「A級戦犯とは?(マトメ)」2005.7.5

 A級戦犯について既に3回書いた。これで終わる積もりだったが最近、文芸春秋に小泉総理「靖国参拝」是か非か、と言うタイトルの識者81名アンケート特集が出された。さらに、その後、A級戦犯という言葉の出所、定義に関して国会で質問した議員が存在し、それに対して総理大臣(当時の海部首相)が答弁している資料の存在を知った。(吉岡吉典 参議院議員の質問書と海部首相(当時)の答弁書)そんなわけで、「A級戦犯とは?」をもう一度書くことにした。

 はじめに、文芸春秋の「小泉総理「靖国参拝」是か非か」(81名の識者のアンケート)の中から「参拝すべきでない」とした中江要介氏(日中関係学会名誉会長.元駐中国大使)の意見を以下に紹介する。この意見は小泉総理は靖国神社を参拝すべきでないとする人々の声を代表しているように思えるからである。中江要介氏は次のように言っている。

 日本が無条件降伏をして平和条約で東京裁判を受諾した以上「A級戦犯を合祀した靖国神社」に首相が参拝して軍国主義に逆戻りするのではと誤解されるような事は慎むべきだ。(原文のまま)

 以下、私のコメント。

 私はこの裁判の正当性とか、靖国参拝の是非を論じようと言うのではない。私が言いたいことは、この裁判はポツダム宣言受け入れにより、連合国側(共産党中国はも韓国も裁判には参加していない)によって行われ、日本は裁判(判決)を受け入れたのである。だから日本はポツダム宣言と極東国際裁判条例ならびに判決(いずれも英語で書かれている)の意思を理解し、忠実に守るべきである。そして戦後日本は忠実に守ってきたのである。中国や韓国に対して、この事を堂々と主張すべきである、この1点につきる。

 そこで、中江要介氏の意見(多くの日本人の意見を代弁している)であるが、

 (1) 「無条件降伏をして」について

 「無条件降伏をして」は「ポツダム宣言を受諾して」の意味だろう。ポツダム宣言第10条には次のように書かれている。

 10. We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners. (原文)

 われらは、日本人を民族として奴隷化しようとし又は国民として滅亡させようとする意図を有するものではないが、われらの俘虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。(翻訳)

 コメント。 つまりポツダム宣言は「俘虜を虐待した者を含む一切 の戦争犯罪人」に厳重な処罰を加えると言っているのである。日本でよく言われるA級戦犯を特に重く裁くとは言っていない。むしろ「俘虜を虐待した者」に(特別に)拘っており、人道に対する罪(日本ではC級と呼んでいるが)を重く見ているのである。

 事実、日本ではA級より罪が軽いと言われるB,C級戦犯で極刑(死刑)を受けたものが圧倒的に多いのである。(A級戦犯で死刑になったもの7名、B、C級戦犯で死刑になったもの984名である。(巻末の資料「極東国際軍事際案において起訴された者の数及びその裁判結果(裁判国別)1、2」を参照して下さい。)B,C級戦犯の罪がA級戦犯より軽いという日本国の説明は判決結果を見るかぎり正しくない。

(2) 「平和条約で東京裁判を受諾した」について

 これはサンフランシスコ講和条約第11条で日本国は極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(判決)を受諾した事を指している。

 ではサンフランシスコ講和条約第11条(原文)には何と書いてあるのか。以下に原文と翻訳を示す。

 Article 11

第十一条【戦争犯罪】

 Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan, and will carry out the sentences imposed thereby upon Japanese nationals imprisoned in Japan. The power to grant clemency, to reduce sentences and to parole with respect to such prisoners may not be exercised except on the decision of the Government or Governments which imposed the sentence in each instance, and on recommendation of Japan. In the case of persons sentenced by the International Military Tribunal for the Far East, such power may not be exercised except on the decision of a majority of the Governments represented on the Tribunal, and on the recommendation of Japan. (原文)

日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(判決が正しい)を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。 (翻訳)

コメント。 つまりサンフランシスコ平和条約にもA級戦犯の定義とか、A級が最も罪が重いとか、死後も罰し続けるようにとは書いていない。日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(判決が正しい)を受諾したと書いているだけである。戦争犯罪人の罪は刑の執行で償われたのである。

 しからば、日本が受諾した裁判(判決)には、中江要介氏や日本の政治家、多くの日本人が言うところのA級戦犯の事が書かれているのであろうか?もし書かれていないのなら、「東京裁判を受諾した以上「A級戦犯を合祀した靖国神社」に参拝すべきでない」と言う意見は何処から来るのだろうか?

 以下、極東国際軍事裁判所条例 (Charter of the International Military Tribunal for the Far East )もとにA級戦犯を論じてみたい。

(3) 「A級戦犯」ついて

 結論を先に言おう。極東国際軍事裁判所条例 (Charter of the International Military Tribunal for the Far East は戦争犯罪人をA級、B級、C級戦犯(戦争犯罪人)とクラス分けはしていない。判決に関する資料を読んでみても、A級、B級、C級戦犯といった言葉を見つけることは出来ない。極東国際軍事裁判所条例には戦争犯罪人をA項、B項、C項に分類して告訴すると書いてあるだけである。判決資料には判決結果(絞首刑、無期懲役など)が書いてあるだけで、誰がA級戦犯だから極刑を受けたなどとはいっさい記述されていないのである。

 つぎに日本国の総理大臣(当時の海部首相)がA級戦犯について答弁している資料を紹介しよう。A級戦犯という言葉の出所、定義に関して国会で質問した吉岡吉典議員に対する海部首相の答弁(日本の公式見解)を以下に示す。

 戦争犯罪裁判を、A、B、Cの三級に区別することは、公式に行われていたわけではないが、いわゆるA級及びBC級戦争犯罪裁判の区別について承知しているところは、おおむね次のとおりである。
 いわゆるA級戦争犯罪人とは、極東国際軍事裁判所において審理された戦争犯罪人を指し、これを裁いた裁判がA級戦争犯罪裁判といわれている。
 いわゆるBC級戦争犯罪人とは、日本国内及び国外において連合国が開いた法廷のうち極東国際軍事裁判所以外のもの(以下「連合国戦争犯罪法廷」という。)において審理された戦争犯罪人を指し、これを裁いた裁判がBC級戦争裁判といわれている。

 解説。 つまり日本国総理は「戦争犯罪裁判を、A、B、Cの三級に区別することは、公式に行われていたわけではない」と証言しているのである。公式とは連合国側の裁判の事である事は言うまでの無い。

 さらに「いわゆるA級戦争犯罪人とは、極東国際軍事裁判所において審理された戦争犯罪人を指し、これを裁いた裁判がA級戦争犯罪裁判といわれている。」

 このような大事な言葉「A級戦争犯罪人(A級戦犯)」とか「A級戦争犯罪裁判」が単に「言われている」だけの事なのである。なんだか、まるで他人事のようではないか?!言葉の根拠が全く無いのである。

 もっとはっきり言えば、「A級戦犯」とか「A級戦争犯罪裁判」なんて言葉はあとで日本が勝手に作り出した名前なのである。「A級戦犯」の説明にポツダム宣言を持ち出したり、サンフランススコ講和条約を持ち出すのはおかしな事である。

さいごに、

 海部首相、ひいては日本で多く言われている「A級戦犯」や「極東国際軍事裁判」についての誤謬と不確かさのいくつかの点をここで指摘しておきたい。

 (1) 東京で開いた裁判だけが極東国際軍事裁判ではない。極東軍事裁判とは名前が示すように日本国内及び国外(マニラやシンガポール)で開かれた軍事裁判の総称である。通称、東京裁判は、第一回目に東京で開かれた極東国際軍事裁判の事を言っているに過ぎない。

 (2) 東京で開かれた極東国際軍事裁判(東京裁判)はいわゆるA級戦犯だけを裁いたのではない。東京で裁かれたのは、以下の3項目に関してである。

 (a) Crimes against Peace

 (b) Conventional War Crimes

 (c) Crimes against Humanity

(a),(b),(c)にまたがる55件の罪で起訴されたのである。そして刑を受けた多くのものは(a)(b)(c)にまたがる複数の罪に問われたのである。しかし松井石根 (判決時71歳)元陸軍大将は(c)項「捕虜及び一般人に対する国際法違反(南京大虐殺)」の1件だけで裁かれた。日本のクラス分けの定義によれば彼はA級戦犯ではなくC級戦犯になるではないか?A級ではないのだから靖国神社に合祀され、参拝の対象になっても良い事になるのではないか?

(3) 東京以外で開かれた極東国際軍事裁判をB級C級軍事裁判と呼ぶ事はどの公式資料にも書かれていない。東京での裁判と同じくマッカーサーが将軍が直接指揮したマニラでの極東国際軍事裁判で死刑にされた山下将軍、本間中将はC項(日本で言うC級)「人道に対する罪」で裁かれたものである。この罪はA、B級に比べて罪が軽いのだろうか?そして彼等は靖国神社に祀られて、首相の参拝を受けてよいのだろうか?
 

結論

(1)日本国は連合国が公式に定義していない「A級戦犯」と言う言葉を勝手に作り出した。

(2)それをあたかも連合国の決定のようにみせかけ、しかも東京の極東国際軍事裁判所において審理された戦争犯罪人(いわゆるA級戦犯)にすべての罪を負わせようとしたのである。天皇陛下を守るため、戦後政治をスタートするためのケジメを意図的につけたのである。

(3)戦後60年経って、自らが勝手に定義した「A級戦犯」と言う言葉で、中国や韓国に非難されているのは皮肉である。

(4)A級戦犯を分祀したり、新しく参拝の場所を作るのは良く無い。問題の解決にはならない。国民や国家元首は8月15日に4ケ所の参拝場所(千鳥が淵、靖国、武道館、新たな施設)をハシゴするのか?外国から見ると滑稽である。


 

A級戦犯ならびに極東国際軍事裁判に関する公式資料(原文と翻訳)

ポツダム宣言(原文ならびに翻訳)
東京国際軍事裁判条例(原文)
東京国際軍事裁判条例(翻訳)
極東国際軍事裁判の判決資料(原文)
マッカーサ関連資料
サンフランシスコ講和条約(原文ならびに翻訳)
吉岡吉典参議院議員による「日本の戦争犯罪についての軍事裁判に関する質問主意書」(平成3年10月1日)
海部俊樹内閣総理大臣による同上質問書に対する答弁書(平成3年10月29日) 
極東国際軍事際案において起訴された者の数及びその裁判結果(裁判国別)1
極東国際軍事際案において起訴された者の数及びその裁判結果(裁判国別)2