日本教職員組合、日教組は今年2月に予定していた第57次教育研修全国集会(教研集会)の開幕イベント、全体集会が中止になった件で記者会見を開き、会場予約後に契約を白紙に戻したプリンスホテルなどを相手取り、総額3億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こしたことを明らかにした。日教組によると、全体集会の中止は過去50年以上続いてきた教研集会でも初めてのことらしい。昨年11月にプリンスホテルから契約が解除された後、日教組は会場使用を認めるよう裁判所に仮処分を申し立てた。地裁、高裁でも請求は認められたが、ホテル側が会場使用を認めず、中止を決断するという特異な経過をたどった。
記者会見で日教組は原告に日教組だけでなく都道府県単位の加盟77組合、全体集会に参加予定だった総勢1889人の組合員を据えたことを明らかにした。請求には集会の準備費用や前日の宿泊代、慰謝料が盛り込まれ、新聞への謝罪広告掲載を求めた。会見では訴状をもとに、プリンスホテルを批判し「争点は既に明確になっている」として早期に判決を求める方針を表明した。
日教組はこの問題を「集会の自由に関わる重要な問題」と位置づけている。2月26日に公表した「集会の自由を守ることを訴えます」と題したアピール文にはこんな件がある。「誰であろうと集会の自由は守られねばなりません。戦前の日本では政府に批判的と判断されると、どんな組織であれ弾圧されました。今日でも集会が妨害される事例は徐々に増えてきています。
気にくわないからと理屈抜きに高圧的な態度で相手を黙らせるやり方は子どもたちの『イジメ』にも共通しています。
対話がない、対話ができない人間関係がいっそうこの国を寒々とさせているのではないでしょうか…」
今回の問題をいじめや弾圧になぞらえ、悪意や政治的意図に基づくと決めつけたかのような抗議から推察すると、日教組のいう争点とは「集会の自由が蹂躙されたかどうか」ということになるのだろう。
新聞各紙の報道は「会場提供拒否 無視された集会の自由」(2月3日付北海道新聞社説)「ホテル、日教組の使用拒否、街宣恐れ、司法も無視」(同日付読売3面)といった具合で、司法判断に依拠しホテル側に厳しいとらえ方ばかりだった。日教組の活動にふだん懐疑的な人の間でも、いったん契約した以上はその履行が義務づけられるという一般論に照らし、プリンスホテルの対応に問題はあったはずだと捉える向きは多いだろうと思う。
では、なぜ、プリンスホテルは契約を白紙に戻したのか。なぜ司法から言われてプリンスホテルはそれを受け容れなかったのか。本稿ではまずそれを明らかにしたい。プリンスホテルの対応が完全だったとは言えなくても、彼らの言い分にも一定の理があるように思えてならない。まして日教組がにじませる「悪意」や「集会の自由を踏みにじる意図」は断じてなかったのである。
開催でどんな影響が出るのか
まず今回問題にされた「グランドプリンスホテル新高輪」は品川駅を頂く傾斜状の広さ八ヘクタールの広大な敷地にある。敷地内には隣接して「グランドプリンスホテル高輪」「ザ・プリンスさくらタワー東京」といった大規模ホテルが建っている。来日した国賓やVIPを招いたイベントも多く、そのための高いノウハウを備えた日本を代表するホテルといえるだろう。日教組が会見などで引き合いに出す自民党の党大会なども確かにこのホテルで行われたことがある。
周辺には品川プリンスホテルなど系列ホテルだけでなく、「ホテルパシフィック東京」「京急ホテル」「ストリングスホテル東京インターコンチネンタル」などが立ち並ぶ。半径1キロ圏内には「シェラトン都ホテル東京」「ホテルラフォーレ東京」など大規模ホテルがあり、ビジネスホテルなどを含めるとさらに多くのホテルがひしめき合う。教研集会のあった土、日曜日は婚礼も含めてそのほぼ全てのホテルがフル稼働するかき入れ時だった。
ホテルだけではない。国道1号(桜田通り)と国道15号(第1京浜)の2本の幹線道路がホテル敷地を挟むようにほぼ南北に走っており、両者を「ざくろ坂」と呼ばれる道路がつないでいる。この一帯にはターミナル駅を中心に学校や病院、住宅がオフィスとともに細かく密集する。
写真(→155頁)を見比べて欲しい[『正論』をご覧ください]。これは一昨年開かれた三重県大会のさい、全体会場の場所となった「メッセウイングみえ」と今回のグランドプリンスホテル新高輪周辺の航空写真である。「メッセウイングみえ」は財団法人三重県産業支援センターが運営する公的施設である。周辺の密集具合の違いは一目瞭然だろう。
では仮にこの「グランドプリンスホテル新高輪」で全体集会が実施された場合――日教組のいうところの「集会の自由」が保障されたら――近隣にどんなことが起こるのか。具体的にみてみよう。
まず過去の開催状況に倣えば、控えめに見ても半径1キロ圏内で――プリンス系三ホテルの敷地一帯の圏内が現実的だが――道路封鎖や検問など交通規制を掛ける必然性が生まれる。教研集会に反対する右翼団体による街宣車や不審車両などの進入を抑制する必要があるからだ。
ホテル隣には「せんぽ東京高輪病院」のほか、半径1キロ以内に「NTT東日本関東病院」、北品川には「第三北品川病院」と救急病院だけで3つある。三病院の病床数は700。現実に救急搬送がストップしなくても24時間体制の救急搬送が検問や渋滞などで通常と同じようには行えない。入院患者の静謐な環境は脅かされ、診察患者の来院にも大きな足枷が生まれるのも避けられない。
交通網への影響も無視できない。先ほど述べた幹線道路である国道1号線は1日平均4万5000台、15号は6万5000台もの通行量がある過密路線だ。右翼団体による街宣活動が全体集会当日に集中することは想像に難くないが、それは当日のみに限った話ではなく、開催前から続くのが通例だ。昨年の大分での開催のさいは、会場周辺で開催2カ月前の土日に右翼団体の街宣車が100台大挙して訪れたことすらあった。そうなると、一帯の渋滞や近隣住民への騒音なども一時的な問題では済まなくなる。近隣住民は半径1キロ圏内で2万5000人、昼間人口は約8万2000人にもなる。2キロ圏内まで延ばすと16万人もの住民がおり、これに昼間はビジネスや学生らで21万人にも膨れ上がるのだ。
不十分だった当初の説明
そもそもホテル側は昨年3月の時点で前回大分大会に関する開催状況について「右翼が街宣車で訪れたけれども、警察との連携で問題なく開催した」と聞かされていた。都内には麻布台のロシア大使館周辺のように右翼の街宣車が集まる場所がある。自民党大会を実施したさいも街宣車は押しかけてきた。しかし、街宣車の台数は10台に満たない程度で交通規制もホテル周辺の交差点一帯だけにとどまっていた。警察官が間隔を置き配置されてはいたが右翼が訪れた場合、その都度車両を停めるというもので、それも当日だけに限った話だ。そうした一時的で散発的ないざこざであれば、対応可能だろう。ホテル側は日教組側からの説明を聞き、そうしたレベルに収まることを想定し、5月に予約を受け容れたのだった。
その後、10月に受け容れスタッフらが、過去の開催状況を調べた。その結果、当初の想定では済まないと判断せざるを得ない話が次々舞い込んできたのだった。
開催3カ月前から、街宣車による妨害があった宮崎では開催日に合わせてCMを流して渋滞を周知させた。大分では、会場周辺1キロ圏内を道路封鎖した。それでも会場周辺には鉄板を張り巡らし、投石に備えねばならなかった。三重でも一般車両は通行止めにした。会場は何重ものIDチェックを敷き、高さ2メートルを超える擁壁を設置。宮崎では「鉄製のパイプでは右翼は突っ込んで突破する恐れがあった」と聞かされた。ここではホテル社員が自ら駆り出されて人垣をつくり、バリケードを作ってしのいだのだった。このときは暴走音規制に関する勧告だけで、35件を数えた。大分会場周辺は2日間にわたって通行禁止になり、周辺の商店街では商売にならず、休業を余儀なくされたところもあったのである。
周辺では入試が目白押し
「これを問題なく開催できたというのだろうか。これでは近隣住民は当日のみならず、長期間にわたって苦しめられる恐れがあるではないか」。過去の開催会場はそのほとんどが公的機関か自治体が関係する第3セクターなどをほぼ貸し切りにして行っている。24時間にわたる警備の末、それでもこれだけの影響が出ている。過去の自民党大会やVIPを迎えた想定を遥かに超えることは言うまでもないが、都市機能が集中する都心のど真ん中の品川で開催すればどうなるか。ホテルではここで事態の深刻さに驚いたのである。
開催に伴う影響はまだまだある。ホテルに近い品川駅の乗降客は1日平均90万人にものぼる。最も近い地下鉄高輪台も1日1万3000人が利用する。ホテル周辺にはバスが九路線あり、運行本数は四百本を数える。このなかには、品川から目黒まで走る――受験生の利用も多数見込まれ、ホテル敷地脇を走りぬける――バス路線すらある。渋滞やそれに伴うダイヤの遅延、あるいはそれを見越した路線変更、さらにはそのこと自体を乗客や利用者に告知する必要性も生まれる。影響は数えればきりがない。
全体集会が開かれた2月1日は大学入試センター試験を終えた高校生、浪人生が私立大学入試に臨む日でもある。私立大学入試日程は高校教育への悪影響を勘案して学科試験を2月1日以降に実施する申し合わせがあり、当日は周辺の北里大学、聖心女子学院で入試が行われる予定だった。
大学入試ばかりではない。中学入試も真っ最中だ。周辺2キロ圏内ではこの日、東京女子学園、頌栄女子学院、慶応中等部、普連土学園、品川女子学院、青陵中、攻玉社学園中、東海大学高輪台中、立正大学中で入試が行われる予定だった。受験者数だけで約7,000人。1年間一生懸命、受験勉強に精を出し、その成果を出すはずが、バスの遅れや道路渋滞、さらには騒音に悩まされていいはずがない。
地図(→157頁)[『正論』をご覧ください]をみればわかるが、こうした入試日に試験を実施する学校の多くが、交通規制や検問、封鎖などが予想されるホテルから1キロ圏または2キロ圏の外周上に集中していることも見逃せない。つまり右翼の街宣車などはこの学校周辺で足止めを食らう可能性が強く、それだけ学校周辺は喧騒に晒されやすくなる。さらに当日以外の街宣があれば、このエリアには公立小中学校や大学が総勢20校近くあり、被害は広がるだろう。
ホテル内に今度は目を移そう。プリンス系ホテルには宿泊客が合計1万人いる。このなかには受験生も多数おり、受験パックなどと銘打ったツアーの予約だけで450人いる。仮にホテル内に不審者が入らぬようIDチェックをホテルが自主的に実施しても、敷地入り口だけで最低6カ所、建物入り口で12カ所、車両チェックは4カ所…と人手を集めないといけない。ホテル内には専門の係と苦情処理担当なども合わせ最低600人を超える警備体制を構築する必要がある。
人生の晴れの門出の日となる結婚式がホテル内では7件予定されていた。1件につき、100人弱の親戚、友人、縁者がホテルを利用する。新郎新婦は当然、利用者にはあまねく通行用のIDを配り、何重もの身分確認、手荷物検査などを強いることになる。周辺では右翼が声を上げ、マスクにサングラス、胸にはゼッケンを着けた無言の輩もあちこちからにらみ据え、時々ハンドマイクでアジ演説する。晴れがましく和やかな空気が一変し、台無しとなる恐れだってある。
教研集会は、学校の先生たちの集会だ。
まさか中学受験を「格差の温床」とか「入試=競争=戦争につながる」と頭から全否定するつもりではあるまい。せめて教え子を気持ちよく受験会場に送りだして、力を出し切れるよう静謐な環境を整えてやるべきだといった意見は日教組内には起きなかったのだろうか。
こういうと日教組からは「悪いのは騒ぐ右翼団体であって私たちではない」という声が聞こえてきそうだ。右翼団体のメンバーと思われる迷彩服を着た青年にマイクを向け「(全体集会の中止は)我々の反対活動の成果」と語る映像を流す報道もあった。日教組にとって、右翼団体の妨害活動の影響まで、自らの非として負わされるのは堪らないという主張は一応成り立つ。
だが、ホテルからみれば、最大の問題は契約によって周辺への害悪が間違いなく伴う場合に、どこまでホテルとして許されるかということではないか。こうした観点で見れば、ホテルが日教組と一緒になって「悪いのは騒ぐ右翼団体。ホテルに責任はない」という単純明快な立場を取り得ない、同調できない場合があることも無理からぬことである。
もしこうした立場を許さない、もしくはこうした場合の判断材料に「集会の自由」という観点しか認めないとすれば、どんな害悪が想定されようと、契約解除は認められなくなってしまう。それは裏返せば、事実上、民間ホテルに「集会の自由」の名の下に会場提供を強制するものとなってしまう。日教組は「警察との連携で問題なく開催できている」としているが、それはあくまで日教組の認識に過ぎない。ホスピタリティーを売り物にするブランドホテルがこの日教組の認識を共有できなかったのは、これだけの事態が想定されたからである。
「憲法の集会の自由も大事だが、基本的人権も大事だ」という主張はホテル側の思いを凝縮したコメントの1つだと言えるだろう。まして受験とのバッティングに関して「教職員の皆さんだからこそ、ご理解いただきたい」というのは尤もな言い分である。
迷惑イベントとしての教研集会
幾分、誤解されているようだが、ホテルで開催される様々なイベントやVIP行事などに伴う警察の周辺警備などについてはホテル側が取りはからうものではなく、あくまで主催者側の責任範囲の行うものである。
なぜか。仮にホテル側が主催者の頭越しに警備を進めてしまうと、ホテル側が会合の趣旨や規模、内容、参加者に関する情報を事前に警察に漏らすことになる。これはホテルとして許されない。従って警察との連携はあくまで主催者が責任を負い、そのうえで警察と打ち合わせを重ねていくプロセスをたどるのだ。
今回、プリンスホテルへの批判で「裁判所の仮処分で負けている以上、開催すべきだったのではないか」という意見がある。高裁の仮処分が出たのは、開催のわずか3日前だった。裁判所の判断を盾に「実施せよ」と詰め寄られても、この時点で警察とホテル側との間には打ち合わせひとつなかったのである。大会当日の朝にも、ホテルを訪れ「今からでも警察と連携すれば全体集会を開催できる」と詰め寄る日教組組合員がいたという。最低でも準備には1カ月は要するだけに、到底間に合うものではなかったのである。
また日教組が教研集会を開催することについて、周辺の受験実施校に事前説明に回ったり、集会の開催に理解を求めて周辺病院などを歩くなどした形跡はまったくといっていいほどなかったという。これも本来は主催者の責任で行うべきものである。集会の開催場所について日教組は終始一貫、右翼の街宣活動への配慮などから外部に漏らしてはいけないとして非公開としてきたが、これだけの喧噪が何の説明抜きに突如、持ち込まれる以上、住民らにとって「悪いのは右翼」の一点張りで納得が得られる話ではないだろう。せめて事前説明などは常識的な話ではないだろうか。
ホテルだけ安全でも許されない
ホテル側は11月になって契約の解除を日教組側に伝えた。ホテル側にはもうひとつ「はじめから契約しなければ良かったのではないか」という批判が根強くある。HPにも「そもそも予約を受け付けたことが問題の発端だったのではないかというご批判は甘んじてお受けいたします」といった記述がある。いったん契約した予約をホテル側が白紙に戻すのはよほどのことではある。
ただ、法的に全く許されないわけではない。例えば宿泊客が伝染病にかかっていることが明らかになった場合などは契約後の解除が認められる。ほかにも暴力団の会合や裏ビデオの撮影など、公序良俗や善良な風俗に反する行為が行われる恐れがある場合も同様だ。寝たばこや消防施設へのいたずら、さらにはホテルの利用規則のうち、火災やその予防などについて定めた禁止事項に従わない場合、さらには都道府県条例違反も契約解除の対象となる。これらは宿泊約款にホテル側の契約解除権としてまとめてある。
教研集会のような宴会に関しても「利用規約」がある。定められた契約解除権には「宴会に出席されるお客様が法令もしくは公序良俗に反する行為をする恐れがあるか、あるいは他のお客様にご迷惑をおかけするとホテル側が判断した場合」とある。音響についても「バンドや太鼓他、大音量の発生が予想される場合、必ず事前に営業担当者にお申し出ください。周囲の状況によってはお受けできない場合もございます」ともある。
そもそも日教組側のはじめの説明が実態と懸け離れたものであり、これは民法の信義則違反であること、大音量も避けられず、これほどの負担は合理的な根拠を超え、他の利用客にも間違いなく迷惑がかかる、という論理で契約解除に踏み切った。
ただ、この時点では開催まで3カ月あった。プリンスホテル側は日教組が別の会場を押さえることは可能だと考えていた。契約解除について日教組に、不本意な不快感をもたらすことはあっても、まさか今日のように集会の自由を盾にこれほどの批判を受け、問題にされようとは考えてもいなかった。
契約を白紙に戻すとのホテル側の判断が伝えられると日教組側は「周辺1キロまたは2キロの範囲で警察が警備をして封鎖します。従ってホテル内は大丈夫ですし、問題はありませんから会場を貸してください」と譲らなかった。
ホテル側の懸念はホテル内の安全はもちろんだが、それだけにとどまらない。むしろ、近隣への影響だった。自分の敷地内が良ければ、それでいいというスタンスは取り得なかったのだ。半径1キロであれ、2キロであれ、想定される影響はすでに見てきた通りだ。それに都心の半径1キロ円内を2日間にわたって封鎖するのは至難の業だ。
ところが、日教組の報道機関への説明ではこれが次のようになってしまう。
「(プリンスホテルが)断った理由は何か。10月26日以降、昨年の開催場所である大分にわざわざ旅費を掛けて社員を派遣して調査したというのです。
現地の新聞記事などで見たならば『大変だ』と。『(右翼が)100台以上』と書いていたので『受けられない』と断ってきたのです。
そこで我々は『台数が問題なのか』と聞いた。すると『台数です』と答えたという。
私たちは、『じゃあ何台以上なら問題なのか』と聞くとそれには答えない。
会場は今月17日に自民党大会を開催している。それにも右翼は押し寄せています。福田首相もVIPも出席するし、大変な警備が必要です。そこには貸しているのに、日教組の警備には責任持てないという…」
これではまるで契約を解除したくて仕方がないプリンスホテルが解約の口実を探すために本来必要もない、大分での開催状況を調査したかのようなモノ言いである。その後の台数をめぐるやり取りも、吊るし上げに似た団体交渉の応酬のようだ。
仮に「台数が問題ではない」と答えていれば「では何が問題なのか」と迫ったであろうし、そもそもプリンスホテルが日教組に言っているのは当初説明による想定を超えた規模の台数が来ることを問題視しているに過ぎない。反政府的だとか、反権力的であるといった教研集会の中身に立ち入ったり、政治的スタンスを問題にしているのではない。まして右翼を利することを狙ったわけでもない。そんな゛高尚″な話では全くない。ここでやったら、あまりに近隣に迷惑を招くことが分かった――契約時にもう少しちゃんと説明して欲しかったけれども――から、ここを会場にするのは、お受けできない、と言っているのである。
それを「何台以上ならダメなのか」と食ってかかり、揚げ足を取る。対話対話といいながら、相手の真意に一向に耳を貸さず、口を開くとこんなやり取りが続くのでは対話など成立しないだろう。自分たちのイベントを自負するのはこのさい致し方ない。だが、それを割り引いても開催を当然の権利と考え「自分たちの教研集会はもしかすると、迷惑イベントかもしれない」などとは一顧だにしない彼らの姿勢はいかがなものだろう。結局「プリンスホテルが右翼の街宣活動を理由に会場使用を拒否」という報道の流れはこの会見以降、生まれたのである。
それにしても、この時点で本当に別の会場確保はできなかったのだろうか。翌日開かれたある分科会会場では「これは日教組潰しだ」といった反発も聞かれたが「日教組本部が甘いのではないか」「なぜ民間施設でやる必要があったのか」といった批判も目立った。「私たちは労働組合だ。何もホテルでやる必要はなかったではないか」といった批判も出され、これには集まった組合員から「そうだ」と掛け声が上がる一幕もあった。代替会場の選定について「代替場所を探せば会場使用拒否を認める前例になってしまう」などと事務局が説明した会場もあったという。
威嚇や抑止効果としての民事裁判
「集会の自由」と「公的秩序」を理由にした会場使用の不許可判断。これが争われた例としては「泉佐野市民会館事件」が有名だ。関西空港開設に反対する過激派「中核派」系の組織の影響を受けた「全関西実行委員会」が大阪・泉佐野市の市民会館で総決起大会を開こうと市に申請した。市は「公の秩序を乱す恐れがある」として会場使用を不許可にし、訴訟になった例である。
最高裁は当時、このグループが空港建設に反対し、違法な実力行使を繰り返していたこと、対立セクトとも暴力抗争が続いていたこと、集会の開催で会館ばかりでなく路上でも暴力を伴う衝突が生じ、通行人や付近住民の生命、身体、財産が侵害されるなど具体的に予見されるとして不許可処分が憲法に違反しないと判断した。
ただ、一方で「単に危険な事態が生じる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当」と述べ、安易な不許可処分に゛待った″もかけている。
これは簡単に言えば、漠然と右翼が来るかもしれない、近隣に迷惑が生じるだろうという、空騒ぎや事なかれ主義、抽象的な心配ではダメで具体性が不可欠ということだ。この事件と今回の件では根本的な相違点もあって、同列に論じられない面はある。公的機関である市民会館や学校と私人であるホテルとでは全く様相が異なることはいうまでもない。
日教組の教研集会の会場使用をめぐるトラブルも過去、何度も法廷に持ち込まれた。広島県では県教組が県レベルでの教研集会を学校で開催しようと申し込んだところ、呉市教委が「右翼団体の街宣車が押しかける」として会場使用を認めず、訴訟になった。最高裁は平成18年4月、「街宣活動によって学校周辺で騒擾状態が生じたり、学校にふさわしくない混乱が生じたりする具体的な恐れが認められる場合には不許可とすることも学校側の裁量判断であり得る」としつつも「街宣活動の恐れは抽象的にとどまる」と判断、組合側が勝訴した。
半面でこういう事例もある。広島県の高校の教組が学校を使った教研集会を申し込んだところ、「内容において教育の場で行われることとしてふさわしくない」として不許可になり、訴訟となった。この案件で広島高裁は平成18年1月、「教研集会は教職員らの自主研修の側面を有してはいるが、教育研究を内容とするにとどまらず君が代・日の丸問題、主任制、研修制度、学校統廃合、入試…学習指導要領や県教委の施策に対峙する討議を行う労働運動的側面を強く有しており、教育研究にとどまるとは到底言えないから教研集会の開催に学校を使用することは学校の設置目的に沿うものとは言えない」として、不許可処分によって集会の自由が侵害されたとは言えないとした。組合側は最高裁に上告したが、19年3月、組合の敗訴が確定した。
ここで取り上げたいのは好んで法廷戦に持ち込む彼らの発想である。法廷闘争が持つ相手への威嚇効果を最大限に利用して要求を突きつけ、相手に屈服を迫っていく。「今回の件を許さず、追及し続けることが最大の抑止効果になる」といった考えが根底にあるとしか思えないのである。教研集会に対してプリンスホテルは何らの政治的意図や悪意も持ち合わせてはいなかった。「集会の自由」を蹂躙する意図があったかのように決めつけているのは日教組なのである。こうしたやり方こそ、気にくわないからと言って高圧的に相手を黙らせる、子どもたちの『イジメ』に通じるのではないかということである。
仮処分では「解約事由を定めたホテルの規定はその文言から見て宴会場使用者自らが大音量を発生させたり、法令または公序良俗に反する行為や他の客に迷惑になる言動をし、またはその恐れがある場合に解約を可能とする規定で、日教組が集会を実施するさいに第3者である右翼が周辺で騒音を発するなどする恐れがあるというのであるから解約事由にあたらないことは明らかである」(地裁決定)と解約事由を極めて限定的に解釈した。高裁決定も「3月の打ち合わせの時点で『前回の教研集会が問題なく実施されている』旨の発言が日教組側からあったからと言って、街宣車が来たことや警察の警備が行われたことも述べたことを前提に考えると、虚偽の説明ということはできず、信義則上、告知すべき事実を敢えて隠したと評価することはできない」としており「契約解除に固執せずに日教組や警察と十分に打ち合わせをすることによってホテル側が危惧する混乱は防止できる」(高裁)とも述べている。
地裁も高裁もホテル側には厳しい判断でホテル側の周辺への危惧はほとんど汲まれていなかった。しかし、ホテル側は本訴でも「近隣住民や学校、病院などにおかけする迷惑やお客様の安全、安心を第一に考えて契約を解除したのであり、解除の有効性については引き続き主張していく方針であります」としている。もし仮に日教組の主張を受け容れ、準備もままならないまま高輪で開催されていたらどれだけの影響が発生したであろうか…。より重大な問題になったというホテル側の問いかけは決して無視していいものではないだろう。