グルノーブル・フット、夢への挑戦
【海外通信員】2006年10月04日

 9月29日(金)、グルノーブル・フット(フランスリーグ・2)のホームスタジアムであるスタッド・レデギエールは、観客の熱狂的な歓声で埋め尽くされた。キャパシティが1万人強のレデギエールがほぼいっぱいになるのは、前シーズンのフランスカップ、対リヨン(リーグ・1)のダービー以来だが、その日の観客のお目当てはリヨンのA代表レベルのスター選手たちのプレーだった。

 ところが、同日のホーム戦は様子が全く違った。対する相手はフランスリーグ・2で最下位3クラブを争っている小チーム、ブレストだ。私は入場待ちの観客があふれ返ったゲート前を人波にもまれて横切りながら、前シーズン第30節の対カーン戦のことをふと思い出した。

 当時のグルノーブル指揮官だったティエリー・グデ監督の突然の退任劇は、3月17日(金)の対カーン戦の直後に起こった。その日、インタビューを終えて会場を後にした日本人のメディア関係者は、ホームスタジアムの関係者出口で待ち構えていた一部のサポーターに罵倒された。

 「俺たちのグデがグルノーブルを去るのは、日本人経営者のせいだ!お前らもさっさと日本に帰れ!」

 私たちは、いたたまれない気持ちを抱えながらも、いずれグルノーブル・フットがいい結果を出せば、こんな罵倒も過去の話になるだろうと思い、気を揉むことをよした。

 あれから半年。思惑通り、当時のグデ監督を惜しむ声はもう過去のものとなった。そして、スタジアムの隅には、名前を読み上げられた途端に観客からブーイングを受けるブレストのグデ監督の姿があった。この試合の観戦のために集まった観客の目的は、もちろんグデ監督との再会などではない。現在リーグ・2のリーダーであるメッツ(リーグ・1から降格)を勝点22の2ポイント差で追い、シーズン開始早々2度もリーグ・2の首位に立ったグルノーブルが、この第10節の試合でホーム6連勝目(通算8試合負けなし)を決め、首位に返り咲く瞬間を生で見届けるためだった。

◆完全なシナリオ、再生したチーム

 新生グルノーブルの快進撃は、リーグ・2の開幕戦、対モンペリエ戦(3-2)でスタートした。2点をモンペリエに先制されたグルノーブルだったが、そのまま勝ちを信じ続け、大黒のロスタイム逆転ゴールによって初戦を痛快の白星で飾ったのだった。

 開幕戦で見せた「粘り強いグルノーブル」のイメージは、大黒のトリノ移籍後にも繰り返し登場し、やがてチームに定着した。

 9月8日(金)に行われた第7節の対クレテイユ戦(ホーム)は、最も象徴的だった。試合は0-1、相手のリードで折り返した。ガラリと戦略を変更したプーリカン現グルノーブル監督の思惑通り、グルノーブルは後半、たて続けに3点を叩き込み、一躍リーグ・2の順位表首位に躍り出たのだった。

 グルノーブル・フット創設以来の歴史的快挙に、グルノーブル市民も「ひょっとしたら、ひょっとするのではないか」と、自市のサッカーチームに少しずつ注目し始めた。今年の5月20日には市内を横断するトラム(市街電車)のC線も開通し、来年11月落成に向けて着々と工事の進む新スタジアムに沿って迂回(うかい)しながら、大学都市と街をつないでいる。

 「2部チームのために、こんなでっかいスタジアムなんて必要ない」。事あるごとに繰り返されていた、このようなスタジアム反対派の声も、今では全く聞こえなくなった。取って代わって9月7日に地元新聞の1面を飾ったのは、新スタジアムの名称を決める市民投票の結果だった。

 レキップ紙によれば、シーズンの四分の一を終えた時点で、上位3チームに入っているクラブが1部リーグに昇格する確立は、実に60 %という統計があるらしい。1年後の1部昇格も夢ではない、ということだ。新スタジアムの落成に合わせて1部の舞台へ。これほどの完全なシナリオがあるだろうか?


◆グルノーブルの強さは「野望」

 当時、グルノーブルの「アグレッシビテ(攻撃性)の弱さ」を繰り返し唱えていたグデ監督は、9月29日の試合に、完全なディフェンス重視の5-4-1の布陣で臨んだ。中盤の選手にも非常に低い位置でのプレーを指示し、守備の“2重の壁”"を築いただけでなく、ボール奪取のために攻撃的な接近プレーを仕掛けた。後半にはMFの1人がDFと交代し、DFが6人という異常事態となった。点を決めるつもりはないが、失点も避けたい。観客に"見応えのない試合"を約束する、敗戦を前提としたシステムだった。

 グルノーブルは、右サイドに攻撃的MFのジャジェジェ(リーグ・1、パリSGからのレンタル移籍)を投入した2トップの布陣で、グルノーブルペースの徹底的な攻撃を仕掛けた。しかし、古巣での敗北という屈辱を期する代わりに、試合放棄による勝点1獲得を選んだ"グデ城砦"を前に、中央左右から攻撃を挑んだグルノーブルだが、最後までゴールを割ることができないまま、試合は結局スコアレスドローで終了。ホーム勝利は5連勝でストップした。

これによりグルノーブルは順位表の3位に下がったものの、首位メッツとの勝点差はわずか2ポイント(10月上旬現在)。いつでも順位表のトップに躍り出ることができる位置で好機を待っている。

しかしグデ監督は、ひとつ大事な点を見落としていた。グルノーブルは、グデ監督の常とう文句だった「アグレッシビテ(攻撃性)の弱さ」を克服していたという点だ。現在まで、勝利を文字通り"もぎ取って"いる証拠として、グルノーブルは現在FLP(フランスプロサッカー協会)によるリーグ・2の「フェアプレー」ランキングの最下位に位置している。そして、ホームでの「勝利」ランキングではトップに立っている。

 ファールも厭わない攻撃性、かつホームゲームでの強靭さを持ち合わせたグルノーブルは、リーグ・1昇格を目標に挙げているリーグ・2のクラブの中でも、最も昇格に近い位置にいると言っても過言ではないだろう。「そんなチームを一言で表現するなら?」プーリカン監督は即座に「野望。そうだ、野望だ」と、静かに、しかし力強く繰り返した。


◆「地球」にやさしいサッカークラブ

 経営困難に陥っていたグルノーブル・フットは、2年前の2004年10月に、モバイルとITメディア事業を展開する日系企業インデックス社(本社・世田谷区)によって買収された。50%強の資本参加を経て、現在では96%の株式保有オーナーとなり、経営の中心的存在としてクラブを指揮している。
今年1月の大黒移籍を叶えてから(8月31日にセリエAトリノへ移籍)、日本だけでなく、フランス国内でも、グルノーブル・フットおよびインデックス社の知名度が大きくアップした。

フ ランスリーグ・2とはいえ、経営に関する監視の目は非常に厳しい。最近では、ストラスブールの前GMと前会長が、98年当時の選手移籍に関する不正取引の疑いで取り調べを受け、スタジアム立入り禁止の判決を受けている。また、オンラインカジノの会社をスポンサーに持つモンペリエとメッツの両クラブは、リーグ・1の10クラブとともに、9月15日のBwin社取締役2人の逮捕劇以降、フランス国内の賭博を独占管理するフランスくじ公社(FDJ)から、これら会社の広告の一切を禁止するという警告を受けた。

 このような背景の中、地域社会に根づいた健全なクラブ運営を目指しているグルノーブル・フットは、プロ契約を果たした選手を輩出した高レベルな育成センターを所有している。この育成センターには、先日アーセナル(イングランド・プレミアリーグ)の入団テストに合格した伊藤翔(18=中京大中京)も3度、研修滞在した。

 フランスの国家認可施設として98年に設立した育成センターは、10カ所の中・高・大学教育機関と提携を組んでいる。これに平行し、学校法人であるGF38(グルノーブル・フット)技術専門学校を併設し、各種の職業訓練課程を設け、学業とスポーツの両立を可能にしているだけでなく、スポーツ以外の職業機会を提供するべく、地元自治体との連帯に重点を置いた経営を展開しているのだ。

 グルノーブル・フットには、もう1つの側面がある。「地球にやさしいサッカークラブ」だ。現在クラブ事務所には、電気プラグによる充電式の電動スクーターが配備され、近距離の移動に利用されている。施工の進む新スタジアムは、周囲の環境に調和したデザインが採用されただけでなく、環境にやさしい建築素材を利用。駐車スペース確保のために伐採した192本の木の穴埋めとして、工事終了後に300本以上の植樹を行う予定である。また、微生物分解性プラスチックの開発に向けた事業計画もあるようだ。

 一見、「サッカー」と「環境」は相容れないもののように感じるが、その意外性の中に、長期的な目で先を見越したクラブ経営の斬新さを感じる。こうして少しずつ、しかし確実に市民権を得ているグルノーブル・フットは、不正や差別の話題に事欠かないサッカー界に新しい風を送り込んでいる。フランスサッカー協会副会長のミッシェル・プラティニ氏も、グルノーブルの動向を興味深く見守っているようだ。

 旧市街のとあるカフェのカウンターには、「GF(グルノーブル・フット)、リーダーに」という大きな見出しの躍った地元新聞の切り抜きが、額縁の中に納められ、小さく飾られている。地元市民の期待を追い風に、野望にあふれたグルノーブル・フットの夢への挑戦は続く。

(グルノーブル通信員 中尾裕子)

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