[掲載]2009年2月15日
■過去と決別する主人公・アメリカ・著者
電脳都市チバ・シティにサイバースペースで暗躍するコンピューター・カウボーイ。80年代、著者ギブスンは最先端テクノロジーと都市の猥雑(わいざつ)さが渾然(こんぜん)一体となった近未来を描き、サイバーパンクSFと呼ばれる新ジャンルを創(つく)りファンを熱狂させた。それから20年、ギブスンはSFの世界にとどまり続けてはいるが、新作に描かれているのは私たちのすぐ隣にあるちょっと冴(さ)えない日常の風景だ。
主人公は、人気バンド「カーヒュー」のヴォーカルだったが、バンド解散後、フリージャーナリストとして再出発しようとする女性ホリス。新しいメディアアート装置を取材する彼女の物語は、途中まで移民チトーと薬物中毒者ミルグリムというふたりの男性の話と並行する形で進んでいく。そして後半、「謎のコンテナ」をめぐって3人の人生は1本の糸に紡ぎ合わされていくことになる……。
現実と仮想現実とを重ね合わせる「臨場感アート」など、ギブスンならではの「ガジェット」と呼ばれる架空の小道具も登場するにはするが、初期の作品のようにきらめきを増す前に、失速して退場する。電脳空間やハッカーも顕在だが、それよりも「9・11」や「イラク戦争」のほうが重みを持つものとして扱われる。
SF空間でありながら、実際の現実以上の閉塞(へいそく)感さえ立ちこめる中、懸命に与えられた仕事をこなそうとするホリス。昔のバンド仲間に再会したり根強いファンに出会ったりする中で、彼女は過去を捨てて新しい自分を獲得できるのだろうか。本作品はひとりの女性の過去との決別と再生の物語としても読めるのであるが、それはまたアメリカや著者自身の物語とも重ねることができるかもしれない。
物語のクライマックス部分で、チトーがあるヴィジョンを感じるシーンがある。「いま、なにかが変わろうとしている。それがこの世界なのか、自分の人生なのかはわからない」。そして啓示が下る。「これを受けいれなさい」。ギブスンが同時代を併走してくれる幸福に、じわじわと身体が浸されていく。
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SPOOK COUNTRY
浅倉久志訳/William Gibson 米国生まれ。作家。現在はカナダ在住。
著者:ウィリアム・ギブスン
出版社:早川書房 価格:¥ 1,995
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