部門賞)に輝いたのは記憶に新しい。

日記を通じたコミュニケーション


 井口氏(左)と渡利氏
「chibikki」を開発したのは株式会社デジタオ。「インターネットの時代に入り、一番パワーがあるコンテンツはコミュニティ。とくに、日本でこれから広がるのは日記だと思った」と代表取締役の井口尊仁氏。一つひとつは小さくても、それらを束ねるとメディアとしてのパワーがあるということに目を付け、1999年12月デジタオを設立、「chibikki」を開設した。

「chibikki」のネーミングは、ちび日記(小さい日記)がたくさんあるというところに由来している。予想通り、「何千人という作家達が、日々、放っておいても、エキサイトして好きなことを書きつづけているので、コンテンツがどんどんたまっていく」と井口氏。 今、何故、日記サイトがこれだけ活性化しているのだろうか。古事記、蜻蛉日記、土佐日記、更級日記、徒然草、枕草子…と、日本の日記文学を数え上げればきりがない。「日本人はもともと日記民族なんですよ」と井口氏は笑う。
アメリカのブログは、数が多く勢いもあるが、日本の日記コミュニティは、質的にも量的にも負けていない。
「アニメ、マンガが日本発の文化としてもてはやされるように、Web日記文化も日本発のカルチャーとして、アメリカにも引けをとっていないですよ」

「chibikki」は、簡単で使いやすい日記ツールを利用し、ユーザーが日記やデジタル写真を公開できるようにした「日記コミュニティ」。読者がコメントを加えたり、サイト上で日記作家と対話することもできる双方向型のサービスである。
chibikkiのエンジンを使い、女性向け日記コミュニティ「singletons diary」、ファミリーユースのデジカメ日記「@えにっき」も運営している。singletons diaryは非常にアクセスがよく、一般の出版社から商業書籍としても刊行され、話題を呼んだ。

「chibikki」のサイトを開くと、薄いピンク系統で統一されていて、あたたかみがあり、優しいイメージを受ける。やはり、日記のアクティブユーザーは20代、30代の女性だという。もちろんテーマによっては、老若男女、さまざまな人が集まってくる。
ゲストユーザーとして日記を閲覧するだけの参加方法もあるが、登録をしてコミュニケーションに積極的に加わっていく方がずっと楽しい。さらには、自分自身が日記を綴っていくことで「日記作家」への一歩を踏み出すと、他の登録者からのコメントをもらうこともでき、新しいコミュニケーションが生まれる。

自分の日記スペースを持つと、その日のタイトル、天気を入力し、あとは自由な形式で日記を書くというシンプルなシステムだ。天気を書くところなどは、子供のころの絵日記を思い出す。右上にはその月のカレンダーが表示され、クリックした日にちの日記にリンクするしくみになっている。また、どんな人たちが自分の日記を読みに来てくれたのかが、顔アイコンや棒グラフ(人数)でグラフィカルにリアルタイムに表示され、顔アイコンは訪問ユーザーのプロフィール画面へとリンクする。
そのほかにも、登録されている日記作家の居住地や性別、趣味などから、気の合う友達を検索する機能があり、お気に入りの日記をブックマークすることもできる。アクセスランキング上位の人気日記作家がお薦めする「お薦め日記」、更新したての日記が一目でわかる「書きたて日記」など機能満載だ。

日記を本に…「book it?」


  chibikkiから誕生した日記本
日記作家として日記を書きつづけていくと、次のステップとして、「書いたものを本として手元にとっておきたい」という欲求がわいてくる。そのような声が聞こえ始めた時期と、技術的にオンデマンドが成熟化してきれいな本が安価に作れるようになったのが同時期だったということがあり、井口氏は、日記コミュニティ上の個人出版流通を世界で初めて実現させることに踏みきった。

オンデマンド出版にあたり、みつわ印刷とパートナーになったのは正解だった。みつわ印刷には、印刷から発送まで一貫した体制があり、オンデマンド出版には打ってつけだった。
みつわ印刷の常務取締役・渡利孝由氏は富士ゼロックス関連組織のDSF(Document Service Forum)の「大活字本オンデマンド出版チーム」で、弱視の人を対象にした22ポイントから28ポイントの大活字の教科書を作成したり、また、昨年、今年と「視覚障碍(しょうがい)者支援読書協会」(BBA)と協力し、弱視者が読書を楽しめるようにと、大活字の書籍をXEROX DocuTechで印刷・製本した。合計100タイトルは、筑波大学附属盲学校と名古屋盲人情報文化センターに寄贈された。渡利氏は「世の中のためになることができてよかった。大活字本に関しては、もう少し拡大していきたいと思っている」と、オンデマンド市場を拡大していく方向性を示す。


  オンデマンドの大活字本
オンデマンド出版のしくみについては、ユーザーが「chibikki」のサイトから出版を注文すると、出版に必要なデータファイルが自動作成・暗号化され、Sftpサーバに送られる。Sftpサーバでは、日記データをSGMLにより出版用のフォーマットに変換し、みつわ印刷の工場にデータ入稿する。日記は1冊1280円で、1冊からの購入が可能である。作った日記本を「WEB書店book it?」で販売したり購入したりすることもできるような流通の場の提供もしている。
「実は、そこが重要なんです。日記という膨大なコンテンツが日々生まれ、そこから生まれた本も、日記というメディアを通じて第三者が買うことができる。それによって、書いた本人だけでなく、そのコンテンツに興味を持っている人々が参入して、経済行為にのっかれる。読者がパブリッシャーに切り替わり、場合によっては、エディターも出てくる。取次、書店のようなディストリビューター、さらにプロモートする人なども出てくるかもしれない。そうやって、このしくみが広がっていくと、もっともっと面白いビジネスが出てくる可能性があるのではないだろうか」。井口氏の構想はどこまでも広がっていく。

2003年4月、「デジタオ・ブックレット」という出版事業をスタートした。「書く力、売る力があるプロにも、この仕組みを使ってもらえれば、簡単に経済につなげていくインフラを提供することができるのでは…」という思いから始めた事業である。
まずは、松岡正剛氏の本を新書形式で毎月3冊出版している。オンラインでは1冊売り、書店(全国20店舗)ではセット売りという形で販売している。東京・八重洲ブックセンターでは、「芸術・人文分野」でランキングされている勢いだ。在庫がなくなるたびにオンデマンド印刷している。

「オンデマンド新書は、通常よりは割高になるが、この仕組みがなければ世の中に出なかった本もあるので、その価値をわかってもらえれば…。このインフラにのせて出版すれば、在庫を抱えることもないし、絶版のリスクもないし、著者から読者に直接届けられるので、余分な広告費や宣伝費もかからないというメリットがある」とアピールする。

著者のコミュニティを作りたい

「オンデマンドのツールをうまく利用し、お客さんとの接点をきちんと見て、必要な部数を発行しなければならない。そうでないと、小規模の閉じた出版ネットワークだけに終わってしまう。必要としているお客さんにいかにきちんと届けられるかが大切」と井口氏。
「今後は、著者と書店と読者のコミュニティをどうネットワーク化するかが課題。日記という媒体があり、日記作家がいて、読者がいる…そういうコミュニティから、新しい出版ネットワークをどう作っていくか。コンテンツを届けられる関係を見つけ、そのネットワークをいかに出版の経済にのせるかが大切」

著者を獲得し、少量多品種の書籍のパッケージをどんどん企画していく場合、「chibikki」サイトにとどまらず、著者コミュニティを開拓していきたい。例えば、著者が主催するスクールを開設し、テキスト、副読本などを流通にのせる…ということも井口氏は考えている。教育事業をしている出版社や採用活動をしているところ、著者、クリエーターなどに、コミュニティや本をどう関連付けていくかアイデアを練っている。
そのコミュニティから「本を出したい、流通させたい」というニーズが出てくることによって、本の経済をさらに広げられるのではないだろうかと考えている。

本は、買う側がお金を払い、版元がリスクをもつという旧来の構造から脱皮しようとしている。本を出したい側がリスクを負い、今までの流通チャネルを使わないで「産地直送」的出版をする。それができるのは、オンラインのコミュニティ、オンデマンドの仕組みがあるからに他ならない。
「結局は『人ありき』です。人が何に興味をもって、どこに集まって、何を書くかが重要。技術的には、電子出版からオンデマンド、オフセットまで全てつながているので、あとは、最適化してつなげていくだけですね」(井口氏)。今は、新しいコミュニティから新しい作家が誕生し、新しい形の本の流通が生まれようとしている過渡期にあるのではないだろうか。

※「chibikki」は、現在、株式会社ビブロポートにより運営されている。

★後日談・・・
デジタオが、(株)はてなの「はてなダイアリーブック」と日記でつづるコミュニティサイト「きゅるる」でオンデマンド出版サービス「book it!」をスタートしたとのニュースが届きました。井口氏が語っていたように、さまざまなコミュニティから次々と日記が生まれ、作家が誕生しそうだ…。

(文・写真 岡 千奈美/2003年11月)

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