弁護人に付き添われ、面会室のドアを開けた。アクリル板の向こうに現れたのは、160センチに満たない丸刈りの男だった。06年4月、名古屋拘置所。満開だった桜も、葉が目立つようになっていた。
大阪、愛知、岐阜3府県で94年、男性4人が殺害されたとされる連続リンチ事件。2人目の犠牲者となった建設作業員、岡田五輪和(さわと)さん(当時22歳)の母(71)は、兄弟で一番仲の良かった弟(35)と、息子の命を奪った男に向かい合った。名古屋高裁で05年10月に死刑を言い渡された3被告(事件当時18~19歳、いずれも上告中)のうち、大阪府松原市生まれの元少年(33)だった。
元少年は1審の時から、10月7日の命日に合わせて毎年、手紙を送ってきた。
<犯してしまった過ちが大き過ぎてどうしたら良いのか解(わか)らず苦悩するばかりです>
拘置所の請願作業で蓄えた1万円余りの現金も届くようになった。もちろん、許せるわけはない。だが、謝罪の思いは伝わってきた。死刑判決後、元少年の弁護人から頼まれ、会ってみようと思った。
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少年らのグループによる五輪和さんへの暴行は、6時間以上にわたった。愛知県一宮市の木曽川の河川敷に放置され、息絶えた。所持品の中に、べっとりと血がついた10円玉が2枚あった。瀕死(ひんし)の体で電話をかけようとする姿を思うと、母は涙が止まらなかった。
面会室で、弟が事件の詳細を問い詰めた。元少年は記憶をたどり、小さく答えた。
「殴ってる時、気持ち良かったか」「そんなことないです」。「何発殴った?」「10発ぐらいです」
弟の口調はきつかった。ただ、自身も荒れていた時期があったといい、年を重ねての自分の変化も口にした。
「頑張って出て来い。出て来たら10発殴ってやる。指切りして約束しろ」。アクリル板越しに小指を当てた。
元少年をじっと見つめていた母も口を開いた。「頑張って償って。出て来たら線香の1本も上げて」。別れ際、母がふいに声をかけた。「握手をしよう」。アクリル板越しに、手のひらを重ねた。
◇
事件から10年余りを経て、初めて言葉を交わした遺族と加害者。元少年は「直接謝りたかった。それで済むとは思ってない」と、言葉少なに記者に語る。
一方、母の思いは複雑だ。「死刑になったら、それでおしまい。サワ(五輪和さん)の苦しみを(被告に)味わわせてほしい。そしたら人間の命はどういうもんか初めて分かる」。厳しい言葉を吐いた。
あの時なぜ握手しようと思ったのか。元少年を見ていて五輪和さんの姿が浮かんだのだという。
「けじめをつけた。いつまでも事件のことを思いよったら、自分が前に進まれん。もう(被告)3人の誰とも会いたくない」。線香を上げ、遺影に言葉をかける日々が続く。【武本光政】=つづく
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■ことば
「アムネスティ・インターナショナル日本」によると、死刑を維持する国・地域は59。廃止した国・地域は、10年以上執行を停止している「事実上廃止」を含め138。廃止が潮流になりつつある。主要先進国で維持するのは、日本と米国。欧州連合(EU)は、死刑廃止が加盟の条件。日本と同様、国民が裁判に参加し、量刑まで決めるフランスやドイツの国民が死刑を言い渡すことはない。
毎日新聞 2009年2月16日 東京朝刊