売れるエロゲーは『ユーザーが参加する』
あれは1997年だっただろうか。晴海のコミケ会場で『ToHeart』関連のサークルが並ぶ中、やけにチビっこい連中が売り子をしてる机があった。
彼らは皆、小学生の男の子たちで、自分たちの作ったデスクトップ・アクセサリー集を3.5FDで売っていた。素材は『ToHeart』のメイドロボ『HMX−12“マルチ”』だった。
To Heart リニューアルパッケージ
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その時の僕は「すげー時代になったもんだなぁ」などと無責任に面白がっていたが、今思えばこの一事は、エロゲーの大きなトレンドが変わったことの象徴だ。
彼ら小学生たちが『ToHeart』をプレイしたのかどうかは分からない。だが、彼らがマルチというキャラで何かを作りたいと思い、また実際にそれを売ってもおかしくない空気があの年のコミケ会場には確かにあったのである。新館1Fは右を見ても左を見てもマルチだった。
エロゲーがエロゲーの外殻を突き抜けてあれほどのブームになったのは、この時が初めての現象だっただろう。これ以前にも『同級生』など同人サークルを多く抱えたゲームもあったが、あくまでもそれはゲームのファン集団内でのブームで、外側を巻き込んだとは言えないものだった(『同級生』の場合はメーカーが二次創作に非寛容であったせいもあるが)。
だが『ToHeart』では、ゲームをプレイしてない者が大量に参加することで、祭の規模が格段に広がった。覚えてる人は覚えてると思うが、あの当時の『マルチ本』『ToHeart本』は、奥付で「ゲームはプレイしてないけど、キャラが気に入ったので描きました」と書いてるサークルが多かったはずだ。マルチのコスプレをした女の子たちも、果たしてゲームそのものをプレイしたのかどうか…。まるでキャラクターとその世界がゲームから飛び出したかのように、コミケの一般ファンを巻き込んで、みんながマルチとToHeartに参加して楽しんでいた。これはエロゲーだけを作り続けていた(僕のような)古いエロゲー制作者には、まったく異常な事態だったのである。
だが、この時のLeafの対応は実に的確だった。不用意に二次創作を押さえ込もうとせず、逆に同人誌をファンディスクで紹介するなどして、ファンの盛り上がりを後押しした。このことが『ToHeart』のブームと、現在のLeafというメーカーのポジションを決定づけたと言っていいだろう。
エロゲーがエロゲーの外側に広がり、普段はほとんどゲームをやらない層を取り込むことが大ヒットに繋がるという最初の例が出来上がったのである。
さて、当ブログではエロゲーのユーザーを『10年早くWeb2.0の世界に行った人々』と定義づけている。現在進行してるWeb2.0的な事象の数々が、エロゲユーザーの間では10年前に始まったという仮説だが、そのことを1997年の『ToHeart』のブームに当てはめると、これは正に『参加のアーキテクチャ』そのものである。
ユーザーが参加することによってゲームのキャラや世界が確立し、ユーザー数の増加によってゲームの価値が高まっていくという好循環だ。そして、ユーザー数がある程度以上に膨らむと、ユーザー同士が相互作用を起こし、ブームはエロゲーの外側にまで拡大する。ゲームをプレイしてない人でも、普通に参加していい空気が出来上がるのである。
『ToHeart』でこの現象を起こした情報伝播経路は、間違いなくインターネットだ。1997年以前にコミケで起こった『キャプ翼』『セーラームーン』などのブームは、漫画やアニメという誰でも見られるメディアだったのに対し、『ToHeart』は18禁エロゲーだ。エロゲーの外側の人たちが知るきっかけはクチコミとネット以外にありえない。Windows95がリリースされ、インターネットが一般的となった97年にこのブームが起こったのは偶然ではないのだ。
参加のアーキテクチャによってエロゲーが大ヒットする条件をまとめてみよう。
1、インターネットによる情報伝播
2、ユーザーの二次創作をメーカーが積極的に支援
3、ユーザーが参加しやすい素材を使ったゲーム
3の『参加しやすい素材』とは、そのゲームに使われてるパーツのことだ。『キャラクター』『セリフ』『印象的な1シーン』『背景絵』『音楽』『声』『アイテム』など、ゲームとして組み合わさる前の素材のことである。
ゲームの面白さや難易度は関係ない。シナリオがどうかというのも関係ない。ハッキリ言ってゲームをプレイする必要すら無い。
ゲームユーザーとは違って、『ゲームをやらない人たち』には内容よりも『素材』が全てだ。そういう人たちへ強くアピールする素材があるか無いかが、エロゲーの外側にまで広がるような『参加のしやすさ』を決定する。
『マルチ』というキャラを最初に目にした時、エロゲー業界人や古強者のエロゲユーザーなら誰もが「なんて安直なキャラだ」と思っただろう。だが、それこそが外側へアピールする素材なのだ。
エロゲーは発売日直後に売り切ることが前提の商品と以前にも書いたが、それが身に染みついてる我々制作者は、一番最初に飛び込んでくるエリートユーザーを意識したものを作ろうとする傾向がある。つまり、目の肥えたお客さんを納得させたいと考えてしまうのである。『ロボットでメイドな女の子が同級生として転校してくる』という設定を使おうとしたら、ロボットとメイドと女子高生を融合させたデザインをあれこれ考え、キャラクターの背景を含めたいろんなアイデアを会議にかけて決定稿を選んだだろう。
だが、マルチはメカ耳をつけてホウキを持たせただけだった。
この違いが重要なのである。
ToHeart マルチ耳 FREE
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◎参加できるゲーム
ゲームを知らない人でもマルチは簡単に絵が描ける。
制服とメカ耳とホウキがあれば、誰にでもマルチのコスプレができる。
◎参加できないゲーム
完璧かつ複雑にデザインされたキャラは、ゲームを知ってる人しか描くことができない。
完璧かつ複雑にデザインされたキャラは、ゲームを知ってる人しかコスプレができない。
この『参加のしやすさ』はキャラクターだけでなく、ストーリーなどあらゆる部分に適用できる。
◎参加できるゲーム
他人にすぐ説明できるシンプルで明快なストーリー。
みんながよく知ってる素材(ロボット、メイド、吸血鬼など)。
同人のネタにしたい『印象的な1シーン』がある。
◎参加できないゲーム
プレイしなければ解らない複雑で奥深いストーリー。
そのゲームにしか出てこないオリジナルな素材。
完成度が高く、ネタにして遊べるようなシーンが無い。
制作者にとっては皮肉なことだが、エリートユーザーの肥えた目よりも、普段はゲームをプレイしない人たちのことを意識した方が『売れるゲーム』に近づけるのである。
もちろん、近づくだけではなく、本当に売れる結果を残すにはゲームの内容が大切なのは言うまでもない。肝心のゲームがダメでは、せっかく参加してくれた人たちが逃げ出してしまうからだ。そんな風に発売前だけ盛り上がったセンチギャルゲーが昔あったことを覚えてる人も多いだろう。
『ToHeart』以降、ユーザーの参加によって大ヒットした作品は『Kanon』『月姫』、エロゲーではないが『ひぐらし』などが思い浮かぶ。誰もが知ってるお馴染みのゲームだ。同人や新規メーカーがいきなり大当りを出すには『参加のアーキテクチャ』の助けが必須と言えよう。
逆に言えば、既存のメーカーであっても『参加のアーキテクチャ』の条件を満たせば、大ヒットの可能性が生まれるということだ。
例えばAugustは非常によくこの条件を満たしてる。
1、オフィシャル・サイトでRSSを導入したり、Webラジオが無料で全部聴けたり、使いやすく多彩な絵素材(メーカーのロゴが入ってない画像←重要! 透過GIFのチビキャラなど)を無料配布したりと、ネット情報が質・量ともに充実してる。
2、二次創作のガイドラインが分かりやすく、同人支援の方針を打ち出している。
3、参加しやすい素材だけを組み合わせた、参加しやすいゲームを制作してる。
これらの結果が↓このサイトである。
August Dojin Data Base
見ての通り、数えるのも嫌になるほど大量のオーガスト系同人サークルだ。
エロゲー業界人や、エロゲーに詳しい人ほど「なぜAugustが売れるのか解らない」とよく言うが、Web2.0のキーワード『ユーザー参加』の視点で見れば、Augustは売れるのが当然のメーカーであり、その理由もまた明白なのである。