<敬愛する ミッキーさま
12年前、私には美しい娘がいました。あなたに命を奪われた子です。あなたが罰せられることを夢見てきましたが今、あなたを許せることに自分自身、驚いています。
キャサリーンの母より>
米西部オレゴン州シルバートンに住むアバ・ゲイルさん(72)は92年4月、カリフォルニア州サンクエンティン刑務所のダグラス・ミッキー死刑囚(60)に手紙を書いた。数週間後、感謝するとの返信を受けたゲイルさんは同年8月、刑務所を訪ねる。
案内されたのは死刑囚ばかりの棟。「怪物」ばかりだと思っていたが、死刑囚は誰も物静かで礼儀正しかった。待つ間、緊張で心臓の鼓動が高まった。約45分後、目の前に現れたのは「ごく普通の男性」だった。
2人は3時間以上、語り合った。ミッキー死刑囚が16歳の時、母を自殺で亡くしたことも知る。「2人はキャサリーンについて話し、一緒に泣きました。私が娘を奪われた夜、ダグ(死刑囚)も未来を失ったのです」
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事件は80年9月に起きた。ゲイルさんの次女、キャサリーンさん(当時19歳)は、カリフォルニア州のアパートに音楽家(当時30歳)と同棲(どうせい)していた。薬物を巡るトラブルからミッキー死刑囚は知人の音楽家を刺殺、キャサリーンさんも殺害した。日本に逃走したが、81年に逮捕され83年9月、刑が確定した。
数年間、ゲイルさんは「泣いてばかりでバケツ何杯もの涙を流した」。その後、悲しみよりも、犯人を憎む気持ちが強まる。死刑執行に立ち会い、苦しむ姿を見ようと誓った。
しかし、事件から8年がたち、憎しみで終わる人生に疑問を持った。教会などを訪ね、怒りの感情が、平和や愛を求める気持ちに変わった。事件から12年、ゲイルさんは不思議な「心の声」を聞く。「許し、それを相手に伝えなさい」。その直後に手紙を書いた。
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ゲイルさんが犯人を許すまでにかかった時間は12年。一方、米東部ニュージャージー州で8年前、強盗の男に両親を殺害されたシャロン・ハザードジョンソンさん(52)は、07年暮れに州が死刑を廃止したため、犯人の死刑を墓前に伝える機会を失う。「私の心は壊れたままだ」
州議会で死刑の是非が議論されている間、死刑維持を主張し続けた。「犯人を許すことも、復讐(ふくしゅう)することもできず、正義に期待するしかなかった。両親は、正義に値する人だった」
死刑の維持や執行の停止が州によって異なる米国。死刑を望んでもかなえられないハザードジョンソンさんのような遺族は少なくないとみられる。それでも、ゲイルさんは言う。「死刑は遺族を増やすだけです」。ゲイルさんは今、死刑廃止を訴え全米を講演。ミッキー死刑囚を「友人」と呼び、定期的に慰問する。「キャサリーンの声が聞こえるんです。『ママは間違っていないわよ』って」【シルバートン(米西部オレゴン州)で小倉孝保】=つづく
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■ことば
米連邦最高裁が1972年、死刑を違憲と判断し各州が中止したが、76年の合憲判断で復活が相次いだ。現在、全米50州のうち死刑を規定しているのはカリフォルニアやテキサスなど36州。執行停止の州も多い。死刑復活から08年末までの執行は全米で計1136件。ほとんどが南部。執行は薬物注射で、家族や被害者遺族、ジャーナリストの立ち会いを認める州も少なくない。
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毎日新聞 2009年2月18日 東京朝刊