違憲!有事法制を許すな!
声明
私たちは、報復の戦争に反対し、
「テロ対策特別措置法案」に反対します
私たちは、テロを断じて認めない、許さない
私たちは、暴に対し、暴をもって報いることを許せない
私たちは、テロへの怒りに便乗する自衛隊出兵策動を許さない
私たちは、九月十一日にアメリカで起きた同時多発テロ事件に対し、深い怒りを持ちます。テロは、断じて認めてはならないし、許してはなりません。
私たちは、今回のテロの犠牲になった方々とその家族・関係者が味わった恐怖、苦しみ、悲しみに心を寄せ、心からお見舞いとお悔みの意を表します。
同時に、私たちは、テロという暴力に対し、報復という暴力を行使することも認めないし、許せません。今回のテロの実行者は、テロに対する報復だという正当性を主張するに違いなく、報復は、また新たなテロとならざるを得ません。
終わりのない暴力の繰り返し。それを終結させることこそ、人間としての責務であり、人間としての英知はそこにこそ発揮されるべきです。暴力行使への欲求を抑えることには、暴力を行使する以上の英知が必要です。そうした、英知をもつ勇気を、私たちは持ちたいと願うものです。
また、今回の同時多発テロ事件に対する怒りに便乗し、この国の凡庸で感情的な首相は、九月十九日に、パキスタンやインド洋に自衛隊を派遣することなどを柱とした七項目の対テロ支援策を打ち出しました。すでに、海上自衛隊の護衛艦がインド洋に向かう米軍空母の警護にあたっています。
そして、十月五日、政府は、米国などの軍事行動を自衛隊が支援するための「テロ対策特別措置法案」と自衛隊法改正案を閣議決定し、国会に提出しました。
この法案には、自衛隊の活動範囲を拡大し、武器使用基準を緩和するなど、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触する内容が盛り込まれています。
私たちは、今こそ、もう一度、暴力行使を明確に否定した日本国憲法の絶対平和主義の立場に立ち、米国の戦争に追随するだけの自衛隊の出兵という暴力行使に反対します。
日本が加担しようとしている、とめどない暴力の繰り返しを誘発する、米国の報復の戦争に反対するものです。
二〇〇一年十月五日
墨田区教職員組合執行委員会
卒業証書の年号記載
「保護者からの申し出あれば西暦年号使用可」
区教委、人権尊重の立場で方針を明確化、その周知にも努力と
卒業証書の生年月日や発行年月日の記載に当たり、元号で表記するか、西暦で表記するかの問題に関し、墨田区教委は、一月十一日、次の方針を再度明確にしました(資料2参照)。
(1)元号使用が原則
(2)保護者からの申し出があれば西暦使用も可
(3)外国籍の子どもについては、生年月日、発行年月日、氏名の表記について確認し、保護者からの希望があれば、その意志を尊重する
この方針は、思想信条の自由等の人権を尊重する立場、さまざまな価値観や文化を有する多様な人々と共生する墨田を築くという立場から出されたものです。
今まで墨田区教委が示していた方針を、人権尊重の立場から、一歩進めています。さらに、この方針を「周知」するとしたことにも、大きな意味があります。
保護者、住民運動からの要求
そもそも、この問題は、外国人児童生徒の保護者を含む保護者たち、また住民(市民)運動の要求から出発しています。
これらの人達による粘り強い要求と交渉の中で、区教委は、九二年「保護者から希望があれば、保護者の意志を確認し西暦年で記載しても良い」と回答しました。
汚された卒業証書
これに基づき、西暦年による記載を要望した保護者の子ども(児童・生徒)には、あらかじめ印刷されている昭和、平成等の元号を「ホワイト」で消しその上から西暦年を記載した卒業証書や元号を二重線で消して西暦年を記載した卒業証書が渡されました。
こうした「汚された」卒業証書を問題として、住民運動は交渉を行い、その中で、区教委は「九三年度からは、元号の入っていない卒業証書を用意する」との回答を行いました。そして、校長から申し出があれば、その用紙を渡すとしたのでした。
「西暦記載可」、全保護者に知らせよ
以来、保護者からの要求・要望があれば、西暦年記載の卒業証書が発行されるようになったわけです。しかし、問題は、それが可能であることを知ることができた保護者のみがそうした要求・要望を出すことができただけで、圧倒的多数の保護者は、それを知ることができませんでした。そうした状況は、行政による不平等取り扱い、差別取り扱いということにもなるわけであり、住民運動はこの点から、区教委を追及、全保護者に周知する手立てをとることを要求しました。
これに対し区教委は、「原則は元号であり、元号か西暦かを自由に選択させるということではない」、「方針は校長に伝えており、保護者へは学校を通じて伝えられる」、との回答に終始しました。
人権尊重の立場に立てぬ校長たち
各校においても、この区教委の姿勢を反映し、「保護者には知らせない、知らせる必要はない」、「その意志があれば、直接校長に申し出ればよい、理由を聞いて校長が判断する」等の頑迷なる校長が多く存在しました。また、区教委も校長に「保護者から申し出があったら、その保護者と良く話し合え」と指導する等、住民運動への回答を事実上無力化する姿勢をとったことにも問題がありました。
学校から知らせる努力続く
こうした動きがある中でも、いくつかの学校で、保護者に「西暦記載も可能である」ことを知らせる手立てをとってきました。こうした学校は、徐々にふえてきていましたが、一方、区教委方針の意味を理解しない固陋・頑迷なる校長もあり続けました。九八年二月、区教委は住民運動の追及に対し、「各校毎にお知らせや保護者会などで当該児童・生徒や保護者に知らせる方法を工夫することは差し支えないと校長会を通して指導している」と回答しました。区がこうした回答をしているにもかかわらず、保護者に知らせる必要はないとする校長があり続けたことの意味は、人権尊重という点から見て重大な問題です。
その後、区教委は住民運動との交渉の中で、「学校を通して周知している」と回答するに止まり続けていましたし、また、学校を通して知らされているものと信じてもいたようです。
管理運営規則施行細目で明確に
区教委は、さらに二〇〇〇年四月、「管理運営規則二〇条に係る施行細目」を決定(資料1参照)、この問題に関する「方針」についての法規的整理も行いました。
こうした経過を受けて、一月十一日付文書は出されたものです。この「周知」文書は、住民運動の側にも、その要求に対する回答として渡されています。
区教委方針を評価し、とりくみを
今回の一月十一日付「周知」文書は、その内容においても、「周知」ということについても、今までより一歩踏み込み、人権尊重という立場を、この問題に関しても、よりはっきりさせたものだと言えます。
私たちは、そうした立場に立った区教委方針を評価し、私たちも人権尊重という立場で児童・生徒、保護者に知らせ、その意志を尊重する対応をしていこうではありませんか。
週刊墨教組 No.1357 2002.2.21
反戦平和教育の創造のために
三月十日を節目とした
特設平和授業のとりくみを進めよう
今年もまた三月十日がやってきます。五十七年前のこの日、墨田・江東を中心とした東京の下町は米軍のB29 による無差別絨毯爆撃で猛火に包まれて焼き尽くされ、一夜にして十一万五千人の尊い命が焼土に埋もれたのでした。東京大空襲は、広島・長崎の原爆とともに、戦争の悲惨さと非人間性を、平和と人間の命の尊さを教えてくれる大切な教材と言えるでしょう。
「戦争」が歴史のかなたに追いやられ、風化の現象がみられる今日、「東京大空襲」を自ら学び、子どもたちへ語り継ぐことは、私たち教師の課題と責務です。
戦争の実相を伝える
街を破壊し、人間の命を奪い、動物たちをも殺し、親子を兄弟姉妹を友人を恋人を引き裂く、これが戦争です。「広島」「長崎」「東京大空襲」の、語り部たちの体験談、手記、写真・・・・等々の貴重な資料は、今も戦争の悲惨や残虐、非人間性というその実相を伝えてくれています。
私たち教師は、ほとんどが戦争の非体験者です。私たち自身の内側に何があるのか、戦争と平和の問題を子どもたちに語り継がずにはおれないという、心の内側から噴き出てくるものを感じているのか、まず、教師である私たち自身に問いかけながら、私たちは、戦争の実相を伝えるそれらの資料に学び、あるいは掘り起こし、自らの思想と言葉によって「戦争」を教材化し、その実相を子どもたちに伝えていかなければならないと思います。
身体的な戦争イメージ
現代はコンピューターの時代です。子どもたちはコンピューターゲームの中で、キーやボタンを操作しながら戦い、敵を破壊し殺戮することに慣れています。彼らの脳裏にある「戦争」は、生身の人間の苦しみや悲しみを全く捨象したゲームなのです。
しかし、戦場の事実は全くちがいます。
辺見庸は、自分自身が体験した「身体的な戦争イメージ」について、つぎのように語っています。
「吐き気がするほどの恐怖感、底なしの虚無感……」「小銃弾が人の体を貫通したときの穴の具合も知らないでしょう。被弾した男はどういうふうに悶え泣き叫ぶか。それから迫撃砲で吹っ飛ばされた人間の肉というのがどういう色しているか。ロケット弾が宙を飛ぶときの空気の焼ける臭いがどういうものか。」
戦場には、合理性や論理性は一切ありません。憎悪が憎悪を無限に拡大していく、それが戦争です。
旧ユーゴスラヴィアやルワンダの戦争をみても、このことははっきりしています。
ヒロシマというとき
被爆者詩人・栗原貞子は、戦後、原爆の悲惨・残虐・非人間性を、そして、人間の命の尊さを詠った数々の詩を発表しました。そして、一九七二年に「ヒロシマというとき」と題する詩を書いたのでした。
「〈ヒロシマ〉というとき/〈ああヒロシマ〉と/やさしくこたえてくれるだろうか」「〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉/〈ヒロシマ〉といえば女や子供を/壕のなかにとじこめ/ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑/〈ヒロシマ〉といえば血と炎のこだまが返って来るのだ」「アジアの国々の死者たちや無告の民が/いっせいに犯されたものの怒りを/噴きだすのだ」「〈ヒロシマ〉といえば/〈ああヒロシマ〉と/やさしいこたえがかえって来るためには/わたしたちは/わたしたちの汚れた手を/きよめねばならない」
9・11と報復「戦争」
私たちは、昨年九月十一日にアメリカで起きた同時多発テロ事件に対し、深い怒りを持ちます。テロは、断じて認めてはならないし、許してはなりません。
同時に、私たちは、テロという暴力に対し、報復という暴力を行使することも認めないし、許せません。
アメリカによる、身勝手極まりない「正義」を振りかざした、アフガニスタンへの報復攻撃には、人倫のかけらすらみられません。飢餓に瀕する最貧国アフガニスタン民衆のことなど一顧だにされず、冷血な報復の情念だけが暴走しているのです。
報復「戦争」という言葉が流布していますが、これは、断じて「戦争」ではありません。一方的な殺戮と破壊をくりかえすだけの非道な「攻撃」にしかすぎないのです。
そして、アメリカに追随するだけの、この国の凡庸で感情的な首相は、9・ を口実に、さっそく、「テロ対策特別措置法案」と自衛隊法改正案を、十分な国会審議をしないまま、成立させたのでした。
この法案には、自衛隊の活動範囲を拡大し、武器使用基準を緩和するなど、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触する内容が盛り込まれています。
私たちは、今こそ、もう一度、暴力行使を明確に否定した日本国憲法の絶対平和主義の立場にたちかえり、日本が加担しているアメリカの理不尽な報復「戦争」を告発し続けなければなりません。
侵略の歴史の中に位置づけて
「戦争」の学習は、「広島」「長崎」「東京大空襲」など、それだけで終わってはなりません。日本が犯した侵略の歴史の中にしっかりと位置づけ、米軍の原爆や空襲によってもたらされた悲惨や残虐は、同じように、日本軍が、朝鮮・中国をはじめアジア諸国のあちこちでもたらしたものであることを教えなければなりません。「広島」「長崎」「東京大空襲」などの学習によって、破壊され殺され、被害者として受けた人々の苦しみや悲しみを学ぶことをとおして、破壊し殺し、加害者としてアジアの人々に与えた苦しみと悲しみに思いを馳せ理解する想像力を、子どもたちの心に培っていくことをしなければならないと思います。
まやかしの歴史観
「歴史修正主義」的な「国民の物語」が台頭しています。
すなわち、「自由主義史観」なる歴史観にもとづいて、日本の侵略の事実を否定する人達がいます。歴史的事実を正しく教える教育を「自虐的」であると言うのです。彼らは、「子どもたちが自国の歴史に誇りを持てるような教育を」と称し、侵略戦争を肯定する立場から「南京大虐殺」や「軍隊慰安婦」等、公然の歴史的事実を教育現場から抹殺しようと運動を展開しています。
「記憶は弱者に在り」とは、芸人魂を貫いたまま逝ったマルセ太郎の至言です。
日本の侵略によって、アジアの人々はどんなに苦しみと悲しみを与えられたことか。「自由主義史観」を主張する人達は、何と想像力に乏しく干からびた感性の持ち主であることか。彼らの言動をアジアの人々は、憂え、悲しみ、戸惑っていると伝えられています。このような歴史観がこれからの国際社会で通用するはずがありません。
私たちの反戦平和教育の視点の中に、加害者としての日本の責任の問題をきちんと位置づけたいと思います。
組織的な平和教育のとりくみ
墨田教組は、反戦平和教育の推進を教育闘争の重要な課題として位置づけ組織的にとりくみを進めてきました。一九八八年からは、とくに『三月十日』をひとつの節目に設定し、墨田の全学校で反戦平和教育の実践が行われることをめざし、墨田教組として統一的にとりくみを進めてきました。三月十日の前後には、特設授業や全校児童集会等々さまざま形で、平和教育のとりくみが各学校で実践されています。このとりくみは、東京大空襲で壊滅的な被害を受けた墨田におけるとりくみという意味で、地域に根ざした教育の一環でもあります。私たちは、これらの立場に立って、今年も三月十日を節目とした平和教育特設授業のとりくみを進めます。
具体的なとりくみ
一、三月十日に向けて、全分会が全学 級一斉授業、全校集会、学年集会な ど、何らかの形で特設授業を実施 するとりくみを進める。
二、分会として意思統一をおこない、 具体的な方針を決定し、直ちにと りくみを開始する。
三、一分会一万五千円を限度として、 学校(分会)における計画実施のた めに必要な経費補助(教材作成・購 入費、講師代等)を「主任手当拠出 金」から支出する。
四、分会は二月二十八日までに具体 的計画を書記局に報告する。その 際、経費補助金の請求も行う。
五、執行委員会は、資料作成・提供、講師の紹介・仲介、具体的な進め方に ついての相談、交流活動を行う。
第21回空襲展
再び許すな東京大空襲
空襲の現実を写真で問う!
◇東京大空襲に関する写真・資料
◇空襲体験談コーナー
◇「戦時災害援護法」制定要求
◇教科書問題 ◇ビデオ上映
とき 2002年3月8日(金)〜10日(日)
午前9時〜午後7時(10日は午後5時まで)
ところ 江東区総合区民センター
2階展示ホール(都営新宿線西大島駅上)
墨田教組フィルム・ライブラリー
東京大空襲関係リスト
東京大空襲―爆撃命令書は語る
カラー VHS 五〇分
東京大空襲は、綿密に練り上げられ、そして大胆に実行された一大オペレーションであった。アメリカ国防省戦時室に保存されていた<東京大空襲爆撃命令書>を中心に、アメリカ側の映像記録、各方面の資料、証言を交えて、アメリカの日本焦土作戦とその戦略思想を解明する。
君知ってる? 首都炎上
―アニメ東京大空襲
カラー・アニメ、ドキュメント VHS 十六ミリ 十八分
「君知ってる? 首都炎上―アニメ東京大空襲」は三人の体験者が三月十日の惨状を語り、次にその証言をアニメ化して見せるという手法で作られた映画。東京大空襲の現実を子どもたちに知らせるのにきわめて有効な平和教材と思われる。
戦争と青春
カラー・劇映画 VHS 一一〇分
構想二〇年、巨匠今井正が再現する三月一日の東京大空襲…映画人と市民による提携作品―平和への熱き思いをこめた全国一五〇〇人の市民プロデューサーからのメッセージ。墨田教組も市民プロデューサーとして出資、参加した。
そしてトンキーも死んだ
カラー・アニメ VHS 五〇分
一九四三年上野動物園で三頭の象をはじめ多くの「猛獣」が処分された。表向きは住民の保護のためとされていたが、事実は都民への心理作戦で、NHK特集としては初めての、童話という形式をとった異色作である。戦争という異常な事態のもとでの人と動物の交流を描く。
火垂るの墓(ほたるのはか)
カラー・アニメ VHS 九〇分
一九四五年六月の神戸大空襲で母を失った清太と節子は親戚の世話になるがなじめず、兄弟だけで生きていこうと決意。当初、穴蔵生活は楽しかったが周囲は冷たく、やがて二人は死に追いこまれていく。原作は野坂昭如。日本アニメ大賞受賞作品。
小さな証言者たち(記録映画)
カラー・VHS 二〇分
この映画は、第二次大戦の終わった一九四六年、ポーランド教育省がナチスの残虐の歴史を記録に残そうと全国の小学生に呼びかけ、集められた六千点の絵と数百点の作文をもとに製作された。
戦争(子どもたちの遺言)
カラー VHS 五三分
「十フィート運動」の中で集められた豊富なフィルムの中から新しく未使用部分を編集し、ヒロシマの原爆資料館、ポーランドのアウシュビッツ博物館などの新撮フィルムと、東京大空襲を描いたアニメーションを組み合わせたユニークな作品。
お母さんの木
カラー・アニメ VHS 二二分
戦場に七人の息子を送り出した母親は、彼らがみんな手柄を立てて、無事に帰ってくることを祈ります・・・。大川悦生原作の同名著書のアニメ化で、戦争はもう絶対いやだといい、平和を願い、子どもを思う母親の愛を描いた作品。
年末カンパ 十四万千七百円
当面、アフガニスタン
救援・支援カンパに支出
昨年末に行った年末カンパ、各分会の積極的なとりくみの結果、十四万千七百円が寄せられました。
ご協力、ありがとうございました。
その使途について執行委員会で当面次のように支出することを決定、すでに送付、それぞれの団体から領収書、礼状、報告等が寄せられています。
日教組アフガン難民救援カンパ
二万円
ユニセフ(アフガン緊急支援カンパ)
五万円
ペシャワール会 五万円
ペシャワール会は、一九八四年来、アフガニスタン、パキスタンに診療所を開設し、年間二〇万人の患者診療を行っている中村哲医師を現地代表としたNGO。
昨年十月、アフガン救援のため「いのちの基金」を呼びかけ、それに応じて寄せられた五億円の基金をもとに、アメリカ軍による空爆下、小麦千四百トン(十二月現在)を餓死に直面するアフガンの人々に直接届けました。その活動は今も続けられています。
同会では、医療、食料配給等の活動を継続するとともに、農村地域の自給自足を可能とするための水源確保(潅漑施設建設、井戸掘り等)、農業教育や訓練等の計画を進めることにし、そのための資金とするため「緑の大地基金」を呼びかけています。
現地に根をおろし、現地のニーズを重視し、国連や外国諸団体と競合しない地域を重点に活動しようとしているペシャワール会の活動を、今後も支えていく一員であり続けたいものです。
なお、年末手当は、以上の既に支出したカンパのほか、「再び許すな東京大空襲!第二一回空襲展」、闘争組合へのカンパ等に、適時支出します。
3月10日を節目とした反戦平和教育特設授業の準備を |
年間を通しての反戦平和教育実践をめざしつつ 新しい年が始まりました。今年もさまざまな課題に取り組んでいきたいと思います。 ここ10年以上にわたって、私たちが組織的に取り組みを進めている課題の1つに反戦平和教育の推進があります。この取り組みを進めるに当たって、私たちは、3月10日の東京大空襲の日を一つの節目として設定し、そこに向けて統一的、組織的に取り組みを進めることから始めています。そこから出発し、さらに年間を通しての平和教育実践を展開して行くことをめざします。 |
東京大空襲の日を節目とする意味 |
当面する3月10日に向けての取り組みは、東京大空襲で壊滅的な被害を受けた墨田の地における取り組みという意味で、地域に根ざした教育の一環です。
墨田の地域のあちこちに、その被害・惨状を示す事物、事跡、碑等が残されています。また、大空襲の体験者も地域に住んでおられ、空襲体験を語ってくださる方も多くおられます。そうした事物を発掘し、またさまざまな語りべの方々に協力を依頼することは、地域の様子が激しく変わりつつある中で、また語りべの方々の年齢を考えると、残念ながらそういつまでもできることではありません。
地域や地域の記憶の教材化、地域の語りべの協力を急がねばなりません。
死者を二度殺すまい |
「死者はその人を記憶している人がいる限り、その人の心の中に生きている」という意味の言葉があります。私たちは、空襲で殺された方々を忘れてはなりません。その方々がどういう状況の中で殺されたのかを忘れてはなりません。空襲で殺された方々のことやどのようにして殺されたかを知らないこと、忘れることは、殺された方々を二度殺すことにもなります。戦争で殺された方々の状況やその無念、怨念、痛み、苦しみ、怒り、悲しみを知ること、それを記憶しつづけることさまざまな人々や子どもたちに記憶させ続けるべく努力することによって、死者は生き続けるといえないでしょうか。
被害・加害両面にふれたとりくみへ |
そうして大空襲の事実・実相を知ることは、戦争の事実・実相を知ることであり、被害の苦しみ、痛み、恐怖を知り、感じることにつながります。それを知ることを通して、日本が加害者としてアジアの人々に与えた苦しみ、痛み、恐怖を実感することが可能になるともいえます。また、そこへつなげていくものとして、このとりくみはあります。
計画を立て始めよう分会として、具体的なとりくみ計画を早急に立てていこうではありませんか。 |