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潮流:サハリン訪問の軽挙=ロンドン・町田幸彦

 なぜ日本外務省と政府・自民党は止めないのか。麻生太郎首相のサハリン訪問のことだ。もっと外交の工夫があってもいい。

 ロシア極東サハリンで18日、日本企業も加わる石油・ガス開発事業「サハリン2」の天然ガス液化施設稼働の記念式典がある。首相は先月24日、メドベージェフ露大統領から式典出席と首脳会談を提案され、あっさり承諾した。

 だが、その3日後の27日に、何が起きたか。北方領土の国後島に上陸しようとした日本のビザなし交流人道支援団にロシアが、出入国カード提出を求めたのだ。法的帰属問題に触れずに北方領土で日露交流を進めるという約束があったのに、無視したのである。

 本来ならば日本は不快感を示すべきだ。エネルギー問題の重要性はあるだろうが、「ものわかりのいい隣人」を演じすぎだ。それどころか領土交渉で微妙な場所であるサハリンに、首相の戦後初の訪問という重要な外交カードをいともたやすく差し出してしまった。歯舞、色丹、国後、択捉4島はロシアの行政区画上、サハリン州に属する。

 日本は1905年のポーツマス条約でサハリン(旧樺太)南半分の主権を獲得した。ソ連は第二次大戦中の45年8月8日、日ソ中立条約を破棄した後、サハリン南部と北方四島を軍事占領した。日本は大戦後の51年、サンフランシスコ平和条約でサハリン南部を権利放棄したが、ロシアが承継国であるソ連は同条約に調印しなかった。平和条約のない日露間に国境は画定していない。

 92年から続いた北方四島ビザなし交流は中断しかねない状況だ。よしんば麻生・メドベージェフ両首脳会談で問題解決の糸口が見つかったとしても、素直に喜べる話ではない。そもそも自分で外交的約束を破っておいて元通りにするだけだ。ロシアはここぞとばかりに日本の首脳のサハリン訪問を都合のいいように国内で喧伝(けんでん)するだろう。

 「リベラルな実務家」というメドベージェフ大統領の評価を、首相が額面通り信じているのなら、極めて危険だ。大統領にはロシアの威信がかかる北方領土問題でらつ腕を示す政治力はない。「領土問題を含む2国間のあらゆる問題を話し合う」という言い方はプーチン前大統領(現首相)時代からのレトリックだ。

 本当は駐露大使か外務次官などの式典参加で応じるのが妥当である。「柔軟な外交的対応」という見方もあろうが、ロシア人は深慮のない即断を実は軽蔑(けいべつ)する民族でもある。

毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊

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