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麻生政権の命脈は尽きつつあるのではないか。そんな感じを抱かせる展開である。
中川財務・金融相が辞任した。ローマでの主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議で、もうろうとした意識で記者会見したことの責任をとるという。
薬の飲み過ぎなのか、アルコールのせいなのかは定かでない。しかし、どちらにしても、世界注視の会議でまともに仕事をできたのかどうかが疑われるようでは言語道断だ。
世界第2の経済大国の財務相の異様な姿は世界に報じられ、懸念とからかいの対象となった。当時の事情や本人の意図はどうあれ、政治は結果責任だ。辞任は当然である。
それにしても、この決断がなされるまでの右往左往ぶりには、あいた口がふさがらない。
中川氏はきのう朝「与えられた仕事を一生懸命やる」と表明していたのに、午後には「09年度当初予算案と関連法案が衆院を通過すれば辞表を出したい」。民主党など野党が参院に問責決議案を出すと、結局「辞めた方が国家のため」と首相に辞表を提出した。何とも情けない二転三転だった。
野党優位の参院で問責決議が可決されるのは確実だった。そうなれば国会審議が空転し、予算案の成立がさらに遅れることは目に見えていた。なのにいったんは予算案の衆院通過後などと辞任の時期に条件をつけた。自らの責任の重さと事態の深刻さを理解できていなかった証しだろう。
予算案や関連法案の審議では、政府を代表して財務相が答弁する機会が多い。近々辞める閣僚の答弁を誰が正面から受け止めるだろうか。
麻生首相の責任はあまりにも重い。中川氏を任命した責任はもちろん、一時は続投を指示しながら、最終的には辞表を受け取らざるを得なかった。首相自身の判断の甘さ、緊張感の欠如は隠しようもない。
政権発足から間もなく5カ月。定額給付金や郵政民営化をめぐる一連の発言を振り返るまでもなく、その発言や政策判断は混乱と迷走を続けてきた。それが、ただでさえ難しい国会運営や政権維持をなおさら危うくしているのに、そのことへの真剣な危機感も感じられない。
首相は、景気対策が第一の一点張りだ。しかし、何よりも急ぐべき予算案の審議は野党との間で打開を模索するでもなく、ただただ突っ張るのみだ。そこに中川氏の騒動である。
麻生政権が続くのは何のためなのか、それが見えにくくなっている。自民党によるこれ以上の政権たらい回しは許されない。この未曽有の経済危機に対処するためにも、やはり、早期の解散・総選挙で民意に支えられた政権をつくるしかない。
オバマ米政権の日本重視の姿勢は、ほんもののようだ。クリントン国務長官の最初の訪問国に日本が選ばれたのに続いて、オバマ大統領が、ホワイトハウスを訪れる最初の外国首脳として麻生首相を招待した。
クリントン長官と中曽根外相の会談で訪米が決まった。日本を「アジア外交の礎石」と位置づけるオバマ政権からのメッセージといえる。
今の米政権の関心からすると、世界同時不況の克服に日本の力を借りるのが喫緊の課題だろう。加えてイラク、アフガニスタンの治安安定から、北朝鮮の核・ミサイル問題、中国の軍拡、地球温暖化問題まで、日米が緊密に協力すべき課題は山積している。
いちはやく会談が設定されたことを評価したい。首相はこの機会を活用して、日本が国際社会で果たすべき役割や米新政権との関係について、しっかり議論してほしい。
ただし、勘違いしてはいけないことがある。米国が日本を重視するということは、我々が「重視」という日本語から想像するような、日本に甘く、大切にしてくれるということではない。
米国の利益や戦略のために、日本を活用していくというドライな側面もあるのだ。問われるのは、日本側が何を伝えるかである。会談を開くこと自体が目的であってはなるまい。
米国の立場から考えてみよう。オバマ政権は米国と世界の再生に取り組もうとしている。その時に大事なパートナーである日本の政権が支持率10%台を低迷し、秋までには総選挙がある。麻生政権との合意は本当に実行されるのか。米側が不安に思っても不思議はない。クリントン長官が民主党の小沢代表と会談したのも、政権交代の可能性をにらんでのことだろう。
今回の来日で、沖縄駐留海兵隊のグアム移転に関する合意を、国会承認が必要な条約にして調印した。これは、日本が民主党政権になった場合でも拘束できるという効果をもつ。
忘れてはならないのは、グアムへの海兵隊の移転は、普天間飛行場の辺野古への移設が進むことが条件としてセットになっていることだ。肝心の沖縄の基地問題について、麻生政権には真剣に取り組む意欲が感じられない。地元との対話を促進しないことには、前に進めない問題だ。
また、オバマ政権が軍を増派するアフガニスタンについても、日本はさらにどんな貢献ができるか。本来なら、野党も巻き込んで日本の役割を検討しなければならないが、麻生政権にはすでにその力がない。
首脳会談はよいが、伝えるべきメッセージは準備できるのか。弱い政権は外交交渉で譲歩を重ねて成果を取りつくろうことになりがちだ。結局、外交は内政の基盤があってこそである。