医師と患者の間に第三者入るシステムを〜特集「医療界・PMDAトップ対談」(5)
医師と弁護士というダブルライセンスを持つ寺野彰氏は、医師と患者の関係に注目し、弁護士など第三者が間に入るシステムを考えるべきと主張する。寺野氏が座長を務める「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」でも、PMDA職員の権限、第三者の介入の在り方などは重要な論点だ。検討委の議論でも俎上(そじょう)に上っているPMDA理事長の近藤達也氏と寺野氏の対話を聞いた。(熊田梨恵)
【今回の対談者】
獨協医科大学長・学校法人獨協学園理事長 寺野彰氏
近藤 寺野先生は今、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」の座長を務めておられますね。薬害肝炎の問題はPMDAもかかわりのあるところで、今回の検討委ではPMDAの職員の権限など、今後のPMDAの方向性についても議論が進んでいます。取りまとめ役として、いかがお感じですか。
寺野 この検討委は、舛添要一厚生労働大臣の肝いりで始まった、大臣としても力の入っている検討会です。検討委には、原告団の方や元PMDA職員の医師、弁護士、学識経験者など多様なメンバーがそろっており、多岐にわたる意見が出るので、取りまとめるのにも一苦労ですよ(笑)。この中では、厚労省とPMDAの関係についても議論されています。昨年夏に出した中間取りまとめでは「早期に実施が必要な安全対策」として、医薬品や医療機器の審査にかかわる人員について、「最低2000人程度は必要」という意見が委員から出たという記載があります。ただ、単純にスタッフを増員するだけではいけないと思っています。PMDAの在り方を根本的なところから変え、合理的な組織にしないといけません。まだ議論されているところですが、PMDAと厚労省の業務を一体化するのか、するとしてもどちらの組織が中心になるのかなど、さまざまな論点があります。このことは、近藤理事長のご意見をはじめ、メンバーからの意見をこれからさらに聞いていかなければいけないと思っています。
近藤 われわれとしても、患者さんにとって一番良い仕組みであれば、どのような形になってもよいと考えています。わたしたちは国民を守ることのできる体制の下にあるべきだと思っていますので、ぜひ積極的に意見を上げていきたいと思います。
寺野 スタッフを増やすにしても、どういう人を増やすかという質の問題があります。今のPMDAには薬剤師が多いですね。今後は薬剤師の数が増えることも見込まれていますし、大学も6年制になりましたので、いい人材に来ていただくのは重要です。ただ、医師にもっと来てもらいたいです。検討委でも昨年夏にPMDAを視察いたしましたが、委員から医師の資格を持った審査員が足りないという意見が多く上がったことを覚えておられますか? FDAには医師が何百人もいるといいますが、PMDAには医師は25人ほどと聞いておりまして、大変少ないと思います。米国は日本に比べて製薬企業の研究所の数も多いですが、その中に医師が300人ぐらいいると聞きます。さらに、スウェーデンでは製薬企業で働く医師が、企業から給料をもらいながら大学で教員をするというのも当たり前です。日本では産官学連携が敬遠されがちですが、どうすればPMDAに医師がもっと来やすくなるかを考えなければいけません。
近藤 その通りだと思います。ただ、この医師不足の現状ではなかなか難しいところもあると感じますね。
■女性医師の働く場としてPMDAを
寺野 実際は臨床現場だけで精いっぱいで、PMDAに回ってくる医師は少ないと思います。地域で医師が足りていないのに、「PMDAに行きたい」と言うと、周りからはとんでもないと見られかねない状況であるとすら思います。それでも、例えば、女性医師の活用ということは考えられると思いますよ。医師の約3、4割が女性といわれていますが、子育てや家庭の事情で、臨床現場で働きたくても働けない人は多いと思います。そういう方たちがここで働ける道筋があるといいですね。また、臨床研修制度が始まってからは、皆が臨床に行ってしまうので、基礎分野でも医師が不足しており、東大、京大、慶大などは困っていると聞いています。昨年にまとまった「『安心と希望の医療確保ビジョン』具体化に関する検討会」の報告書では、医師の数を将来的に現在の1.5倍にまで増やすとしていますが、厚労省は地域医療を担う医師の増員を考えていると思いますので、PMDAや製薬企業で働く医師を増やすところまでは考えていないでしょう。ただ、方向性は決まっているので、いかにしてその中からPMDAなどの業務にかかわる医師を確保していくかが課題です。しかし、臨床経験があり、生物統計の知識もあり、医薬品や医療機器の安全性などについて興味がある人となると、なかなか難しいですね。
近藤 わたしたちも、PMDAでずっと勤務してもらうのは難しいと思っています。医師のキャリアパスとして、一時的にPMDAに来ていただき、ここで医薬品・医療機器の承認審査や安全対策などの知識を身に付けてもらって、また臨床現場に戻ってもらうという連携大学院構想を考えています。大学などの教育機関とPMDAのような機関の人材が交流することで、人材育成や知識交流、お互いのスタッフの確保にもつながると思っています。
寺野 実は山形大が連携大学院を始めると聞きまして、わが大学でも始めようと考えています。希望者もいるようなので、先日大学の運営委員会に、面白いからやってみたらどうかと提案してみたところです。大学院生としては学位論文を書きたいし、大学側としてはPMDA勤務経験者に臨床現場に来ていただきたい。その一つのモデルとしていいのではないでしょうか。
近藤 それは実に頼もしいお話ですね。
寺野 われわれとしても、今後は魅力のある大学を目指していかなければなりません。PMDAにももっと興味を持っていただきたいと思います。お互いにいい方向に進めていければと思います。
近藤 本当にいいお話です。ぜひお互いにいい方向に進むよう、よろしくお願いしたいと思います。
■「前兆を拾い上げる」システムを
近藤 検討委の座長をされながら、薬害という問題そのものについてどうお感じでしたか。
寺野 薬害肝炎問題から感じていることですが、やはりある時点で薬害につながっていく前兆を感じた人はいたと思うんです。でも、「感じた前兆を拾い上げる」システムがなかったから、薬害になってしまった。企業も行政もさまざまな関係があるから、問題へのかかわりを否定します。これは水俣病が発生した時の現象と変わっていないと思います。企業や行政は何らかの前兆があったら積極的に取り組むべきです。医師が前兆を早く察知し、医師側から問題提起するようにしないといけません。これは医師の大きな責任です。「これはおかしい」というものがあれば、まだ因果関係がはっきりしていなくても何らかの形で動けるようにするなど、医師のアンテナに引っ掛かったものを拾い上げるシステムが必要です。そうすれば、薬害を拡大せずに済みます。ただ、現在は「異常だ」と思う感性が医師に欠けています。常に問題が発生した際の言い訳を考えている状態です。異常を察知できる触覚や感性を養う教育を学生にしないといけません。PMDAには、審査から救済に至る過程はあると思いますが、最初に拾い上げるシステムをつくっていただければと思っています。
近藤 確かに、医師の教育の質は重要な問題です。寺野先生は医師資格を持ちながらにして初めて司法試験に通った方だったと思います。どういうきっかけで法曹の世界にも興味を持たれたのでしょう?
寺野 こういう道を目指している方はおられたと思いますが、こんな物好きなことをやったのはわたしが初めてかもしれませんね(笑)。わたしは1966年に東大医学部を卒業しましたが、あのころはまだ医療安全という言葉もなく、医療事故という言葉がやっと聞かれるようになったぐらいでしょうか。当時はちょうど学生闘争真っただ中の時代で、ちょうど東大医学部の入学試験がなかった年ですよ。あのころは「学生運動をやらないやつはばかだ」ぐらいの雰囲気があって、僕も結構やったものです(笑)。その混乱の後、聖隷浜松病院に飛び出していたのですが、どうしようかと悩んでいました。消化器内科で活躍している同級生も多くいましたしね。しかし、将来的に医療事故は大きな問題になると思ったので、司法試験を受け、73年に合格しました。弁護士事務所に籍を置いたこともありますよ。その後は米国に3年ほど留学し、帰って来てからはJR東京総合病院の前身になる日本国有鉄道中央鉄道病院で働きました。その後、東大に戻りましたが、獨協医科大に来ないかと声が掛かったので、そちらにお世話になることにしました。
近藤 医師の中では法曹界に名を連ねておられる方は数少ないと思います。医療安全については大きな任務を引き受けておられると思いますね。
■「医療者側」「患者側」とならないように
寺野 やはり今後は、医師と患者という関係だけでなく、もう一つの要素が要るのではと思います。弁護士など第三者が入っていく何らかのシステムが必要ではないでしょうか。「患者寄り」「医療者寄り」といった形になるのはよくないことで、わたしが弁護士にならなかったのは、わたし自身が既に医療者であり、そこで悩んだことも理由の一つです。わたしは鈴木利廣弁護士とも親しくしていますが、彼は被害者に寄り過ぎることなくきちんと意見を聞いているし、彼は明大で患者や医療者などさまざまな立場の方から意見を聞くシンポジウムも開催しました。お互いにやっていこうという姿勢があるので、一度お話を聞かれてもいいかと思います。加えて今、医師と弁護士の両方の資格を持った人が増えつつありますし、わたしも7、8人は知っています。「二足のわらじ」といわれることもありますが、悪いことだとは思いません。専門家がよしとされるのは最近の傾向で、そういう人もいていいと思います。ただ、両方の資格を持つ方には、一生の間にできることを考えて、信念を持ってやっていただきたいと思います。
近藤 このほか、先生は消化器内科のご専門として、治験や臨床研究などにも深くかかわっていらっしゃいます。特に寺野先生ご自身が治験をされていたカプセル内視鏡については、PMDAに対するご意見がおありだと日ごろから伺っております。
寺野 いや、カプセル内視鏡では苦い目に遭わされましたよ(笑)。日ごろから強く感じるところですが、「PMDA」という文字の中には、「Medical Devices(医療機器)」が鎮座しているのですから、もっと医療機器に力を入れていただきたいと思います。わたしは日本で最初の被試験者としてカプセル内視鏡を飲みました。2000年にイスラエルで造られ、03年1月に日本に入ってきたのですが、なかなか審査を通らず、認められたのは昨年10月ですよ。先進国ではすべて認可されている上、臨床でも早く必要だと思われているものが、PMDAではなかなか通りませんでした。医薬品が大事なのは分かりますが、医療機器も大事にしていただかないと、国際調和の精神が生かされないと思います。
近藤 ごもっともだと思います。そういえば、先生はPMDAに何度かいらしたこともあると伺っていますが、治験相談でしたでしょうか。
■国内の統計データが未整備
寺野 10年ほど前、まだPMDAの前身の「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」だったころでした。消化器内科系の医薬品の治験相談で、この新霞ヶ関ビルに2回ほど伺ったことがあります。治験のプロトコルをどうすべきかという相談でしたね。消化器分野では治験が多く、医師が集まって治験研究会を開いていたりしたものです。そのころから感じていましたが、国内の統計手法にはかなり問題がありますね。例えば内視鏡に関する治験では、10-20か所の病院が集まって500例ぐらいの治験のデータを取りまとめていましたが、病院が20か所も集まれば、病院の機能や患者の症例など、バックグラウンドや状況が全く違います。大きな大学病院で200-300例も集められれば、統計としても信用できると思いますが、あちこちから寄せ集めたデータでは、有意差にしても臨床的に意味があるかどうかが分からないものが多いです。英文の論文にするときにも大変困りますし、海外からは統計の意味付けについては厳しく批判されます。「EBMに基づく胃潰瘍診療ガイドライン」を厚労省の研究班で5年ほど前に作りましたが、中途半端なデータで作ってしまって、EBMに合っていませんでした。改定もしましたが、日本人の患者を対象にしたガイドラインなのに、エビデンスは外国の論文です。30年前の英文の論文が出ていたりして、作ったことを非常に後悔しています。
近藤 確かに日本は統計データが弱いとはいわれているところですね。
■治験の本質が見えなくなった
寺野 また、GCPが整ったのは良いことですが、作成する書類の量が膨大になったり、かかわるスタッフが一人代わっただけでも申請をし直さないといけなくなったりしました。インフォームドコンセントについても厳しくいわれるようになったので、患者さんが治験を敬遠するようにもなりました。医師主導治験もあることにはありますが、製薬企業が治験を主導する形になっていたこともあり、われわれは治験の本質が分からなくなってきたということがあります。また、ICHでは、製薬会社は欧米でのしっかりしたデータを出して申請すればよいといいますが、日本ではできません。例えばピロリ菌に関する治験もそうでした。外国のデータを使おうとしても、人種や食物が違うからという理由で受け入れられなかったことがありましたね。
近藤 なるほど。そういう側面もあると思います。
寺野 今は研究者が自分のところだけで症例を集めて統計にしたり、研究したりできない状況です。ラットの研究の方が早いのは当たり前ですが、人間を対象にした手間のかかる臨床研究はなかなか価値を認めてもらえません。それなのに、うまくいかなければ製薬企業に怒られてしまいます(苦笑)。医学研究の中で、臨床研究の存在感が薄いのは事実だし、仕方ないとも思います。今の治験がこの状態でいいのか、製薬企業主体の体制でいいのか、医師が本気になって考えるべきだと思います。レギュラトリーサイエンスを含め、日本の医師に教えていかないといけませんし、われわれも考えていかないといけませんね。
近藤 医学と薬学、そして厚生労働行政という3つの関係の中で存在しているPMDAが担う役割は大きいと感じています。ぜひ連携大学院などで今後も交流を深め、そうした意識を医師の間にも養っていきたいですね。
【略歴】
1966年 東大医学部卒業
68年 聖隷浜松病院勤務
75年 最高裁司法研修所司法修習生
77年 第二東京弁護士会所属
84年 日本国有鉄道中央鉄道病院消化器内科部長
94年 獨協医科大第2内科教授
2002年 獨協医科大学病院長
04年 獨協医科大学長
06年 学校法人獨協学園理事長兼務
【今回の対談特集】
バランスある規制が国民を守る〜特集(1)
全国に拠点形成し、橋渡し研究推進を〜特集 (2)
人間力を育て、患者の気持ち分かる医師に〜特集 (3)
医療界を国民に見えやすくする〜特集 (4)
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