光が強いほど影は濃いという。人のきずなを深めるのはインターネットの光の面だが、匿名による悪意に満ちた言葉で人を傷つけることがあるのは影の面だ。この影には時として、人を死に至らしめるほどの毒がある。
ネットの掲示板やブログ(日記風サイト)に「殺す」「死ね」などといった凶暴な言葉や根拠のないことを書き込んで相手の人格をじゅうりんするネット中傷は、かなり以前からネット社会で問題となっていた。
警視庁が最近、悪質なケースとして脅迫容疑や名誉棄損容疑で男女19人の刑事責任追及に乗り出したのは、ネット中傷が放置できないほど社会にはんらんしているとの判断があるのだろう。
このケースでは、タレントの男性が被害に遭った。ブログに、自分が殺人事件とかかわりがあるかのようないわれのない中傷や「殺してやる」といった脅し文句が大量に書き込まれた。ブログの「炎上」と呼ばれる現象である。男性は生命の危機を感じて被害を届けたという。
北九州市では昨年5月、高校1年の女子生徒が自ら命を絶った。ブログに同級生から「死ね」などと書き込まれたことを苦にしたと家族は考えている。
韓国では昨秋、国民的女優として人気のあった崔真実(チェジンシル)さんが自殺し、社会に衝撃を与えた。「高利貸をしていた」などとネット上で根拠のない中傷を浴びたことが、自死の動機につながったとみられている。
この出来事をきっかけに韓国では、刑法を改正してサイバー名誉棄損罪を新設すべきだという議論が起きている。一方で、言論と表現の自由を狭める恐れがあるとの考えから、規制強化に対する警戒論も少なくない。
人に恐怖感を与える脅迫的な言葉は論外だが、ネット上での言葉のやりとりは、中傷なのか意見や主張なのか、線引きが難しい場合もある。日本でも、規制強化の是非を語るときは特に言論と表現の自由とのかかわりに慎重を期したい。
そもそも、人々はなぜネット中傷に走ることがあるのか、心理的な要因を解明しなくてはならないのではないだろうか。その際にまず議論したいのは、匿名の光と影についてである。
匿名という仮面をかぶることで人は年齢や性別、社会的な立場などによる制約なしに、互いに対等の立場で本音を語り合うことができる。
半面、自分の発言に対する責任感は薄まり、まるで集団暴行のように特定の会社や団体、個人にしつこくあくどい言葉の暴力を加えることがある。
社会にネットがあまりにも急速に普及したために、基本的なルールの整備が追い付いていない。子どもを含む多くの人々をネット中傷の苦しみに遭わせないためにも、あるべきルールについて議論を深め、築いていかなくてはならない。
=2009/02/12付 西日本新聞朝刊=