■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。1
ふと目覚めると、会社の部屋だった。時計をみると昼前になっている。
そうだった。
前日は工作員と遅くまで(というか朝早くまで)酒を飲んでいた。「竹島の日」ということで、それはもう、アルコールで円滑になった顎を高速で動かしながら、社会常識的範囲の暴力行為を用いて、瞼が重そうな工作員の意識を覚醒させつつ、話題は竹島から部下の悪口、ぱいおつの話からお客さんの悪口、嫁はんの悪口から感謝の言葉発表イベント、そして再度、ぱいおつの話で盛り上りつつも業界の話で盛り下がり、犬が好きか猫が好きか、ぱいおつの形と役割、働くぱいおつ、森林伐採とぱいおつ、ちきう温暖化とぱいおつの影響、中東和平とぱいおつ、ぱいおつと宗教、5分でわかるぱいおつ、アメリカのぱいおつ、京都の歴史〜ぱいおつ巡り〜、2015年ぱいおつはこうなる!、ぱいおつと生きる、ぱいおつ理事長の通う店ベスト20・・・いや、そもそも、ぱいおつとは人類にとってなんなのか、というか、こんな時間にこんなところで我々は大丈夫なのか、そして、とっておきの芋焼酎が残りわずかとなったとき、話題は違和感のないラブホテルへの誘い方などを経て、果てはお約束の上司の悪口へと移行し、ちょっとマテ、その「上司」を指すのは、実は私ではないかと気づく午前3時まで、白熱した飲み会は続くのであった。
東の空はまだ真っ黒だろうと窓を開けるも、工作員らの「寒い寒い」というアホポンタンなブーイングに負けて閉める私の優しさを確認し、好物の「めざし」が尽きた所で、私はサンドバッグにぶつかりながら、布団に寝転がって意識不明の重体(体が重いだけ)に陥るのであった。ぐうぐう。オ┌|・o・|┘ヤ└|・O・|┐ス┌|・.・|┐ミ└|・_・|┘
むぅ・・・もう、店が開いている。
フラフラと起き上がり、ヨロヨロと歩くも、夕べのようにサンドバッグにぶち当たってしまうと、また、今から熟睡してしまう可能性も否定できんところだ。ここは慎重に歩いてトイレットまで行くことにしよう。前よし。右よし。もぐら型イージス艦確認!どーん!
「2」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。2
サンドバッグは避けたものの、昨夜脱いだジャージで滑ってこける。まあ、ここで素人ならば、ひとりエルボードロップよろしく、肘を痛打するところであるが、その点、さすがは私であろう。慣性の法則に従って、そのまま背中から落ちるのである。まさにヒロ斉藤も真っ青のセントーンである。ひとりセントーン。寝起きのひとりセントーンである。
柔道で鍛えた「後ろ受け身」など、二日酔いの目覚めに繰り出せるほど私は三四郎ではないのだった。とりあえず怪我もない。さすがセントーン。息はちょっと止まる。
部屋を出ると、アルバイトの女の子がキョロキョロしていた。ははん。なにか、でかい音がしたのだろう。くっくっ・・・まさか、それがセントーン。私の「寝起きセントーン」だとは知る由もなかろう。くっくっ・・・若き乙女よ。キミの知らないことは、まだまだある。いい女になれよ。くっくっ・・・つつつ・・・・ぐっはっ・・
-
『おはやうございます!今日は竹島の日です!』
「いやいや、今日はねこの日です!」
『なぁにぃ〜〜??ぬこだぁ???』
http://www.asahi.com/life/update/0221/SEB200802210013.html
<猫ひな人形展示やハンコ作り 福岡で「猫の日」イベント>
全国各地の書店でセントーン食らわせて捕まったろうか?
<2月22日はペットフード工業会などが提唱する「猫の日」。「ニャン、ニャン、ニャン」の語呂合わせだという。猫にちなんだイベントが福岡・天神の丸善福岡ビル店で21日、始まった。>
なにを、クソ呑気な。貴様ら、こんな阿呆臭いもんをワザワザこの日にするということは、ちゃぁんと、犬の日もあるんだろうなぁ・・?ああぁ?なにぃ?あるだと??
11月1日だぁ?なんで、1月の11日ではないのだ?ふざけるな。
ぢゃあ、なんで「ぬこの日」を22月2日にせんのだ!!
ペットフード屋よ。
犬の日は11月1日でよし。「ぬこの日」は22月2日にしろ。
ったく、
「3」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。3
ともかく!!
2月22日は「竹島の日」である。
〜〜お知らせ〜〜
日本固有の領土『竹島早期奪還』の為、韓国領事館に対する抗議行動のご案内】
≪記≫
日 時:平成20年2月23日(土) 13時(少雨決行)
集合場所:靱公園・東園 四つ橋筋に面した辺り
(地下鉄四つ橋線本町下車28号出口 200m北)
出発時間:13時30分
コース:靱公園 → 四つ橋筋北上京町堀1丁目右折
→ 御堂筋平野町3丁目車道
→ 御堂筋西心斎橋2丁目大韓民國総領事館前 (時間 約50分)
→ 元町2丁目
→ 四つ橋筋50m北上
→ 小森ビル前流れ解散(終了予定時間:14時40分)
※デモ行進に参加される皆様は、過度に威圧感を与え敵対心を煽る言動・行動・印象は慎むようお願い致します。
※このデモへの参加については、予約等は必要ありません。現地集合・現地解散です。
私も参加する。
読者諸賢も買い物ついででいいから、一緒に少し歩こう。
-
-
竹島奪還のためには、やはり、日本が「普通の国」になるほかない。あまりに当たり前すぎることだが、情けないことにそれすらを求めねばならないというのが、この国の現実なのだ。集団ヒステリーのように「軍隊っぽい」ものを蛇蝎の如く忌み嫌い、「あるのがおかしい」とか「不必要である」という極論が飛び交い、「臆病」とは「卑怯」であるということすら忘れ去られる現状、至極当然の議論である「核武装」などトンデモナイ話であると、誰も耳を貸そうともしないのが、この日本なのである。
「4」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。4
みよ。この阿呆丸出しを恥じることもない政党の党首を。
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/
<福島瑞穂ドキドキ日記>(笑
全文晒す。
<2月20日(水)
昨日。イージス艦と漁船が衝突をした。漁船は、まっぷたつになり、乗っていた2人の方が行方不明となっている。
イージス艦は、一隻が1200億円から1500億円する極めて高額なものである。日本は、5隻持っている。世界で持っている国は、アメリカ、日本、スペイン、ノルウェー、韓国だけである。
日本が、そもそも持つ必要があるのだろうか。
日本が、持つ始めたのはつい最近である。
しかも最新鋭のものなのに、漁船一隻避けることができないなんて。
「そこのけ、そこのけ、イージス艦が通る」となっているのではないか。
漁船がゆきかう海に、イージス艦は似合わない。
敵を攻撃することには、長けていても普通の漁船や人々に配慮するようにはできていないのではないか。
そして、防衛大臣に連絡がいくのに1時間半かかり、首相のところに2時間かかっているなんて、あいた口がふさがらない。
大したことないと思っていたのか、情報操作をしようとしたのかどちらかとしか思えない。
未だもって納得いく説明がついていないのも問題である。
防衛大臣の体をなしていない。
なだしおのケースの場合は、当時の防衛庁長官は引責辞任をした。今回も防衛大臣はやめるべきである。>
「5」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。5
信じられんだろうが、この阿呆は「イージス艦を持つ必要はあるのか?」と言いながら、ではなぜ、不必要なのかを一切説明しないのであるが、更には「防衛大臣まで連絡がいくのに1時間半もかかった!」とか言いながら、阪神淡路大震災の際における、腐れ左翼政党の眉毛ぼーん総理が「初めてのことぢゃったら・・・」などと、呑気なことを抜かして救助活動を遅らせたことは忘れているらしい。便利な脳味噌でいいね。
まあ、それは想定の範囲内としてもだ。私が驚愕するのは次の一文である。
「日本が、持つ始めたのはつい最近である。」
なんと、「持つ始めた」のである。通常の秋田弁であれば、「もつ、はずめた」と「始める」のところもナマリが混じるのだが、なぜだか、「持ち」だけを「もつ」という不思議なズーズ弁で発音するのだろうか。一度、「声を大にして」発音してみよう。
ぬほんが、もつはずめたのわ、さいきんずら。
おらがさみんとーは、いーずすかんは、いらねと、おもうずら。
どうだろうか。
ちなみに、今日付けの日記では、このさるさる日記のトップ女王のブログを絶賛している。ちなみに、それは勝手だ。こいつが阿呆なのも勝手だが、こんな阿呆が税金で喰うのはやめて欲しいと、私が思うのも勝手だ。いや、勝手ずら。やめれやめれ。やめてけれ。
「6」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。6
-
-
日本固有の領土である「竹島」。
もう、55年以上も韓国に不法に支配されている。
無論、北方領土も尖閣諸島も、それぞれロシア・支那に実効的支配を許している。北朝鮮には国民を拉致されたまま援助を繰り返し、ようやく経済的に制裁するも、それすらを「解除せよ!」と叫ぶ勢力は国外だけではなく、国内にも、それも日本人でも叫ぶことが許されている。奪還どころか、その対抗勢力がマスメディアをはじめ、政界にも経済界にも跳梁跋扈する日本。日本の外務省はホームページで「竹島は日本の領土です」と一応書いてはいるものの、直接的な行動に出る気配すらない。マトモな抗議すらできない。
今日も、島根県ではイベントが行われているだろうが、現職の総理大臣はおろか、外務大臣や防衛大臣の姿はない。「南京の真実」同様、マスメディアも徹底的に取り上げない。
とある全国紙では「友情島」と名付けて韓国に渡せと夢をみる人がいるという。竹島の名を冠したものなら、たかが「まんじゅう」すら「韓国の反発があるから」と特許庁が差し戻したことも記憶に新しい。ならば、全国の「竹島さん」はどうするのか、ならば「独島まんじゅう」であればどうかという皮肉も、去年の日記に虚しく残っている。
「7」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。7
ほんの63年前、先人たちはどのような「想い」で、そして「覚悟」で散華したのか。生き残った日本人に、そしてその後進である日本民族に、この日本をどうのようにしてくれと、どうなってほしいと願いながら果てたのか。
『明日は竹島奪還のデモに参加する』
と言っただけで、なにやら危うい者、まさに軍国主義者のキチガイを見るような、この雰囲気は何なのか。英霊たちは、この呆けたような国を護るために、このような呆けた雰囲気にしてくれと、「靖国で会おう!」と散って行ったのだろうか。
子孫が平和に暮らせる日本を夢見て、それを信じて護国の鬼と化した英霊は、今、どのような気持で日本を見ているのだろう。
それでも尚、見守っていてくれると信じているのだが・・・・。
-
-
先日、届いた「飛燕対グラマン」を読む。
著者は「田形竹男」先生である。私は河内屋蒼湖堂氏(虹の会・顧問)の話で初めて知った。大正5年生まれの軍神の話である。聞けばご健勝であるとのこと。いつまでも元気で長生きしてもらいたい。そして、虹の親父がしてくれるこの先生の話は、私が大好きな話でもある。虹の会長も100%泣きながら聴く。
虹の親父は言う。
「いつまで、戦わせねばならないのか。田形先生はもう、92になる。いつまで・・・」
「8」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。8
田形准尉が嘉義駅にて、若き特攻隊員を見送るシーン。
私は、ここでひとまず本を閉じてしまった。とても、続けて読めなかった。
もったいないが、少しだけ書く。是非とも買って読んでもらいたい。
-
特攻隊の新聞記事を読みながら、田中上等兵が田形先生に質問する。
<「田形准尉殿、私たちが突入すれば、このように新聞に報道され、靖国神社に祭られますか。」
田中上等兵が照れたような顔で、あまりにも深刻な問題をいとも簡単に質問した。
「そうだ。君たちが任務を果たせば、下士官は少尉に、准士官以上は二階級進級する。護国の神として靖国神社に祭られ、民族の歴史が続く限りその名誉は讃えられるのだ。」
「そうですか、私たちが神になるのですか。立派に死なねば申し訳ないですね。」
十七歳から十九歳の少年飛行兵たちは頬を紅潮させて語った。なんと清純な魂であろうか。この子を育てた偉大なる母にあらためて敬意を表した。
「君たちの崇高な精神は民族の心の中に永遠に生きていく。また遺族は、精神的に、経済的に、国家と国民が責任をもって保障する。あとのことは心配するな。」
「はい。私たちは日本人に生まれた誇りと喜びをもって、ひと足先に死んでいきます。後のことは頼みます。」
私は、ともすればあふれ出ようとする涙を必死でこらえて、やっとこれだけのことを話した。こうしている間に、発車時間は刻一刻と近づいていく。
「おい、萩野伍長。君は昨日は、北港神社でなにを祈っていたかね。」
「はい、恥ずかしくて言えないのですが。」
「話せることなら話してくれ。」
「はい。笑わないでください。」
彼は恥ずかしそうに照れながら答えた。
「私は飛行機に一年半しか乗っていない。飛行時間も三百時間たらずで、空中戦をやってもまだ敵機を撃墜する腕をもっていません。しかし、同期生の先陣として、名誉ある特攻隊員を命ぜられた以上、大型空母か戦艦に命中するよう祈ったのです。空母や戦艦とは欲が深いと先輩から笑われはしないかと思ったので、話したくなかったのです。」
そう言って顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いている。
「お母さんに会って死にたい。恋人にも会って永遠の別れの挨拶がしたい」
このようなことを考えて祈ったであろうと思ったのに、自分の想像の低さが恥ずかしかった。>
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。9
田形先生は、この死にゆく若き、いや、幼き特攻隊員の「最後の祈り」を誤解していたと自らを恥じている。死にゆく己の短すぎる人生よりも、親兄弟、恋人友人に、二度と会えない辛さよりも、日本国のために大義を果たせるようにと祈る、この幼き特攻隊員の誇り高く崇高な魂に、今の日本人は何を想うのか。
この幼き清らかな魂が護ったものが、現状の日本、領土をぶんどられてもヘラヘラしている日本、同胞を拉致されても奪い返すことすらしない日本、金が全てだと傲慢に振舞う日本、多くの犠牲を出したあの戦争の戦因を、戦勝国の都合のいいシナリオに書き換えられて、気概を殺されたままの日本というならば、あまりにも酷な話ではないのか。
-
本日は「竹島の日」である。
戦意を高揚させよ。日本人。
屈辱を感じよ。日本民族よ。
太く唸れ。侍の子孫よ。
英霊の子孫よ。腐れ外道に獅子吼せよ。
多くの国民が「返せ」と叫べば国は動く。
ふと目覚めると、会社の部屋だった。時計をみると昼前になっている。
そうだった。
前日は工作員と遅くまで(というか朝早くまで)酒を飲んでいた。「竹島の日」ということで、それはもう、アルコールで円滑になった顎を高速で動かしながら、社会常識的範囲の暴力行為を用いて、瞼が重そうな工作員の意識を覚醒させつつ、話題は竹島から部下の悪口、ぱいおつの話からお客さんの悪口、嫁はんの悪口から感謝の言葉発表イベント、そして再度、ぱいおつの話で盛り上りつつも業界の話で盛り下がり、犬が好きか猫が好きか、ぱいおつの形と役割、働くぱいおつ、森林伐採とぱいおつ、ちきう温暖化とぱいおつの影響、中東和平とぱいおつ、ぱいおつと宗教、5分でわかるぱいおつ、アメリカのぱいおつ、京都の歴史〜ぱいおつ巡り〜、2015年ぱいおつはこうなる!、ぱいおつと生きる、ぱいおつ理事長の通う店ベスト20・・・いや、そもそも、ぱいおつとは人類にとってなんなのか、というか、こんな時間にこんなところで我々は大丈夫なのか、そして、とっておきの芋焼酎が残りわずかとなったとき、話題は違和感のないラブホテルへの誘い方などを経て、果てはお約束の上司の悪口へと移行し、ちょっとマテ、その「上司」を指すのは、実は私ではないかと気づく午前3時まで、白熱した飲み会は続くのであった。
東の空はまだ真っ黒だろうと窓を開けるも、工作員らの「寒い寒い」というアホポンタンなブーイングに負けて閉める私の優しさを確認し、好物の「めざし」が尽きた所で、私はサンドバッグにぶつかりながら、布団に寝転がって意識不明の重体(体が重いだけ)に陥るのであった。ぐうぐう。オ┌|・o・|┘ヤ└|・O・|┐ス┌|・.・|┐ミ└|・_・|┘
むぅ・・・もう、店が開いている。
フラフラと起き上がり、ヨロヨロと歩くも、夕べのようにサンドバッグにぶち当たってしまうと、また、今から熟睡してしまう可能性も否定できんところだ。ここは慎重に歩いてトイレットまで行くことにしよう。前よし。右よし。もぐら型イージス艦確認!どーん!
「2」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。2
サンドバッグは避けたものの、昨夜脱いだジャージで滑ってこける。まあ、ここで素人ならば、ひとりエルボードロップよろしく、肘を痛打するところであるが、その点、さすがは私であろう。慣性の法則に従って、そのまま背中から落ちるのである。まさにヒロ斉藤も真っ青のセントーンである。ひとりセントーン。寝起きのひとりセントーンである。
柔道で鍛えた「後ろ受け身」など、二日酔いの目覚めに繰り出せるほど私は三四郎ではないのだった。とりあえず怪我もない。さすがセントーン。息はちょっと止まる。
部屋を出ると、アルバイトの女の子がキョロキョロしていた。ははん。なにか、でかい音がしたのだろう。くっくっ・・・まさか、それがセントーン。私の「寝起きセントーン」だとは知る由もなかろう。くっくっ・・・若き乙女よ。キミの知らないことは、まだまだある。いい女になれよ。くっくっ・・・つつつ・・・・ぐっはっ・・
-
『おはやうございます!今日は竹島の日です!』
「いやいや、今日はねこの日です!」
『なぁにぃ〜〜??ぬこだぁ???』
http://www.asahi.com/life/update/0221/SEB200802210013.html
<猫ひな人形展示やハンコ作り 福岡で「猫の日」イベント>
全国各地の書店でセントーン食らわせて捕まったろうか?
<2月22日はペットフード工業会などが提唱する「猫の日」。「ニャン、ニャン、ニャン」の語呂合わせだという。猫にちなんだイベントが福岡・天神の丸善福岡ビル店で21日、始まった。>
なにを、クソ呑気な。貴様ら、こんな阿呆臭いもんをワザワザこの日にするということは、ちゃぁんと、犬の日もあるんだろうなぁ・・?ああぁ?なにぃ?あるだと??
11月1日だぁ?なんで、1月の11日ではないのだ?ふざけるな。
ぢゃあ、なんで「ぬこの日」を22月2日にせんのだ!!
ペットフード屋よ。
犬の日は11月1日でよし。「ぬこの日」は22月2日にしろ。
ったく、
「3」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。3
ともかく!!
2月22日は「竹島の日」である。
〜〜お知らせ〜〜
日本固有の領土『竹島早期奪還』の為、韓国領事館に対する抗議行動のご案内】
≪記≫
日 時:平成20年2月23日(土) 13時(少雨決行)
集合場所:靱公園・東園 四つ橋筋に面した辺り
(地下鉄四つ橋線本町下車28号出口 200m北)
出発時間:13時30分
コース:靱公園 → 四つ橋筋北上京町堀1丁目右折
→ 御堂筋平野町3丁目車道
→ 御堂筋西心斎橋2丁目大韓民國総領事館前 (時間 約50分)
→ 元町2丁目
→ 四つ橋筋50m北上
→ 小森ビル前流れ解散(終了予定時間:14時40分)
※デモ行進に参加される皆様は、過度に威圧感を与え敵対心を煽る言動・行動・印象は慎むようお願い致します。
※このデモへの参加については、予約等は必要ありません。現地集合・現地解散です。
私も参加する。
読者諸賢も買い物ついででいいから、一緒に少し歩こう。
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竹島奪還のためには、やはり、日本が「普通の国」になるほかない。あまりに当たり前すぎることだが、情けないことにそれすらを求めねばならないというのが、この国の現実なのだ。集団ヒステリーのように「軍隊っぽい」ものを蛇蝎の如く忌み嫌い、「あるのがおかしい」とか「不必要である」という極論が飛び交い、「臆病」とは「卑怯」であるということすら忘れ去られる現状、至極当然の議論である「核武装」などトンデモナイ話であると、誰も耳を貸そうともしないのが、この日本なのである。
「4」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。4
みよ。この阿呆丸出しを恥じることもない政党の党首を。
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/
<福島瑞穂ドキドキ日記>(笑
全文晒す。
<2月20日(水)
昨日。イージス艦と漁船が衝突をした。漁船は、まっぷたつになり、乗っていた2人の方が行方不明となっている。
イージス艦は、一隻が1200億円から1500億円する極めて高額なものである。日本は、5隻持っている。世界で持っている国は、アメリカ、日本、スペイン、ノルウェー、韓国だけである。
日本が、そもそも持つ必要があるのだろうか。
日本が、持つ始めたのはつい最近である。
しかも最新鋭のものなのに、漁船一隻避けることができないなんて。
「そこのけ、そこのけ、イージス艦が通る」となっているのではないか。
漁船がゆきかう海に、イージス艦は似合わない。
敵を攻撃することには、長けていても普通の漁船や人々に配慮するようにはできていないのではないか。
そして、防衛大臣に連絡がいくのに1時間半かかり、首相のところに2時間かかっているなんて、あいた口がふさがらない。
大したことないと思っていたのか、情報操作をしようとしたのかどちらかとしか思えない。
未だもって納得いく説明がついていないのも問題である。
防衛大臣の体をなしていない。
なだしおのケースの場合は、当時の防衛庁長官は引責辞任をした。今回も防衛大臣はやめるべきである。>
「5」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。5
信じられんだろうが、この阿呆は「イージス艦を持つ必要はあるのか?」と言いながら、ではなぜ、不必要なのかを一切説明しないのであるが、更には「防衛大臣まで連絡がいくのに1時間半もかかった!」とか言いながら、阪神淡路大震災の際における、腐れ左翼政党の眉毛ぼーん総理が「初めてのことぢゃったら・・・」などと、呑気なことを抜かして救助活動を遅らせたことは忘れているらしい。便利な脳味噌でいいね。
まあ、それは想定の範囲内としてもだ。私が驚愕するのは次の一文である。
「日本が、持つ始めたのはつい最近である。」
なんと、「持つ始めた」のである。通常の秋田弁であれば、「もつ、はずめた」と「始める」のところもナマリが混じるのだが、なぜだか、「持ち」だけを「もつ」という不思議なズーズ弁で発音するのだろうか。一度、「声を大にして」発音してみよう。
ぬほんが、もつはずめたのわ、さいきんずら。
おらがさみんとーは、いーずすかんは、いらねと、おもうずら。
どうだろうか。
ちなみに、今日付けの日記では、このさるさる日記のトップ女王のブログを絶賛している。ちなみに、それは勝手だ。こいつが阿呆なのも勝手だが、こんな阿呆が税金で喰うのはやめて欲しいと、私が思うのも勝手だ。いや、勝手ずら。やめれやめれ。やめてけれ。
「6」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。6
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日本固有の領土である「竹島」。
もう、55年以上も韓国に不法に支配されている。
無論、北方領土も尖閣諸島も、それぞれロシア・支那に実効的支配を許している。北朝鮮には国民を拉致されたまま援助を繰り返し、ようやく経済的に制裁するも、それすらを「解除せよ!」と叫ぶ勢力は国外だけではなく、国内にも、それも日本人でも叫ぶことが許されている。奪還どころか、その対抗勢力がマスメディアをはじめ、政界にも経済界にも跳梁跋扈する日本。日本の外務省はホームページで「竹島は日本の領土です」と一応書いてはいるものの、直接的な行動に出る気配すらない。マトモな抗議すらできない。
今日も、島根県ではイベントが行われているだろうが、現職の総理大臣はおろか、外務大臣や防衛大臣の姿はない。「南京の真実」同様、マスメディアも徹底的に取り上げない。
とある全国紙では「友情島」と名付けて韓国に渡せと夢をみる人がいるという。竹島の名を冠したものなら、たかが「まんじゅう」すら「韓国の反発があるから」と特許庁が差し戻したことも記憶に新しい。ならば、全国の「竹島さん」はどうするのか、ならば「独島まんじゅう」であればどうかという皮肉も、去年の日記に虚しく残っている。
「7」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。7
ほんの63年前、先人たちはどのような「想い」で、そして「覚悟」で散華したのか。生き残った日本人に、そしてその後進である日本民族に、この日本をどうのようにしてくれと、どうなってほしいと願いながら果てたのか。
『明日は竹島奪還のデモに参加する』
と言っただけで、なにやら危うい者、まさに軍国主義者のキチガイを見るような、この雰囲気は何なのか。英霊たちは、この呆けたような国を護るために、このような呆けた雰囲気にしてくれと、「靖国で会おう!」と散って行ったのだろうか。
子孫が平和に暮らせる日本を夢見て、それを信じて護国の鬼と化した英霊は、今、どのような気持で日本を見ているのだろう。
それでも尚、見守っていてくれると信じているのだが・・・・。
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先日、届いた「飛燕対グラマン」を読む。
著者は「田形竹男」先生である。私は河内屋蒼湖堂氏(虹の会・顧問)の話で初めて知った。大正5年生まれの軍神の話である。聞けばご健勝であるとのこと。いつまでも元気で長生きしてもらいたい。そして、虹の親父がしてくれるこの先生の話は、私が大好きな話でもある。虹の会長も100%泣きながら聴く。
虹の親父は言う。
「いつまで、戦わせねばならないのか。田形先生はもう、92になる。いつまで・・・」
「8」へ
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。8
田形准尉が嘉義駅にて、若き特攻隊員を見送るシーン。
私は、ここでひとまず本を閉じてしまった。とても、続けて読めなかった。
もったいないが、少しだけ書く。是非とも買って読んでもらいたい。
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特攻隊の新聞記事を読みながら、田中上等兵が田形先生に質問する。
<「田形准尉殿、私たちが突入すれば、このように新聞に報道され、靖国神社に祭られますか。」
田中上等兵が照れたような顔で、あまりにも深刻な問題をいとも簡単に質問した。
「そうだ。君たちが任務を果たせば、下士官は少尉に、准士官以上は二階級進級する。護国の神として靖国神社に祭られ、民族の歴史が続く限りその名誉は讃えられるのだ。」
「そうですか、私たちが神になるのですか。立派に死なねば申し訳ないですね。」
十七歳から十九歳の少年飛行兵たちは頬を紅潮させて語った。なんと清純な魂であろうか。この子を育てた偉大なる母にあらためて敬意を表した。
「君たちの崇高な精神は民族の心の中に永遠に生きていく。また遺族は、精神的に、経済的に、国家と国民が責任をもって保障する。あとのことは心配するな。」
「はい。私たちは日本人に生まれた誇りと喜びをもって、ひと足先に死んでいきます。後のことは頼みます。」
私は、ともすればあふれ出ようとする涙を必死でこらえて、やっとこれだけのことを話した。こうしている間に、発車時間は刻一刻と近づいていく。
「おい、萩野伍長。君は昨日は、北港神社でなにを祈っていたかね。」
「はい、恥ずかしくて言えないのですが。」
「話せることなら話してくれ。」
「はい。笑わないでください。」
彼は恥ずかしそうに照れながら答えた。
「私は飛行機に一年半しか乗っていない。飛行時間も三百時間たらずで、空中戦をやってもまだ敵機を撃墜する腕をもっていません。しかし、同期生の先陣として、名誉ある特攻隊員を命ぜられた以上、大型空母か戦艦に命中するよう祈ったのです。空母や戦艦とは欲が深いと先輩から笑われはしないかと思ったので、話したくなかったのです。」
そう言って顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いている。
「お母さんに会って死にたい。恋人にも会って永遠の別れの挨拶がしたい」
このようなことを考えて祈ったであろうと思ったのに、自分の想像の低さが恥ずかしかった。>
■2008/02/22 (金) 竹島の日に思う。9
田形先生は、この死にゆく若き、いや、幼き特攻隊員の「最後の祈り」を誤解していたと自らを恥じている。死にゆく己の短すぎる人生よりも、親兄弟、恋人友人に、二度と会えない辛さよりも、日本国のために大義を果たせるようにと祈る、この幼き特攻隊員の誇り高く崇高な魂に、今の日本人は何を想うのか。
この幼き清らかな魂が護ったものが、現状の日本、領土をぶんどられてもヘラヘラしている日本、同胞を拉致されても奪い返すことすらしない日本、金が全てだと傲慢に振舞う日本、多くの犠牲を出したあの戦争の戦因を、戦勝国の都合のいいシナリオに書き換えられて、気概を殺されたままの日本というならば、あまりにも酷な話ではないのか。
-
本日は「竹島の日」である。
戦意を高揚させよ。日本人。
屈辱を感じよ。日本民族よ。
太く唸れ。侍の子孫よ。
英霊の子孫よ。腐れ外道に獅子吼せよ。
多くの国民が「返せ」と叫べば国は動く。