虚構が現実を侵食する「代替現実」ゲームが人気

2004年10月21日

Daniel Terdiman 2004年10月21日

 13日(米国時間)に行なわれた米大統領選の第3回テレビ討論会のあと、テレビ画面の背景には、支持者たちが掲げるブッシュ=チェイニー陣営あるいはケリー=エドワーズ陣営応援のプラカードに混じって、1枚の場違いなポスターが映し出されていた。にっこり笑った蜂(写真)をマンガで大きく描いたものだ。

 同日夜、米CNNで討論会を見た人のほとんどは、おそらくこのポスターに気づきもしなかっただろう。しかし、『I Love Bees』というゲームの愛好者たちには、討論会の会場となったアリゾナ州立大学にいる同ゲームのプレイヤーたちからのメッセージだと分かったはずだ。

 最近、「代替現実」と呼ばれるジャンルのゲームが人気を集めつつあるが、その中でも最も新しく、かつ最も大規模なのがこの『I Love Bees』だ。このゲームでは、広範囲に散らばったプレイヤーたちが協力し、米国中で呼び出し音を鳴らしている多くの公衆電話を見つけ出して受話器を取る。すると、あらかじめ録音された質問が流れてくるので、それに正しく答えなければならない。

 すべての答えがそろうと、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』を思わせるインターネットのラジオシリーズの最新エピソードが解禁となり、熱狂的なファンたちに配信される。

 代替現実ゲームに関する情報と議論のためのネットワーク、『ARGN』を運営するスティーブ・ピーターズ氏は、『I Love Bees』について次のように話す。「このゲームは、双方向エンターテインメントの新しい形態だと思う。まだ生まれたばかりだ。これはストーリーテリングの新しい方法といえる。すでに小説や映画などもあるが、これらのゲームはフィクションの境界をやや曖昧にし、場合によっては現実世界を侵食することもある」

 『I Love Bees』に夢中で参加する人々にとっての魅力は、ラジオドラマの進行と配信に自分たちが携われることだ。この目的のため、プレイヤーは毎週ゲームのウェブサイトにログオンして、最新のヒントと電話がかかってくる公衆電話のリストを手に入れている。

 このサイトでは、各公衆電話のGPS座標と、電話が鳴る時間のリストを掲載している。ゲームの設計者たちによれば、これまでに『I Love Bees』のウェブサイトを訪れた人の数は、実数にして100万人以上にのぼるという。

 2552年の地球に住む6人の主要人物が来たるべき大戦争に備える、というのが物語の筋だ。公衆電話の質問に正しく答えるたびに、プレイヤーはごほうびとして新しいエピソードを30秒間聴くことができる。ストーリーが展開するにつれ、26世紀の地球が恐ろしいエイリアンの軍団に狙われていることが分かってくる。攻撃を防ぐには、過去に介入して未来を変えるしかない。

 一部のプレイヤーにとって、このゲームで最もわくわくすることは、ドラマの出演声優からの生電話に出られるという、めったにないチャンスがあるかもしれないことだ。声優は電話を取った人物に話しかけ、その会話はドラマに取り入れられる。

 「とても奇妙な感じだったが、楽しかった。それまでずっと録音ばかり聞いてきて、声優と話すのはまた全然違う体験だったからだ。声優の女性はとても素晴らしかった。私はもう夢中でゲーム世界にのめり込んだ。ほとんど度が過ぎるほどに。あのときは登場人物が本当に実在するように感じた」と語るのは、サンフランシスコ在住で、このゲームでは『hmrpita』というプレイヤー名を名乗っている『レノア』氏だ。

 すべての代替現実ゲームに共通している要素は、いわゆる「カーテン」と呼ばれるものだ。プレイヤーたちは、たとえ参加しているのが未来を舞台にしたフィクションであっても、まるでカーテンにさえぎられた中にいるように、その間だけ虚構の世界を現実と信じることができる。史上初の代替現実ゲームは『The Beast』というマルチメディア作品で、2001年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の映画『A.I.』の世界に入り込めるというものだった。

 このゲームの登場以来、代替現実というジャンルは、だいたいいつも進行中のゲームが4つか5つはあるまでに普及してきた。いずれのゲームでも、ゲーム設計者はプレイヤーたちを旅に連れ出す。その旅では通常、インターネットを使った探索、遠く離れた場所にいる他のプレイヤーたちとの協力、そして公共の場所で奇妙なことをする勇気などが求められる。

 『I Love Bees』のプレイヤーで、アイダホ州ボイシーに住むプレストン・ソーン氏(プレイヤー名『ウィーファン中尉』)は次のように話す。「われわれは全力で要求に応えている。一番最近の例では、250人の参加者が必要だったが、人数が足りなかった。とうてい目標を達成できそうになかった。そこでわれわれはショッピングモールに出かけ、公衆電話を見つけた。そして、(見知らぬ人々に)頼んで公衆電話のそばに立ってもらい、カメラに向かって敬礼してもらった。ここボイシーでは、60人余りの人々に敬礼してもらうことができた」

 こうした双方向性こそが、匿名で活動する『I Love Bees』の設計者たちに、1日20時間の作業を連日続けさせる原動力となっている。

 「このような形態のアートを興味深く、独自なものにしているのは、それが人々の集団的な力に依存している点だ。この種のゲームは、目的を同じくするコミュニティーの連帯感を呼び起こす。人々が集まって話をし、ともに頭を悩ませ、状況を理解しようと努めたり、ゲームの世界やストーリーにどっぷり浸ったりする……。そんな経験が3ヵ月ほども続くのだ。当然、実生活にも浸透していく。虚構の世界を信じることが小さな変化になり、ゲーム以外の生活やコミュニティーにも影響を及ぼす」と、ゲーム設計者の1人で『パペットマスター2』と名乗る人物は語る。

 『I Love Bees』のプレイヤー、ソーン氏にとって、現実との境を分けるカーテンの存在をはっきりと意識することは、ゲーム体験に欠かせない要素だ。ソーン氏は、登場人物の1人『スリーピング・プリンセス』の隠れ場所を発見し、連れ出したことで、プレイヤーたちの間で有名になった。

 「ゲームに参加し、次々と鳴る電話に出るために、プレストン・ソーンからウィーファン中尉――登場人物『メリッサ』が使命を果たすのを助ける、宇宙船『アポカリプソ』号のクルーの一員――へと変身するときはとても劇的な瞬間で、ゲームをいっそう楽しくしてくれる。ゲーム設計者であるパペットマスターの誰かと直接コミュニケーションを取るようなことがあれば、ゲームの面白みは減ってしまうだろう」とソーン氏。

 だが一方で、ほとんどのプレイヤーは、このゲームが完全に独立した作品でないことを知っている。実はこのゲームは、近く発売されるビデオゲーム『ヘイロー2』のプロモーション目的で作られたものなのだ。事実、『I Love Bees』のストーリーは、未来的なシューティングゲーム『ヘイロー2』のそれへと直接つながっている。『I Love Bees』の最初の宣伝は、映画館で上映された『ヘイロー2』の予告編の終わりに流された。

 しかし、『I Love Bees』に参加している人の大半は、そんなことを気にしていないようだ。

 「『I Love Bees』は、面白いシリーズ物の小説を読むのに似ている――毎回、スリルの連続だ。あまりによくできていて、ゲーム自体が楽しめるので、これが大々的な広告キャンペーンだという事実を忘れてしまう。『ヘイロー2』を購入してもしなくても、素晴らしい時間を過ごせるだろう」と、ARGNのピーターズ氏は言う。

 『ヘイロー2』を制作しているゲーム開発会社、米バンジー社の親会社である米マイクロソフト社に問い合わせたが、回答は得られなかった。

 『I Love Bees』の主要設計者たちは、マイクロソフト社の依頼を受け、『ヘイロー2』の販促活動の一環としてゲームを制作したことを認めているが、彼ら自身もまた、『I Love Bees』は完全に独立した作品だと主張する。

 「われわれが作っているのは、同じ世界の中の全く別の領域だ。部分的には、むしろ映画『カサブランカ』の再現を試みていると言ってもいい。6人の主要人物が、自らの人生に暗い影を落とす出来事に翻弄されながら生きている点が共通している」とパペットマスター2氏は述べた。

 それでも、『I Love Bees』シリーズはいずれ完結を迎える。ラジオドラマの最終エピソードは、多くの人が待ちかねている『ヘイロー2』の発売と同じ日に配信される予定だ。むろん、偶然ではない。

 「『I Love Bees』のストーリーは基本的に、『ヘイロー2』を購入してプレイするよう人々に促す作りになっている」とソーン氏。

 いずれにせよ、公衆電話は今も米国中で鳴り続け、さらにはオランダやイギリスでも鳴り始めている。中には、何時間も車を運転してまでゲームに参加する人もいる。あるプレイヤーなどは、フロリダ州を襲った超大型ハリケーン『アイバン』をものともせず、公衆電話にかかった電話に出た。公衆電話はその後まもなく倒壊したという。

 「何てことだ」とパペットマスター2氏は言った。「ハリケーンが来てるんだ。電話に出てる場合じゃないだろう」

[日本語版:福井 誠/高橋朋子]

WIRED NEWS 原文(English)

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