タレント弁護士から転身した橋下徹・大阪府知事が今月6日、就任1年を迎えた。依然として府民の支持率は高いが、実際、府政にかかわる現場の人たちは「橋下1年」をどう受け止めているのか。特に橋下知事が力を入れる教育現場の本音を知りたくて、府内の公立小・中学校と府立高校の校長を対象にアンケートを実施した。橋下知事に対する意見も聞いたが、強い批判や不満が目立った。
橋下知事は、全国学力テストの市町村別データの公表や、「夜スペ」で知られる東京都杉並区立和田中前校長の藤原和博氏の府教委特別顧問への起用など、教育への取り組みに熱心だ。一方で、「学校は府民のニーズに全く応えていない。学力だけがすべてではないとの考えが、はびこっている」と公言するなど現場には容赦なく、校長に広がる不満は予想できた。校長633人の回答を読んで、大阪の教育はまさにふんばりどころにあると感じる。その上で、これら校長の反発が、学校を活性化させるエネルギーにつながるのか。それとも意欲の停滞を横行させるのか、考えた。
印象に残るのは、ある小学校校長の回答だ。一部を要約する。
「質問に答えることは控えます。橋下知事の姿勢は、現場の意向を尊重せず、一方的に押しつけようとするものだからです。調査結果は知事に批判的なものになり、貴社はそれに沿った記事を掲載するでしょう。知事はそれを真摯(しんし)に受け止めるどころか、攻撃材料に使うことは明白です。今の教育現場は、『正論を言えばつぶされる』『ただじっと耐えているだけ』という、窒息しそうな状況にあります」
記述はこう結ばれていた。「私の周囲の校長の多くは、同じ理由で『アンケートに回答は出さない』と語っています。教育を守るためのやむを得ぬ手段であることを理解してください」
現状の圧政に、ただ黙って耐えているのだ、という訴えだ。いったい何が起きているのか。
昨年11月、橋下知事に請われて府の教育委員になった陰山英男氏が小中学校校長の研修会で講演した。「百ます計算」で有名な陰山氏は、府の全国学力テストの成績が低迷していることに言及し、こう述べた。「日本人はみんな、(子供の学力に)無責任。金を出さない政府。しつけの悪い親。『悔しい』と言いたいが、それを言うべきみなさんが、学力の数値を落としているのですから言えない。目くそは、鼻くそを笑えないのです。プロの自覚を持ってほしい」
質疑の時間、約950人の出席者はだれも手を挙げなかった。「なんであそこまで言われなあかんの」との声が帰途につく校長の間で飛び交ったという。その2カ月ほど前には、橋下知事が学力テストのデータ公表に難色を示す市町村教委をやり玉に挙げ、公の場で「くそ教育委員会」と発言している。アンケートの回答には「教育への下品な言い回しはやめてほしい」との意見も少なくなかった。
テスト結果だけが教育の目的ではない。しかし点数が無視できないことも、大阪府の結果が全国平均より低いことも分かっている。知事が「保護者のニーズ」を強調して学力テストの成績向上を重要課題にする意義も、否定はしない--。それが、私が知る校長の率直な思いだ。
ではなぜ、「窒息しそうな状況」なのか。問題は、校長・教師たちの間に「不当なまでに誇りを傷つけられている」との受け止めが広がっていることにあるのではないか。毎日新聞のアンケート結果を見た橋下知事は「どうやってクビを飛ばすかですよ。校長連中は保護者が望んでいることを全く分かっていない」と報道陣に怒りをぶちまけた。そして、それが報道される。こうしたことの積み重ねが、教育現場に萎縮(いしゅく)と閉塞(へいそく)感をもたらす、と推測するのは、きわめて容易だ。府民の高い支持率を背景に「改革」を掲げる知事に異議を申し立てるすべもない。この状況が息苦しさにつながっているのだろう。
ある中学の校長は「校長の中には、『やるしかないか』と知事の路線に同調する者もいる」と話す。アンケートでも「教育への取り組みに期待する」との意見もあった。トップと現場。埋められない溝ではないと考えたい。締め付けより、理解を基盤にした教育改革であってほしい。そのためには、トップが現場の声に耳を傾けることだろう。
目には見えにくくとも、校長や教師が抱える「窒息しそうな状況」は大阪の教育に影を落とす。何よりも子供たちのために、やり過ごしてはならないと思う。(大阪社会部)
毎日新聞 2009年2月18日 0時07分