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地銀の危機と道州制/上野泰也(みずほ証券チーフマーケットエコノミスト)

Voice2月16日(月) 12時49分配信 / 国内 - 政治

◇「290円弁当」の経済格差◇

「道州制」という言葉を聞くとき、東京や大阪で働いている人の多くは、「地方自治拡大」「地方分権推進」といった前向きなイメージを、まず漠然と抱くのではないだろうか。

 外国の州は、権限が大きい。連邦制国家である米国では、連邦法に反しない範囲内で、州ごとに特色のある法律が制定されている。米国の最大手生保AIGの経営危機が発生して注目されたように、米国では保険会社の監督は現在、各州当局に委ねられている。また、やはり連邦制国家であるドイツでは、各州政府の代表が連邦参議院(上院)を構成している。州政府のトップは州首相と呼ばれ、その下に州財務大臣などの閣僚がいる。

 日本では、政府の地方制度調査会が2006年2月28日、小泉純一郎首相(当時)に「道州制のあり方に関する答申」を提出した。答申は道州制の検討の具体的な方向として、「地方分権の推進及び地方自治の充実強化」「自立的で活力ある圏域の実現」「国と地方を通じた効率的な行政システムの構築」の3点を掲げた。

 しかし、マーケットで働いており、銀行や信用金庫など地方金融機関からナマの声を聞いたり、実際に現地に出張して地方経済の実情を目にしたりする機会の多い筆者は、「道州制」という言葉を耳にすると、「人口減少・少子高齢化で経済的に苦しくなるなかでの一種のリストラ策」「地方中核都市への需要集中・周辺地域の地盤沈下といった実情に行政組織を合わせようとする動き」といった負のイメージを、まず抱いてしまうのである。

 08年11月上旬、ある地方金融機関で経済・金利見通しについての講演を行なうため、鹿児島に出張した。多忙な身ゆえ、飛行機で日帰りという、じつに慌ただしいスケジュールだったのだが、少しでも地元経済の実情を見聞しようと努めた。

 タクシーの車窓から見えた黄色い看板に「290円お弁当」とある。あまりの安さに驚いて運転手に尋ねると、「鹿児島市内に3店舗あり、テレビでも紹介されたので、なかなかの人気です」「弁当の種類もけっこうあります」「売り切れたらその時点で閉店しますよ」とのことだった。夕刻の便で東京に戻る前、空港バスが来るまでのわずかな時間を利用して、その店まで歩いて行ってみたところ、本当に売り切れて閉店したあとだった。

 筆者は、日本の人口減少・少子高齢化を背景とする国内需要の持続的な減少と、経済の過剰供給体質温存とが組み合わさった構図を重く見ており、日本経済の「デフレは終わらない」というのが持論なのだが、この290円という安さには、さすがに驚いた。帰京後にインターネットで調べてみると、写真付きで実際に弁当各種を食べてみた人の応援ブログもある。

 東京では、浅草で見かけた一律350円の弁当屋が、筆者の知るかぎりでは最安値である。鹿児島では店舗スペースを借りるコストが東京よりもはるかに安くて済むのだろうが、それにしても、食材の原価や人件費を考えると、利益はどのくらい出るのだろうかと思う。いずれにせよ、弁当の最安値水準の「格差」からも、より厳しい状況に地方経済が置かれていることがわかる。

 もう1つ、出張先の鹿児島で筆者が「発見」したのは、九州南端の県であるにもかかわらず、北端にある大都市福岡へと、購買需要が流出しているということだ。

 空港バスが出るのと同じバスターミナル内に、福岡行き高速バスの発着所がある。驚いたことに、鹿児島〜福岡の高速バスは1日24往復。所要時間はJR鹿児島中央駅から天神まで3時間47分。料金は片道5300円だが、4枚つづりの回数券を買うと3750円になる。

 地元の人によると、鹿児島を朝出発して福岡で買い物をして夜に戻ってくる人は、週末を中心にけっこう多いという。鹿児島中央〜新八代間で部分開業している九州新幹線で福岡に出向く人も増えている。2011年に新幹線が全線開通すると、福岡まで買い物に出掛ける所要時間は最短1時間20分まで短縮されるので、需要の流出は一段と進む可能性が高い。

 こうした地方圏のなかで、周辺部から中核都市へと需要が集中する現象は日本各地で観察される。たとえば、東北地方では仙台が「州都」の様相を呈しており、山形県や福島県から運行本数が多くて安い高速バスを利用した買い物客が、大量に流入している。

 調べてみると、山形から仙台への高速バスは1日72便、所要1時間10分で、片道900円だが、6枚つづりの回数券を買うと約760円になる。福島から仙台駅へは1日150便以上も出ており、所要時間・料金ともに、山形から仙台とほぼ同じである。

◇経営統合や合併で救われるか?◇

 先日、ある九州の地方銀行副頭取と面談する機会があった。開口一番、筆者に投げ掛けられた言葉は、「地方経済は崩壊しつつあります」という、じつに率直な現状認識だった。

 人口減少・少子高齢化が進むなかで、着実に縮小している県内需要と、中小企業を中心とする地場産業の衰退。高速バスの事例ですでに触れたような、地方経済圏のなかにおける中核都市への一極集中傾向と、その他地域のジリ貧傾向。中長期的に伸びていく可能性が高いアジアを中心とした海外需要に頼ることができる輸出関連産業の工場立地が幸いにもある地域と、そうした工場立地がない地域とのあいだの経済格差拡大……。

 地銀64行の2008年11月末現在のバランスシートで主要勘定を見ると、負債の最大科目である預金は約196兆円。これに対し、主な資産は、貸出金が約151兆円、有価証券が約57兆円となっている。地方経済の沈滞を背景に企業などの資金需要が乏しいことから、現在は、預金よりも貸出金のボリュームが小さく、余資は国債を中心とする有価証券で運用する傾向が強い。

 しかし、将来はどうなるか。

 老後に備えて地元民がこつこつ積み上げてきた預金は、そうした人びとが現役を引退すると、年金額を上回る消費支出に充てる目的で、着実に取り崩されていく。つまり、預金者の高齢化が進行するとともに、金融機関が受け入れている個人預金の総額は、減少していくことが避けられない。

 一方、地域の経済規模が趨勢として縮小していくとすれば、地元企業向けを中心とする貸し出しもまた、減少が避けられないだろう。住宅ローンについては、いわずもがなである。

 海外に積極的に進出して収益機会を得ようとすることも、一部の大手地方銀行を除き、現実問題として難しい。内外大企業向けシンジケートローン(協調融資)に参加するという手法もあるが、貸出残高を増加させる効果も、収益への貢献度合いも、ともに限定的である。

 結局、負債と資産の両方から、地方金融機関のバランスシートは縮小均衡のプロセスをたどることになると予想される。これでは、副頭取が中長期の明るい展望を抱けないのは当然だろう。

 そこで問題になってくるのが、地方金融機関の企業としての中長期的なサスティナビリティー(持続可能性)と、経営統合や合併を通じた大幅なコスト削減による生き残り模索という選択肢である。このところの「道州制」導入論の強まりについて、経営統合や合併といった業界再編を促すための政府のキャンペーンの一環なのではないか、といった声を地方金融機関の関係者から聞くことも少なくない。

 日本には都道府県が47ある。これに対して、地方金融機関の数は非常に多い。地方銀行は先に述べたように全部で64あり、1県に約1.4行という計算。また、第2地方銀行は44、信用金庫は279。ほかに信用組合やJAバンク(農協)、ゆうちょ銀行のネットワークもある。

 長い目で見れば、経済の縮小均衡に歩調を合わせて、金融機関の数は減少していかざるをえないだろう。

 しかし、そうした金融機関の数が減少していくプロセスが、混乱なく円滑に行なわれていく保証はまったくない。日本の不良債権問題当時の経験でも、今般の世界的な金融危機でもそうだが、個々の地方金融機関は生き残りを図り、ぎりぎりまでさまざまな努力を続ける公算が大きい。

 市場運用で高いリスクをとって「一発逆転」を狙うケースも出てくるだろう。読みが的中すればよいが、安定的な収益基盤ができたわけではないことから、問題の先送り、つまり生存期間の1回限りの延長にすぎない。

 努力空しく経営破綻に陥った場合、預金者に対しては預金保険というセーフティーネットはあるものの、その金融機関の営業地域に一定の経済的悪影響が及ぶことは避けられない。地方金融機関の経営破綻の発生が散発的なものにとどまればよいが、たとえば景気後退局面において連続的あるいは連鎖的に発生するというようなことになると、国全体の経済に悪影響が及ぶ懸念が出てくる。

 金融行政の側に、「将来予想される事態に受け身で対応するよりも、危機発生の事前予防的な意味合いで地方金融機関再編をある程度積極的に進めておきたい」「『道州制』の下で地方行政・立法の統合を推し進めるのと連動して金融機関についても統合を促しておきたい」といった意向があってもおかしくない。ただし、経営統合や合併で重複するコストを削減することで経営体力が強まるという利点がある一方、営業基盤が拡大すればするほど「地元密着」という地方金融機関固有のよさが失われてしまう恐れが増大する。

 地方経済の実情から目をそらしたまま、地方分権拡大といった政治行政の観点からでのみ「道州制」の議論が行なわれるとすれば、それはけっして望ましい姿ではない。同様に、地方経済の実情を十分に認識しており、本当の問題意識はそこにあるものの、あえて経済に焦点を合わせず、地方分権推進論をいわば隠れ蓑にして「道州制」の議論を進めようとするのならば、それはフェアな政策論議とは言い難い。

 地方経済の現実の姿と将来像を真正面からとらえ、かつ議論の中心にきちんと据えたうえで、「道州制」導入の論議は行なわれていくべきだと考える。

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  • 最終更新:2月16日(月) 12時49分
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