Dr.マッコイの非論理的な世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2005-05-18

[][][] 東京裁判は拘束力を持たない(靖国参拝とのからみ)

 「A級戦犯スケープゴートにして、極東国際軍事法廷(=東京裁判)を受け入れることで日本はサンフランシスコ講和条約(or 平和条約)を締結して国際社会に復帰した。A級戦犯を罪人として裁いたからこそ日本は国際社会に復帰できた。だからA級戦犯が祀られている靖国神社に首相が参拝すると、それを覆すことになってしまう」などと言われるが、これは正しくないと思う。この点について検証してみた。まず、これらの代表的なものの言い方について引用しておく。

加藤紘一(外務相チャイナスクール出身の自民党左派議員・媚中派)

靖国参拝問題の本質は、神社にまつられている14人のA級戦犯をどう見るかということに尽きる。

 ナチスにすべての国内的、国際的な戦争責任を帰したドイツと違って、日本は国内的な戦争責任についての論議ができず、極東軍事裁判の判断をサンフランシスコ講和条約で受け入れた。そうである以上、私は靖国問題は、講和条約という国際的約束を、日本が守り続けられるかどうかの問題だと思っている。A級戦犯がまつられている靖国神社に、たとえ私人としてでも首相が参拝すれば、日本に講和条約を守ろうという意思があるのかどうかが疑われる結果になるのは当然だ。

宮台真司(評論家)

 靖国神社にA級戦犯が祀られているのはどういうことであるのか。理屈ははっきりしている。要は、天皇陛下と日本国民から罪を免じてA級戦犯が悪いということにする。これがサンフランシスコ講和条約*1の基本になる。もちろん中国もロシアも参加していませんが理屈は世界中に知られていたわけですよ。日本国民が悪いんじゃないという話にしてA級戦犯に罪をなすりつけた。

これらの発言には、いくつかの事実誤認があるが、ここで重要なのは、日本は東京裁判そのものを決して受け入れてたわけではないという点。加藤紘一の「極東軍事裁判の判断をサンフランシスコ講和条約で受け入れた。」という言い方は誤解のもとだ。何らかの意図を持ってこう言っているのではと勘ぐってしまう。

サンフランシスコ講和条約では、日本はあくまで「諸判決」(つまり誰々が死刑だとか懲役何年だとか)を受け入れただけ、原文ではJapan accepts the judgemantsだから、この裁判そのものが有効であったと認めているわけではない。詳しく流れを書くと、

国際法上の習慣「アムネスティ条項」によると、平和(講話)条約が発効して国家間の戦争状態が終われば敵国による戦犯裁判の判決は効力を失い、服役中の「戦犯」は釈放されるとある。

ところが、連合国側は、サンフランシスコ講和条約の第11条に「(日本国は)日本で拘禁されている日本国人にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。」という条文をねじこんだ。これはつまり、「判決を受諾しなければ講和条約を締結しない」という脅しに等しいものであって、これこそが東京裁判を含む戦犯裁判が国際法を無視した報復行為である事の証拠だろう。明らかにアムネスティ条項に反しており、国際法違反である。

世界の国際法学会ではこの11条について、「日本政府は東京裁判については連合国に代わり刑を執行する責任を負っただけで、講話成立後も東京裁判の判決理由によって拘束されるなどということはない」と判断するのが常識となっている。

おまけだが、マッカーサーも後年、「日本が戦争に突入したのは主として自衛のためだった」と米議会で証言しているのはご存じだろうか。それについては私のこのエントリーの後半で詳しく書いた。日本の戦争の正当性を彼自身、後になって認めているのだ。

だからこそサンフランシスコ平和条約もすんなり締結されて日本が国際社会に復帰できたという一面(もちろん朝鮮戦争などアメリカの都合もあるだろうが)があったと思う。

それから、東京裁判のいちばんのおかしさは、それが戦争犯罪を追及した通常の戦犯裁判とはまるで異質なものだったということ。一番に問われたのが「人道に対する罪」という何とも抽象的なもの。こんなのは日本が開戦した時には存在しなかった罪だ。事後法は無効だろうう。人道に対する罪というものがあるとすれば、それにあてはまるのはナチスドイツのユダヤ人ホロコーストであり、アメリカによる原爆投下、空襲による民間人無差別大虐殺のほうだからトルーマンやルメイが裁かれないのはおかしい。開戦に追い込んだ責任であるならばルーズベルトも同罪だろう。戦勝国側のこれらの罪が一切問われない裁判がフェアなものであるはずがない。

従って、私は戦犯として処刑された人たちを、上で書いた理由などから犯罪者とは思っておらず、戦勝国のリンチ裁判で闘って人身御供となってくれた犠牲者だと思っている。加藤紘一のような理由で靖国参拝すべきでないと思っている人は、彼らを犯罪者と思っているか、スケープゴートにして知らん顔したいのかいずれかだろう。でも、国際的には上に書いた理由で、さらに国内的には以下の理由で、彼らは犯罪者ではない。以下その説明。

サンフランシスコ講和条約が発効するまでの米軍占領下の日本は、まだ「戦争状態」であって、戦勝国が行った東京裁判やBC級戦犯裁判もその続き、あるいは戦争の報復であると言うこと。ろくに証拠の検証もせず弁護もなしに一方的に裁かれ処刑されたリンチのようなものであったということはすでに書いたが、このような状況下で、まともな裁判も受けずに処刑された人たちというのは戦死者と同じだと、当時の日本国民の多くがそう考えていた。

だから、米軍による占領が終結すると、「戦犯として処刑された人たちに汚名をきせたままではいけない」として、社会党や共産党までもが賛成して、「遺族援護法」を改正し、旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は日本の国内法では有罪と見なさないという判断基準を示し、遺族に年金と弔慰金が支給されるようにしたのだ。つまり国内的にも彼らは犯罪者ではない。従って、日本の首相もこの見解にしたがうべき。

さらに言うなら、百歩譲って仮にA級戦犯が犯罪者・悪人であったとしても(実際は違う)、私は首相が参拝する事に問題はないと思っている。その理由はindex_homeさんへの回答と合わせて明日にでも書く予定。