ハンセン病の元患者で、岡山県瀬戸内市邑久町虫明の国立療養所長島愛生園に暮らす全盲の歌人、谷川秋夫さん(85)=加西市出身=が初めての随筆集「道ひとすじ」と詩集「梅擬(うめもどき)」を出版した。故郷への思いや療養所での日常をつづっており、谷川さんは「生きてきた記録を残したい。(本を通じ)ハンセン病の歴史や現状を分かってもらえればうれしい」と話している。
谷川さんは1938年3月に14歳でハンセン病と診断され、同7月に長島愛生園へ入った。同年、園内で配給事務係をしていた同僚から熊本県のハンセン病療養所「菊池恵楓(きくちけいふう)園」入所者の歌集を借り、発病後に両親との別れを詠んだ歌に感銘を受けて短歌を始めた。43年2月に病状が回復して帰省。製鉄会社に就職し、旧大検に当たる専検にも合格したが、同年5月末に病気が再発。東京の多磨全生園に入園した。
太平洋戦争さなかの44年9月、故郷近くで療養しようと長島愛生園に再入園した。東京から向かう途中に実家に寄ると、兄から「帰ってきたら困る。畳の上にあげたらあかん」と言われ、四十九日を終えたばかりの父の位牌を抱いて泣き明かした。翌朝早く出発する時、母が大きなおにぎりを作って見送ってくれた。「二度と会うことはない」と思い、少し歩いては振り返りながら、実家を去った。岡山市に到着後、岡山後楽園で母のおにぎりを食べようとして、涙が流れたという。
戦後、治療薬プロミンで病気は完治するが失明。創作活動から遠ざかっていたが、56年ごろから短歌や詩を本格的に作り始め、93年には宮中歌会始に入選した。これまでに歌集や歌文集を3冊出版している。
随筆集は62年から、詩集は64年から08年まで書きためた作品で構成しており、長島とハンセン病の歴史を詠んだ詩「邑久長島大橋よ 永遠なれ」などがある。
谷川さんは今回の出版に際して、「新しき詩集と随筆集を萎(な)えし 両手に抱くこの喜びや」と詠んでいる。
「道ひとすじ」は2200円、「梅擬」は1700円。問い合わせ先は谷川さん(0869・25・2036)。【椋田佳代】
〔播磨・姫路版〕
毎日新聞 2009年2月13日 地方版