いっぷう変わった銀色のペンダントを、東京都大田区の主婦、真紀さん(36)は24時間身に着けている。入浴時も就寝時も外すことはない。「いざという時に、私の命を守ってくれるものです」
表の面には、雪の結晶のような形状にヘビが巻き付いているつえをあしらったデザイン。裏面には<意識障害時には、携帯するブドウ糖を投与して下さい>と彫られ、氏名、生年月日、血液型、病名、かかりつけの医師名などが刻まれている。
真紀さんは20歳の時に、膠原病(こうげんびょう)の一種「全身性エリテマトーデス(SLE)」と診断された。体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物を排除する免疫系が、体内の正常な細胞や組織を攻撃、破壊する難病だ。
全身各所の炎症や倦怠(けんたい)感に加え、ステロイドを含む大量の投薬の副作用に苦しんできた。昨年6月には投薬の副作用で糖尿病を併発。朝と夕の2回、自らインスリンを打つ。
ある夜、布団に入った直後、けいれん発作に襲われた。インスリンで血糖値が下がりすぎたのが原因で、隣に寝ていた夫が気付いてブドウ糖を投与し、意識を取り戻した。投与がなければ死に至る場合もあり、主治医から「外出先で倒れ、見知らぬ病院に運ばれたら手遅れになりかねない」と言われた。
ペンダントは容体急変時、本人の代わりに医療関係者に適切な処置を伝える役目を果たす。「昨年11月に購入し、安心して外出できるようになった」と真紀さんは喜ぶ。
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こうしたペンダント類は、北米やヨーロッパで「メディカルID(医療識別票)」「メディカル・アラート・ジュエリー(緊急医療情報アクセサリー)」などと総称され、広く普及している。米国の救急隊員は、倒れた人が医療識別票を身に着けていないか確認する訓練を受けている。
表の面に彫られた独特のデザインは「スター・オブ・ライフ」と呼ばれ、赤十字のマークなどと同様、世界共通の「救急救命」のシンボルマークだ。
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真紀さんが購入したのは、有限会社「プレシャス・アイ」(世田谷区)が「メディック・インフォ」という商品名で05年4月から販売しているもの。他に扱うところはなく、日本ではまだあまり知られていない。
同社の鮫島雅子社長(40)は以前コンピューター関連会社に勤務し、取引のあった外資系の外国人サラリーマンから識別票の存在を教えられた。
そのころ、親しかった日本の知人から「何かのはずみで倒れ、薬を飲むことができなくなれば……そう思うと不安だ」と打ち明けられた。この知人はがんで甲状腺を全摘出していた。カルシウムを補給しなければ重篤な状態となり、命にかかわるため、必要な薬剤を一生飲み続ける必要があった。
この時に「日本語の医療識別票を作ろう」と思い立った。5年前に起業し、これまでに500個販売した。
先日も、海外への渡航機会の多い40代の女性から、感謝のメールをもらった。女性はアナフィラキシーショック(ハチ毒や薬剤が引き起こす急性アレルギー症状)の恐れを抱えていた。
「海外にいる場合、もしもの際にとっさに英語で言えるかしら? そんな不安もあり、英語と日本語両方を購入させていただきました。幸い渡航中には何も起きませんでしたが、着けていると安心で、気持ち的にも軽く過ごせました」
鮫島さんは言う。「医療スタッフにとどまらず、一般にも『スター・オブ・ライフ』のマークの意味を浸透させたい。そうすれば、ペンダントを身に着けた方が、適切な配慮や処置を受けられるようになるはずです」
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同社(03・3467・0484)の商品はインターネットで見ることができる。ホームページのアドレスはhttp://www.medic-info.jp/【井上英介】
スター・オブ・ライフは米国運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が77年、救急救命の能力や性能を証明するマーク(証明商標)として登録し、救急救命士の腕章や救急車両、ドクターヘリなどに付けられている。証明商標は米国の制度で、日本のJIS(日本工業規格)マークなどに類似する。
その後、世界保健機関(WHO)の切手にも登場し、カナダやヨーロッパ各国で救急医療のシンボルマークとして採用されている。
ヘビが巻き付いたつえの図案はギリシャ神話に由来し、「アスクレピオスのつえ」と言われる。アスクレピオスは太陽神アポロンの子で医術にたけ、死者をよみがえらせる術を施すまでになり、冥王ハデスの怒りを買って殺されてしまう。
欧米では、ペンダントやブレスレットのほか、時計(文字盤に図案を入れ、裏面に情報を刻む)や、運動靴に付けるタイプなどがある。難病患者の専門的な処方だけでなく、もっと軽度な病気の病名やアレルギーの原因物質のみを記載するケースも多いという。
毎日新聞 2009年2月18日 東京朝刊