パラついていた雨がピタリとやんだ。坂井オーナー、真弓監督らが固唾を飲んでみつめる。張りつめたブルペン。球児の視線の先に矢野がいた。この臨場感がたまらない。体全体で味わった。そして、呼び覚まされた。
「50球を過ぎてからよくなってきた。矢野さんが来てくれたんで、(試合の)イメージができました。納得いくまで、投げることができました」
1球、2球…。乾いたミット音が響いた。正妻と今年初めての18.44メートルを隔てた“心の会話”。右腕をしならせるごとに、火の玉の威力は増した。78球目からは矢野がサインを出して、完全に実戦モード。気がつけば自身、今キャンプ最多の87球−。ノンストップで濃密な時間を終えた。
「僕が87球を投げたら、右ひじのリハビリがある矢野さんも87球を投げることになる。それが気になって、気になって…。申し訳ないです」。投球後、藤川はアイシング治療を受けている矢野をさがした。そして、ウエート室の出入り口で頭を下げた。
15日のWBC宮崎合宿集合へ、宜野座キャンプをひと足先に打ち上げた。坂井オーナーまで駆けつけた“大壮行ピッチ”。仕上げとして、オフに右ひじの手術を受けた矢野に、あえて頼んで受けてもらった。火の玉を誰よりも知る正妻にどうしても見てもらいたかったのだ。
頭を下げた藤川に「角度のあるボールが球児の特長や」「後半はホンマようなってきたで!」と返した矢野も熱意を受け取った。「俺と受けて、いい時のことを思いだすのもあるやろうし。より実戦に近い形で気持ちの入ったピッチングをさせてあげたかった。(WBCでは)球児自身の球を投げてもらいたい。打たれることはない」。
世界連覇に挑む侍ジャパンの守護神にとって、何よりのお墨付きだ。8日のフリー打撃で右内転筋を痛め、11日の日本ハムとの練習試合では、“15秒ルール”の適用を受けた…。一抹の不安を最後のセレモニーで解消できたのだ。
鍛え上げた体に、無敵の魂が宿った。旅立ちを前に虎ナインに「開幕を一番にやっていく」とあいさつした。もちろんV奪回へ弾みをつける世界一というデッカイおみやげを持って帰る。球児が覚醒した。(阿部 祐亮)