派遣切り・「社会が悪い」は本末転倒(下)

Voice2009年2月16日(月)09:46
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聞くところによれば、いま内定取り消しを行なった企業はわざわざ学生に違約金を払っているという。しかしかつてはバブル期に内定を五つも六つももらいながら、平気でそれを蹴った学生が数知れなかったのではなかったか。学生が内定を勝手に取り消すことには何のバッシングもしなかったのに、いま企業だけをバッシングするのはアンフェアである。

内定取り消しに対するさらなる議論は、「正社員の既得権益を守るためではないか」というものだ。これに関しては正しい面があろう。これまで連合は、いかに正社員の賃金を守るか、というその一点でしか行動してこなかった。その結果、八○○万人のパート労働者、三○○万人の派遣労働者の存在が無視されつづけた。

今回、御手洗冨士夫日本経団連会長が「ワークシェアリング」に言及したとき、連合の高木会長は歓迎の意を示したが、これも誰と誰のワークシェアリングかということだ。そのなかに非正規雇用は含まれていないだろう。

連合はまた、「働く」ということをすべてお金という一面でしか捉えてこなかった。「働く側の価値観」が多様化しているのに、どうやって個人に付加価値を付けていくのか、具体的には教育や人事制度をつくりあげていくのか、という側面を見落としたのである。付加価値を付けて質の高い人材を作り上げれば、それだけ高い給料を得ることができる、という因果関係にも無頓着であった。

規制強化という大間違い

そういう意味で、今回の金融危機は日本の雇用形態の変遷と背景を振り返り、そして未来へのビジョンを作り直す機会であるともいってよいだろう。

かつて日本にあったのは無職と正社員というカテゴリーだけで、そのあいだには何も存在していなかった。そこからアルバイトやパートというカテゴリーが現れ、さらには派遣という機能が登場した。それは先述した「働く側の価値観」の多様化と軌を一にしていた。

たとえば核家族で子育てを両親に任せられず、正社員という責任感を抱え込むこともできない女性に働き口を提供した。あるいは、ある資格を取るために勉強時間を確保せねばならず、正社員として働くことは難しいけれど、必要最低限の稼ぎは確保したいと考えている男性の力になった。

つまり派遣社員の増加はある意味で、社会的な潮流であったのだ。たしかに正社員の既得権を守るため、ロスジェネが憂き目を見た面もあったかもしれない。しかし多くの人々は個人の選択において、主体的に派遣という働き方を選び取ったのである。

その流れの延長上で、少し前までは、硬直化した終身雇用制度を脱却し、ある会社を辞めても次に転職できるような労働市場をつくろう、そうやって個人を幸せにしながら日本経済を活性化しよう、という流れがあったはずだ。それが金融危機の影響でうやむやになって、なぜなのか派遣労働の規制をどのように行なうか、という議論が行なわれようとしている。再びすべてを正社員にして終身雇用の時代に戻るのだろうか。厳しい解雇規制を足かせにしながら、これからの国際社会を日本企業は戦っていくのだろうか。

そもそもこの不景気が十年も続くわけはないだろう。なぜ短期的な視点にとらわれ、正しいと思った方向を貫き通すことができないのか。またあらゆる面で、小泉改革はダメだったという議論が行なわれ、規制緩和よりも強化が優先だといわれるが、それは本当に日本が進むべき方向なのか。

たとえば農業にしても、本当にそこで一○○万人の雇用創出を考えているのなら、農地法、農協改革などに対して徹底的な規制緩和を行ない、大企業が参入できるような体制づくりを急ぐべきではないだろうか。まだまだ規制緩和は緒に就いたばかりで、これからさらに細かい部分を含めて、徹底的に改革を進めねばならない。

巨人トヨタが赤字に転落するなど、産業構造が大きく変わるなかで、いま政治が考えるべきは「新しい産業創出」であり、そのためのビジョンである。そこで必要となるのが規制緩和か、それとも強化か、もう一度、政治家は考えてみるべきだろう。

選挙を気にして「格差を縮めよ! 弱者救済!」と叫んだり、定額給付金を「もらいますか? もらいませんか?」などという議論に終始している状況はナンセンスである。

目先の情勢に惑わされず、改革を進めるべきは進め、そのトレードオフとしてセイフティネットをつくり、はっきりとしたビジョンを示す。そのための気概がいまこそ、日本政治には求められている。


対論は楠正憲氏(国際大学GLOCOM客員研究員)の「ロスジェネを見捨てるツケ」です。
「ロスジェネ世代には最初から正社員の椅子など用意されていなかったのだ」「痛みを背負わされたのは若者だけ」などロスジェネ世代からのメッセージとなっています。

◇話題のテーマに賛否両論!は、gooニュースとVoiceの各編集部が依頼した論者がひとつのテーマを討論し、その本質に切り込むウェブニュース×月刊誌初の連携企画です。

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