「この街で夜を明かしているはずだ……」。ネオンが輝く東京・池袋のサンシャイン通り。今年8月下旬の夜。駅に向かう人の流れに逆らうように、ワイシャツ姿の千葉県警捜査員3人が歩く。捜す相手は、英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)殺害事件で昨年3月から指名手配されている市橋達也容疑者(29)。「似た男を見た」という情報が数十件、池袋で集中してあり、千葉から約20キロの道のりを車で駆けつけた。夜通し歩き、朝までに駅東口に12カ所ある漫画喫茶をしらみつぶしに回る。
これまで、新宿、渋谷、池袋……。飲食店から風俗店、ラーメン屋、ラブホテルまで、店と名が付く数万店をすべて回った。6月中旬からは、狙いを漫画喫茶に絞った。6時間パックで1000円から。この街で一夜を明かすためには、金はさほどかからない。
市橋容疑者は千葉大在学中の04年、窃盗事件で逮捕されたことがある。事件当時、「おれが警察に捕まるわけがない」と周囲に言っていたという。「あいつは、時効まで逃げ切る自信を持っているはず」。捜査員らは確信している。
◇ ◇
大阪府警で手配容疑者を捜す見当たり捜査員(39)は、先輩から、「目元を追え」と言われてきた。目元は、いくら変装しても変わらない。全国の手配分で500人の顔写真をノートに張り、それを毎日見て覚える。写真には、たくさんの捜査員の魂が入っている。被害者の無念もある。その思いで日々見ると頭に入ってくる。
06年9月、大阪・豊中の無職女性(22)が自宅マンションで刺殺された事件で、指名手配されていた男(22)を追って北海道・ススキノに向かった。タクシーの後部座席に乗った男の姿に何か、引っかかるものがあり、追い掛けると特徴である首の小さなアザがチラッと見えた。「分かってるやろな」。男は観念した。
05年5月に東京都町田市のパブで起きた女性従業員殺害事件を捜査していた警視庁組織犯罪対策2課の笹野清臣(45)、芦田光(36)両捜査員は、殺人容疑で手配していた韓国籍の男(当時52歳)を追って広島・JR福山駅にきた。手配から約2週間。男が福山市の銀行を利用したとの情報があり、的を絞った。
手元にあるスナップ写真は不鮮明だが、目の特徴、両目と鼻でつくる三角形を脳裏に焼き付けていた。上下紺色のスーツに白いワイシャツ姿の男が約15メートル先に見えた。
「あれだ」。男の偽名「金城」はあえて使わず、本名で「金だな」と尋ねた。「違う。金城だ」。予想通りの答えが身元確認代わりとなった。【寺田剛、堀川剛護、宮川裕章】
毎日新聞 2008年10月28日 東京朝刊