投稿日：2009-02-07 Sat
今回は、（２）賃料不払による建物賃貸借契約の解除に関する法律等についての基礎知識編。賃貸借契約において賃料支払義務は借主の最も基本的かつ重要な義務ですので、滞納が続き未払賃料を支払うよう相当期間を定めて催告してもなお支払がない場合には契約解除権が発生することになりますが（民法５４１条）、土地・建物の賃貸借契約に関しては、賃貸借は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約関係なので、賃料不払等があっても当事者間の信頼関係を破壊するに至らない事情のあるときは解除権の行使は許されない、という信頼関係破壊の法理によって解除が制限されています（最高裁昭和３９年７月２８日判決・民集１８巻６号１２２０頁等）。
信頼関係が破壊されるに至っているかは、不払期間・不払金額・過去の支払状況・不払に至った事情・催告の状況・借主の支払能力・催告ないし解除の意思表示後の借主の対応などを考慮して総合的に判断されます。
この信頼関係破壊の法理は契約解除に関する特約があるときでも同様で、例えば「賃料を１ヶ月でも滞納したときは無催告で契約を解除できる」旨の特約（無催告解除特約）や「賃料の支払を１ヶ月分でも怠つたときは賃貸借契約は当然解除となる」旨の特約（失権約款）は、後述のように信頼関係破壊の法理により効力が制限されます。
ところで、賃料不払や用法遵守義務違反等を理由として賃貸借契約を解除するには、特段の事情がない限り、義務違反状態を解消するよう催告してからでなければ解除できませんが（賃料不払につき最高裁昭和３５年６月２８日判決・民集１４巻８号１５４７頁）、逆に言えば、特段の事情があれば無催告で解除できるということであり、信頼関係破壊の法理の裏返しとして、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあった場合には無催告で解除できるとされています（用法遵守義務違反につき最高裁昭和２７年４月２５日判決・民集６巻４号４５１頁等）。
（１）契約解除に関する特約がない場合。
上記のように、賃料不払があったとしても信頼関係を破壊するに至らない事情があるときは解除権の行使が許されません。借家に関しては、裁判例・実務ではだいたい以下の基準で運用されているようです。
�＿板舵塋В吋�月分（滞納１日〜１ヶ月以内）。
不払１ヶ月分での解除はよほど特殊な事情がなければ無理で、解除が認められることはまずありません。
��家賃不払２ヶ月分（滞納１ヶ月１日〜２ヶ月以内）。
不払２ヶ月分でも信頼関係を破壊したというにはまだ少し早く、いま現在賃料を滞納しているというだけでは解除は認められないのが普通です。ただし、過去にも度々支払が遅れ契約解除寸前までいったことがあるとか、大量のゴミを借家内に溜めたりする等の問題行為を続けているとか、夜中に大音量で音楽を聴いたりする等の近所迷惑行為を繰り返した等、いま現在賃料を滞納しているということ以外にも信頼関係を破壊するような事情があれば、総合的判断の結果、信頼関係を破壊したといえる程度に至っているとして解除が認められることもあるようです。
�２板舵塋В灰�月分以上（滞納２ヶ月１日以上）。
不払が３ヶ月分以上になると、未払賃料を支払うよう催告しても支払いがなければ解除が認められることが多いようです。ただし、過去の支払状況や不払に至った事情等によっては信頼関係が破壊されるまでには至っていないとして解除が認められない場合もあります。
（２）無催告解除特約がある場合。
無催告解除特約は、賃料が期日に支払われず、このため解除にあたり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情がある場合には無催告で解除できることを定めた特約という範囲で有効とされます（最高裁昭和４３年１１月２１日判決・民集２２巻１２号２７４１頁）。
（なお、この判例は消費者契約法施行前のものですので、現在では消費者契約法１０条により特約自体無効とされたり、効力がさらに制限されたりする可能性はあります。）
この最高裁判決では家賃滞納５ヶ月分なら他に無催告解除を不合理とする事情がなければ無催告解除できるとしていますので、「催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」とは、長期にわたる賃料不払があり賃料不払状態を解消する機会を与える必要がないと考えられるほどに信頼関係を破壊したと言えるような場合等をいうと解されています。
催告しての解除なら認められるという程度の事情では足りませんので、不払１ヶ月〜２ヶ月分では過去に賃料支払が遅れ契約解除となったものの明渡請求訴訟中に賃貸借契約を継続する旨の和解をした際に無催告解除特約を設けたのに再度滞納が続くようになったとか、契約解除にまでは至らなかったものの賃料支払が遅れるたびに貸主が強く催告してようやく支払われるということが何度も繰り返されてきた等の事情がなければまず無理で、不払３ヶ月分でもそれだけではまだ少し早く、不払４ヶ月分なら出来るかもしれないというところです。
なお、実務では、「催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」の有無でもめると面倒ですので、相当長期にわたる賃料不払があり、まず間違いなく無催告解除が認められるというような場合や、無断転貸など賃料不払以外にも信頼関係を破壊する事情があり、いまさら未払賃料を払ってもらったとしても賃貸借契約を継続するつもりはないというような場合等でなければ、無催告解除は行わずに催告してから解除をするのが普通です。
（３）失権約款がある場合。
失権約款があるときでも、信頼関係が賃貸借契約の当然解除を相当とする程度にまで破壊されたとはいえないような事情がある場合についてまで当然解除の効力を認めたものではない、とされています（最高裁昭和５１年１２月１７日判決・民集３０巻１１号１０３６頁）。
（なお、この判例は消費者契約法施行前のものですので、現在では消費者契約法１０条により特約自体無効とされたり、効力がさらに制限されたりする可能性はあります。）
失権約款は、賃料不払により契約解除となったか解除寸前という状態にまで至ったものの賃貸借契約を継続するという合意がなされた際に設けられるのが通常ですので、過去にそういう状態になったということを考慮する必要がありますが、賃料支払が遅れた事情等々によっては当然解除になったものとは認められないこともあります（最高裁昭和５１年１２月１７日判決・民集３０巻１１号１０３６頁）。
新規の賃貸借契約で失権約款が設けられることもありますが、無催告解除特約による無催告解除が認められる場合よりさらに著しく信頼関係が破壊されたといえるような事情がなければ失権約款による当然解除は認められませんので、不払１ヶ月分で当然解除が認められることはほぼ皆無、不払２ヶ月分でもまず無理、不払３ヶ月分でもかなり厳しく、不払４ヶ月分でもそれだけでは当然解除が認められるのは少し難しいのではないかと思います。
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