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ThinkPadのデザインをルーツまで探ると、どうしても触れなければならない一人の人物名が浮かび上がってくる。リチャード・サッパー(Richard
Sapper)、その人だ。
ドイツ生まれ。1950年代にイタリアに移ったサッパーは、フィアットなどのデザインコンサルタントとして活動開始。1980年にIBMのデザインコンサルタントに就任、以来20年以上にわたり、その職にある。 |
―サッパーさんの経歴には、学校でデザインの勉強をされたわけではないことが書かれていますね。
リチャード・サッパー(以下RS)…そう。はじめはデザインをやろうなんて考えていなくて、ミュンヘン大学で哲学者か建築家になろうと勉強し始めた。後にデザインに関心がわいてきたけれど、最終的には生活のために経営学を学んで学校を卒業し、生命保険会社に就職した。その後、ウルムにバウハウスの流れを汲む工業デザイン学校が設立されて、そのパーティに出席したとき、そこで工業デザイナーたちと知り合い、そのままダイムラーベンツに雇われることになった。実は経営学の卒業論文も、デザインと経営の関係に関するものだったので、全く不案内な世界というわけではなかった。調査の方法を知っていたので、チーフデザイナーのもとでそういう業務をやったり、小さなデザインを担当したりしていた。
―その後サッパーさんはイタリアに移って、フィアットなどと仕事を続けていらしたわけですが、1980年にIBMとの関係が始まった経緯について、聞かせてくれませんか?
RS…ある日IBMのコーポレートデザインマネージャーだったウォルト・クラウスから電話をもらった。「会いたい」というので、すぐにミラノの私のオフィスに同じくデザインコンサルタントのポール・ランドら数人が尋ねてきて、死去したデザインコンサルタントの後任になってくれないか、ということだった。それで契約した。
―IBMのデザインコンサルタントというのは、どんな職種なんですか?
RS…デザインコンサルタントはIBMから独立したポジションにあるが、デザインと名のつくものにはなんでも関わる。というのは、1950年代にトーマス・ワトソン・ジュニアが、"Good
design is good business"(良いデザインは良いビジネスとなる)というコーポレートデザインスローガンを掲げたことにはじまり、IBMではデザインは重要な位置にあるからだ。
具体的にはオリベッティのタイプライターを見て、ワトソン・ジュニアが、エリオット・ノイズと契約してデザインプログラムを作ったのがはじまりで、その中にはポール・ランドのような人物もいた。
―具体的な仕事の内容は?
RS…3つある。一つは、デザインポリシーを発見すること。デザインの効果についてアドバイスしていくこと。これは純粋にアドバイザーとしての仕事だ。2つめは、デザイナーたちと共同でデザインワークを進めていく作業。3つめが、非常に小さい領域だけど、私自身が製品のデザインをすること。
IBMで最初にデザインしたのは縦型省スペースのタイプライターだが、これは生産されなかった。製品化されたのは、最初のラップトップであるPCコンパーティブルからだね。
―ThinkPadのあの「黒」は、どこから着想されたんでしょうか。
RS…まず第一に、黒がグレーよりいいと思ったから(笑)。というのは、当時のオフィスの機械の大半はグレーだったし、オフィスの中の色も白などが多かった。そういう中でパーソナルな製品であるThinkPadが、それらの色とコントラストをなすように考えた。第二に、私自身が黒をもっとも美しい色だと思っているからだ。黒はほかのあらゆる色と、美しいコントラストをなすことができる。第三に、黒は、そのものの形を空間の中でコントラストとして際立たせる色だ。たとえば日本のファッションデザイナー山本耀司(Y’s)のデザインを見ればわかるように、もっとも美しい体の線を、黒は表現することができる。
―ThinkPadのデザインについてはどうですか?
RS…これも色と関係するが、ThinkPadの外側はただ黒いだけのボディだが、中を開くと、その黒が、IBMのロゴやトラックポイントの色との対比をなすようになっている。これもコントラストが美しい。私のデザインでは、閉じているときと、開いているときのイメージの変化がもっとも重要だと考えている。最初は「シガーボックス(葉巻の箱)」と呼んでいたが、閉じているときは限りなくシンプルで、開くとそこから豊かな世界が広がる、そういう意味だ。ThinkPadもただの箱だが、一度それを空けると、中から多様な世界が広がっていくんだ。 |
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TAG HEUER“Microsplit520”(1976年)
キングサイズのタバコの箱のように上部のカバーを開くと、ストップウォッチの表示部と操作部が現れる。
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