イラクやアフガニスタンに派遣された米兵が、武装勢力の手製爆弾攻撃で「見えない傷」を受ける問題が浮上している。オバマ政権はアフガン駐留米軍を最大で約3万人増派して倍増させる方針で、米兵の負傷者増加が懸念されている。ハイテク装備の米軍とゲリラ的に攻める武装勢力が対峙(たいじ)する「非対称の戦争」は、米兵の負傷状況にも未知の領域をもたらしている。【ワシントン大治朋子】
爆発による爆風は一般に、4種の損傷(爆傷)を与えるといわれる。
第1は急激な気圧の変化によるもので、空気を含む体内の肺や腸のほか、耳や目などが損傷を受けやすい。第2は、爆発で飛ばされる金属片やがれきによる外傷。第3は、爆風で地面にたたきつけられたり建物の倒壊などによる負傷。第4は、やけどなどだ。
イラク戦争開戦後の03年夏、武装勢力は即席爆発装置(IED)攻撃を激化させた。このため米軍は巨額の資金を投じ、地雷にも耐えうる装甲車を大量に購入。最新のヘルメットや防護服を導入した。その結果、イラクでは負傷兵の9割以上が命を取り留めるようになり、米軍の戦いはかつてない「生き残る戦争」へと変質した。
米兵の死者と負傷者の比率はベトナム戦争で1対2・6、湾岸戦争で1対1・2。イラク戦争ではこれが1対7・3となり、負傷者の割合が極めて高くなった。
ハイテク装備や戦場での高度な医療体制がもたらした変化と見られている。
だが一方で、遠隔操作により至近距離で爆発するIEDが放つ超音速の爆風は、外傷性脳損傷(TBI)という「見えない傷」を兵士の脳にもたらしていることが判明。「気圧の急激な変化」がもたらす爆傷の第1のケースに分類されているが、兵士の一般的な負傷としては過去に知られておらず、損傷の詳しいメカニズムなども分かっていない。
米兵は戦場で繰り返し爆弾攻撃を受けることが多い。過去の戦争では死亡していたような大規模な爆発も、戦闘服やヘルメットなどのハイテク化で生き延びるようになった。その結果、一人の兵士が繰り返し爆風にあおられることも多くなっているとされる。
戦争の長期化も、兵士の健康面に悪影響を及ぼしている。米国防総省が毎日新聞に開示した文書によると、01年10月以降、「テロとの戦い」に派遣された米兵は約180万人。
このうち派遣2回以上は約69万5000人で、3分の1以上を占める。派遣3回以上は18万人で、全体の1割。十分な治療を受けず繰り返し爆風にさらされることは、症状の固定化につながるとされる。
帰還兵の治療に当たるウェイン・ミシガン州立大のミリス教授は「爆風という凶器と、米軍のハイテク装備がぶつかり合って生まれた、新しいタイプの脳損傷だ」と指摘する。
ドイツ南西部にあるラントシュトゥール米軍病院で07年に約1カ月間、医療ボランティアとして働いた。毎日、米兵30~40人が負傷から8~24時間以内に運び込まれた。TBI(外傷性脳損傷)が疑われる米兵約150人の調査を行った。
IED(即席爆発装置)による負傷が大半だった。TBIの早期処置で重要なことは、損傷を受けた脳細胞が死滅せず回復できるよう、血流を促し適切な環境を作ることだ。
だが爆風によるTBIは、検知自体が難しい。精巧なMRI(磁気共鳴画像化装置)なら一部確認できることもあるが、磁気を使うので爆発で金属片が体内に入っている可能性のある兵士には使えない。画像で明確にとらえる技術は国防総省などが開発を進めているが、まだ研究中だ。
若い兵士なら自力回復することもあるが、一度被爆した人が再び爆風を受けると、TBIを起こす可能性は1・5倍に高まるというデータもある。イラクでは、負傷兵の半数以上が72時間以内に部隊に戻っている。学生スポーツでは、一度頭に衝撃を受けたら、頭痛など何らかの症状があるうちは試合に戻さない。兵士も何らかの症状がある限り、戦闘に戻るべきではない。
(イラク、アフガン)帰還兵への聞き取り調査によると、兵士は戦場で1年に200回前後のパトロールを行い、その過程で平均12~15回のIED攻撃を受けている。
帰還後半年から1年して「以前は普通にできたことができない」と相談に来る人が多い。簡単なことが記憶できず、職場を解雇されたり失業することもある。精神的に不安定になり、酒を飲みすぎて妻や子供との関係が悪化したり、光に過敏になるので暗い部屋に閉じこもり、戦争もののテレビゲームにふける帰還兵を多く見てきた。
自暴自棄になり自殺に走ることもあるが、兵士としての経歴に傷が付くと考えて治療せず、戦場に4回も5回も戻った者もいる。戦地には仲間がいて、すべてがルール化されているので日常生活より居心地が良いと感じてしまうのだ。
TBIの症状がありながら戦場に戻るのは危険だ。彼らには「命令が記憶できない君が行けば、仲間を危険な目に遭わせることになる」と説得している。兵士の帰還前には家族を集め、TBIのせいで別人のようになってしまうかもしれないことや詳しい症状を説明している。家族の助けがないと、この問題は乗り越えられない。
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■ことば
Improvised Explosive Device(即席爆発装置)の頭文字を取った略語で、武装勢力が不発弾や日常品で作る手製爆弾を指す。路上などに仕掛け、米軍車両が近づくと携帯電話などで遠隔操作し起爆させる。対人用の小型爆弾から、戦車を破壊するほど威力の強いものまである。手製のため、威力や機能が異なり一律的な対応は難しい。米軍は携帯電話の電波を妨害する装置を導入するなど対策を模索している。
毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊