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社説

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金賢姫元死刑囚―田口さんの家族と語れ

 北朝鮮の工作員として87年にビルマ沖で大韓航空機を爆破した金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚。彼女の日本語教育係だったと日本政府が断定しているのが、かつて「李恩恵(リ・ウネ)」という名で語られた拉致被害者の田口八重子さんだ。

 その金元工作員と、田口さんの家族が初めて面会できる可能性が大きくなった。韓国外相が「遠からず実現されると承知している」と語った。

 突然連れ去られたうえ、北朝鮮でどうなったかもわからない。家族らの長い間の苦しみはいかばかりか。31年前の事件当時、田口さんの長男はわずか1歳だった。母の顔も、そのぬくもりも、記憶にはない。

 そういう家族が金元工作員から話を直接聞く機会ができそうだ。面会を早く実現させ、家族が肉親の消息に迫れる場をつくってほしい。

 大韓機爆破は、ソウル五輪を翌年に控えた韓国への妨害工作でもあった。「蜂谷真由美」名義の偽造旅券を持った金元工作員らが実行した。

 彼女は韓国に移送後、爆破事件について詳しく語り、自伝も出版した。だが金大中、盧武鉉の両政権時代には、ほとんど姿が見られなくなった。韓国に亡命して北朝鮮の金正日体制の打倒を訴えた黄長ヨプ(火へんに華、ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記もそうだ。韓国の政権が南北交流を進めることにまず目を向け、北朝鮮を無用に刺激することを避けたためだ。

 そんな金元工作員が再び表に出られるようになったのは、保守の李明博政権ができたことが大きい。

 前政権が北朝鮮に融和的すぎたとして、李政権は見直しを始めた。そのため北朝鮮は非難の度を強め、南北関係は悪化の一途をたどっている。

 ここは李政権として、いたずらに北朝鮮に譲歩するのではなく、まず日本や米国との協調を確認して北朝鮮に臨もうということだろう。

 今回の面会問題の進展は、そうしたなかでの新たな日韓協力の象徴的な出来事ともいえる。

 北朝鮮は02年、当時の小泉首相訪朝時に拉致の事実を初めて認めた。田口さんについては、同じく拉致した日本人男性と結婚し、86年に交通事故で亡くなった、としてきた。

 だが田口さんは、やはり拉致被害者である韓国人男性と結婚したのではないかという情報も報じられている。

 金元工作員の証言の多くはすでに公になり、日本政府も事情を聴いた。面会で拉致の新事実がわかる可能性は大きくないかもしれないが、真相究明へ一歩でも進めれば幸いなことだ。

 韓国も多くの拉致被害者を抱える。拉致問題の進展へ日韓の連携を強め、そして核問題も含めて米国のオバマ新政権との結束を固めていきたい。

 週明けのクリントン国務長官のアジア歴訪はそのいい機会になる。

沖縄の不発弾―国の責任で早く対処を

 沖縄では戦後60余年を経た今も、戦争の遺物が住民を脅かしている。

 沖縄戦最後の激戦地だった糸満市で先月、水道工事中の重機が不発弾に触れ、米軍の250キロ爆弾が爆発した。作業員が重傷を負い、50メートル離れた老人ホームでは窓ガラス100枚が割れ、破片で入所の男性がけがをした。

 沖縄戦では日米双方で約20万トンの弾薬が使われ、約1万トンの不発弾が残ったといわれている。72年の本土復帰までに住民や米軍が約5500トンを、復帰後は自衛隊が約1700トンを処理した。残りを処理し終えるまで、実にあと70年はかかるとされる。

 今回の事故後にも、約3週間で1200発の不発弾が見つかっている。こんな地域がほかにあろうか。沖縄の過酷な現実に立ちすくむ思いだ。

 復帰の年から昨年末まで不発弾による人身事故は16件あり、6人が死亡、56人が負傷している。とりわけ忘れがたいのは、74年3月に那覇市の幼稚園近くで下水道工事中に起きた爆発事故だ。2歳の女児と作業員3人が死亡、34人が重軽傷を負う大惨事だった。

 政府は今回の事故を受け、被害者に「見舞金」を支払うため10億円規模の基金を創設することを決めた。不発弾がまだ多く埋まっている特殊事情を踏まえた特別措置として、対象地域を沖縄にしぼる。

 たしかに前進ではある。だが、対応があまりに遅すぎた。おまけに、この制度は公共事業にしか適用されず、民間工事は対象外である。

 不発弾事故で被害者に金銭が支払われたのは、74年3月の爆発事故の1度きりだ。政府が約1億3千万円を支払ったが、名目は今回と同じ「見舞金」。沖縄側が求めていた「補償」には踏み込まなかった。戦時中の空襲被害者への補償問題に波及しかねないのを懸念してのことだろう。

 沖縄戦は国家の責任で行われた。政府は戦後処理のひとつとして、責任をもって不発弾に対応すべきだ、との声が沖縄では強い。当然だろう。不発弾被害はいま起きる悲劇だ。今回は補償を検討課題として先送りしたが、実現に向け真剣に取り組んでほしい。

 不発弾の発見には事前の磁気探査が不可欠だが、事業者や発注者に義務はない。市町村や民間の工事では経費や工期への影響を考えて、磁気探査をしないことも多いという。

 今回の事故現場は岩盤地帯で、不発弾が埋まっている可能性が低いとして磁気探査が見送られた。民間工事を含め、すべての工事で磁気探査を義務化して万全を期さねばなるまい。

 沖縄へはすさまじい数の砲弾が撃ち込まれ、「鉄の暴風」と形容された。地上戦も繰り広げられた。本土とは質的に異なる戦争体験に配慮して、政府はあらんかぎりの知恵を絞るべきだ。

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