「衆院選「候補者A」かく闘わんとす」

衆院選「候補者A」かく闘わんとす

2009年2月13日

第7話 借りた3000万円が底を突く

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 「活動にカネをかけない代償は時間です。私には時間の余裕がない。選挙は、とにかく人海戦術だと実感します。ポスターを張ったり、チラシを配ったりするのも、人の力が必要になる。もちろん、妻や両親にも手伝ってもらっています。学生ボランティアですか? 残念ながら、この近所には大学も少なくて…」

 平日は毎朝7時からの1時間、選挙区内の駅で演説に立つ。その間、2〜3人のスタッフが周囲でチラシを配る。1日で手に取ってもらえる数は平均すると約250枚。人が少なければ、配れる枚数も減ってしまう。

 昨年夏には、1度に30万枚のチラシを印刷し、有権者の認知度を高めるための“重点ポスティング”作戦を実施した。半分の15万枚をスタッフで選挙区内の家々のポストに入れて回り、残りの15万枚は新聞に折り込んだ。印刷費用が1枚3円で90万円。新聞折り込みの費用は70万円に上った。

 相手陣営は、選挙区で人気のコミュニティーペーパーに次々と一面広告を打ってくる。Aも負けじと、4分の1サイズの広告で対抗する。その費用は1回につき100万円だ。

 無駄な出費だと思われるかもしれない。カネをかけない活動が理想だとは、もちろんBにも分かっている。しかし、相手候補の物量作戦を目の当たりにすれば、黙って見過ごすわけにもいかない。Bの選挙区では過去、民主党候補が与党現職に大差で敗れ続けている。民主党にとっては鬼門の選挙区でもある。

1億円を使うのは簡単

 「1億円でも、使おうと思えば簡単です」
 Bは真顔で言う。

 公認料の500万円が支払われて以降、月50万円の活動費の支給は止まった。クリスマスの頃、新人候補に対して党から100万円の追加支援があったが、それもすぐに消えていった。

 資金繰りに窮する中、Bは年末ジャンボ宝くじを20枚買った。当たったのは3000円が1枚、300円が2枚だけだった。

 「私の事務所には、資金集めのパーティーをやるような余裕はありません。カネ集めに労力をかけるなら、他にやるべきことは山ほどあるんです」。民主党新人候補の窮状はマスコミでも報じられている。

 「あんた民主党か? 大変だろう」

 最近では、事務所を訪ねてきた見ず知らずの人が、そう言って1000円札をカンパしてくれるようなことも増えた。ありがたい話には違いないが、カンパの合計はせいぜい月に数万円程度だ。

 「うちの会社で活動資金をすべて面倒見てもいいですよ」

 Bの懐具合を察し、そんな申し出をしてくる支持者もいる。しかし、Bは丁重に固辞し続けている。怪しいカネを掴み、悪いしがらみをつくってしまえば、将来の活動に支障が出かねない。

家族への負担は避けられない

 では、Bがこれまで使った3000万円近い自己資金は、いったいどこから出ているのか。

 「すべて父親からの借金です。公認の内定が出た後、頭を下げて頼むと、何も言わずに出してくれました」

 Bの父親は企業の重役とはいえ、サラリーマンである。

 政治に縁のない家庭に生まれた若者が国政を志す時、たとえ政党の公認を得ようと資金の問題が大きな壁となる。そして、あくまでしがらみを排除して闘おうとすれば、家族に大きな負担が押しかかる。


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著者プロフィール

出井 康博(いでい・やすひろ)

ジャーナリスト。
1965年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社、「ザ・ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」の客員研究員を経て、独立。主な著書に『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社)などがある。また日経ビジネス2002年9月30日号コラム「ひと烈伝」でヨシダソースで有名な米ヨシダグループの吉田準輝会長を寄稿、現在「フォーサイト」(新潮社)で「2010年の開国・外国人労働者の現実と未来」を長期連載中。


このコラムについて

衆院選「候補者A」かく闘わんとす

ねじれ国会に、2代続けて首相の突然の辞任、そして総選挙。ざわつく国政に、テレビや新聞、そして週刊誌と政局関連の話題を取り上げているが、その当事者である代議士、そして代議士になろうとしている人たちは、いったい普段どんな生活をしているのかは意外と知られていない。本連載では、「地盤」「看板」そして「カバン」を持たない“フツー”の代議士や候補者の生活に焦点を当てることで、日本の政治はどのように作られるのか、そして現在の政治システムが抱える課題とは何かを浮かび上がらせていく。

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