日本政府の閣僚としては前代未聞の愚かな中川前財務相の会見が、G7後のローマから世界に記事と映像で発信された。その時BBCのライブを見ていたが、コメンテーターは中川氏のことを「泥酔状態だ」と最初から断定的だった。信じられないようなシーンが世界に流れて辛かった。
その後何度も見たのだが、驚いたのは隣で補佐すべき財務官が心配そうだがそれほど驚愕(きょうがく)した顔をしていないことだ。普通ならあの異常な仕草と物言いを聞いたら、会見を身をもって中止させるだろう。「大丈夫ですか、体調が悪いなら財務相の部分は私が引き受けます」と言って退席させてもおかしくない。いやそれこそが陪席の危機管理であろう。リスク管理とは靴をぶつけられる時の防御行動だけではない。
これは推測だが、隣席の日銀総裁を含めて財務相の「酒癖」が普段の範囲で、それほど驚くべきことではなかったことを物語っている。残念ながらその証言はいくつもある。例えば最近の国会の財政演説で20数カ所の読み間違いだ。単純な見間違い、読み違いもここまで来ると国会軽視、国民軽視になる。問題はそれが「薬より深酒」によると財務省も国会議員も新聞記者もみんな知りながら甘く見逃してきた。ただここまで失態するとは考えなかったのだろうが、これは知っていた人の「全員責任」だといわれても仕方がない。
日本の報道はどうか。不思議なことに外国メディアがこの奇怪な行動をあからさまに報道しているのに、ほとんど伝えていない日本の大新聞もあったことだ。この新聞にまともなローマ特派員か随行記者がいれば、もちろん書いたであろう。いや送稿してこなければデスクとして催促するのが仕事だ。あってはならないことだが、実際に書いてきたのに本社デスクサイドが自主規制でボツにしたのだろうか。
だがこの新聞だけを責めるのではない。ほかの新聞の報道も本格的な腰が入っていたかといえば必ずしもそうでもない。その中で身びいきと言われるかもしれないが、この愚行を大新聞の社説で最初に厳しく質したのは毎日新聞だけだった。それを言っちゃお終いよ、と言うなかれ。PRするつもりは一つもない。この世界に45年生きていて大学で「新聞論」を講じている人間から見ると、この差は新聞ジャーナリズム度を測る格好の物差しになると思うからだ。
TVニュース報道の多くは新聞記者の血と汗を「ただ取りしている」と思うことが少なくない。1行のコメントを取るのに死に物狂いの努力をしている。TVの画面一杯に新聞記事を掲載してバラエテイ風にこれを伝える。なかには自分はほとんど新聞の情報に依存しながら「なぜ新聞はこういうことを書かないのか」などと喚いて視聴率をとろうとするキャスターもいる。新聞人からみれば昔の週刊誌商法にならったTV言論ビジネスの悪しきモデルだといいたいほどだ。
だが今回に限れば残念ながらTVジャーナリズムの完全勝利だろう。それが理屈ではなくあの「へろへろ大臣」の映像の繰り返しが世論と政治を動かしたのだ。世界の経済危機の課題を協議するG7という重要な会合後に日本の担当大臣が愚弄(ぐろう)されるような報道が世界に発信された。この不名誉な事件から我々新聞ジャーナリストも学ぶべきことは多かった。(次回は3月2日に掲載)
2009年2月18日