2008-04-23
本村洋さんにその質問をしないで、いったい何を聞くの?
いわゆる光市母子殺害事件の被告に対する死刑判決後に行われた本村洋さんの記者会見において、アカヒ記者がある質問を行った。これが物議をかもしている。
[00:50以降]
母子殺害に死刑 本村さん「命で償って欲しい」 2008年04月22日23時03分
――18歳1カ月で前科がない少年が2人を殺害して死刑判決になると、今後厳しい量刑が続くと思うが
[本村さん] 今回の裁判所の判断で最も尊ぶべきは、過去の判例にとらわれず個別の事案をきちっと審査して、死刑に値するかどうかを的確に判断したこと。世情にあった判決を出すという風土が日本の司法に生まれることを切望する。
[これは朝日新聞がまとめた要旨からの抜粋です。上の動画に出ている「死刑に対するハードル」という言葉は入っていません。見れる人はまず動画を見てください。]
http://www.asahi.com/national/update/0422/TKY200804220183.html
[2ちゃんねる関連スレまとめ]
朝日新聞女記者「この判決で死刑に対するハードルが下がった事に対してどう思いますか?」
朝日女記者「お前の妻と娘殺したくらいで死刑になっちゃったよ」
この質問をめぐって、「被害者[の神経]を逆撫でする」「神経を疑う」「不適切な質問」「レベルが低すぎ」「失礼すぎる」「愚かな質問」などという感想があふれている。
僕は、まったく逆だと思う。
本村洋さんは、この事件の被告を死刑にするために、精力的に活動してきた。活動家である。そしてたぶん、今回の判決は彼の活動の成果でもあるはずだ。
それを受けての会見において上のような質問をせずして、いったい何を聞こうというのか? たとえば日銀総裁が公定歩合の引き下げを発表して、それが日本経済にどのような影響を与えるのかということを問われなかったとしたらどうか?
もし今回のような質問が出なかったとしたら、それこそ本村さんを愚弄している。彼は、ただ受動的な被害者なのではなかった。積極的に、被告の元少年の命を奪うための発言を続けてきた。この朝日新聞の記者は、本村さんのそのような能動性に敬意をこめて質問をしたのかもしれないと僕は思うな。そして本村さんは、それに対してしっかりと臆することなく答弁しているじゃないか。彼はこの判決自体についてにとどまらず、今後の司法のあり方も含めて堂々と自説を展開している。いったい、この質問がなされたことそれ自体の何が問題なのか理解できない。
昨晩のエントリー↓ 超オススメです。
「メンヘルCatch-22――光市母子殺害事件、不当判決についての雑感」
それを記者がかってに「今後厳しい量刑」だとか、「18歳と1月で2人しか殺してないのに」っていうニュアンスで言うから、そこが無神経だと言ってるわけ。
またまた、心にもない事を。
全然赤くないですよ。
赤旗とかと比べてみれば一目瞭然
俺は自分の家族が殺されても他の人間ほど怒りや悲しみの感情が湧く事は無いと想像しているし、たとえ自分が100万人、人を殺してもそれをなかった事にしたいとか許されたいと思っているので利己主義の立場から死刑制度には反対だ。もっとも、仮に俺に殺された人間が俺の死を望めばそれに応じたいと思う可能性が無いわけではないと思うが。
俺が理想的と考える世界は殺人や戦争、暴力が存在しない世界ではなく人が人を殺しても罪に問われる事が無く、人が人に殺されても生命を失ったり苦痛に苛まれる事の無い世界だ。