「心の遠きところ花静なる田園あり」。岡山市出身の児童文学者坪田譲治が、色紙などによく書き付けた言葉だ。
譲治ほど少年時代の思い出を大切に温め続けた作家はいないのではないか。「坪田譲治展」が、岡山市の吉備路文学館(四月二十六日まで)と岡山市デジタルミュージアム(今月二十二日まで)で開かれている。
譲治の回想記を素材に作品世界を再現した文学館の展示が興味深い。春は重箱にごちそうを詰めて舟遊び。夏はフナやドンコツなどの魚取りに夢中になった。彼が創造した善太と三平の世界そのものだ。
デジタルミュージアムは、母校である石井小学校で譲治が行った講演の映像が面白い。譲治の出生届を役場に出すのを忘れていた両親、村に現れた米泥棒の話などユーモアたっぷりで、何とほのぼのとした時代だったのだろう。
譲治の生まれ育った岡山市島田本町を歩いてみると、今は町工場や民家、商店が立ち並ぶ普通の下町だ。田んぼはなくなって、子どもたちが遊びに興じた川はコンクリート護岸に変わり魚も少なそうだ。
善太と三平が駆け回った野趣あふれる世界は物語の中にだけ存在するのだろう。自然に触れる機会が減っている今だからこそ、子どもたちに坪田文学の魅力にたっぷりと触れてもらいたいと思う。